Research Digest (DPワンポイント解説)

南北間貿易における環境製品基準

解説者 石川 城太 (ファカルティフェロー)
発行日/NO. Research Digest No.0055
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深刻さを増す世界的な環境問題への対応策の1つとして、企業が生産する製品に対する環境基準(スタンダード)の設定が挙げられる。しかし、貿易や投資面で海外との関係が一段と深まっている現在の開放経済では、製品に対する環境基準を設けることが、必ずしも自国の環境をよくすることにはつながらず、むしろ悪化させる場合もあり得る――。

石川FFらは、輸送費が企業の移転行動に与える影響に着目するNew Economic Geographyモデルをベースに環境対応コストを勘案した研究を行い、環境基準の程度によっては、自国の環境が悪化するような逆説的な現象が起こりうることを示した。こうした逆説的な現象を防ぐにはどうすべきか。この論文の政策的な含意は、自国に導入する環境基準を厳しい内容にするとともに、他の国も同様な基準を設ける、すなわち国際的に協調しながら同じような厳しい環境基準を設けることが必要ということだ。

――どのような問題意識から、この論文を執筆されましたか。

地球温暖化など環境を巡る問題への関心は世界中で高まっており、対応策の検討が求められています。

私の専門は国際経済学で、貿易や貿易政策が環境にどのような影響をおよぼすのか、環境政策が貿易や直接投資にどのような影響をおよぼすのかといった貿易と環境の関係に関心があります。今回の研究はRIETIで2008年より取り組んでいる「地球温暖化対策の開放経済下における理論的検討プロジェクト」の一環として行いました。

環境問題への対応策は、大きく分けて、1)税金(環境税)をかける、2)数量規制を行う、3)環境基準(スタンダード)を設定する、という3つの方法が考えられます。1)の課税に関しては公共経済学の分野で豊富な研究が行われておりますし、2)の数量規制も排出権取引などが注目されています。ところが、3)環境基準の設定についてはあまり議論が進んでいないため、導入の効果について研究したいと考えました。

また、グローバルな環境問題は地球全体で取り組む必要がありますが、実際の対応は国ごとに異なります。3)の環境基準を導入する場合でも、日本などの先進国は既に経済的に豊かになっているので、環境への配慮という点から、導入される基準は厳しいものになります。ところが途上国は、場合によっては環境を犠牲にしてでも経済成長を重視したいという発想から、基準が緩くなることがあるでしょう。たとえば大気汚染防止のための排ガス規制を考えてみても、先進国と途上国では規制の基準に大きな開きがあります。

このように、国によって採用される環境基準が異なると、それぞれの国にどのような影響が生じるのか、さらには、そもそも環境基準を導入すること自体が環境にとっては望ましい効果をもたらすのか、つまり環境対策として環境基準の導入を選択することが適切なのかどうかを検証する必要があると考えました。

――研究の手法を簡単にご説明ください。

貿易や投資などが国境を越えて行われている開放経済の下で、環境基準の設定が環境にどのように作用するかを検討するため、New Economic Geographyモデル(以下「NEG」)と呼ばれる枠組み(framework)を使いました。NEGでは輸送費が非常に重要な役割を果たしており、輸送費が変化した時に企業の立地がどのような影響を受けるのか、企業の集積や分散が起きるのかどうかを考えます。今回の研究は、このNEGの枠組みに環境基準の要素と環境対応のコストも勘案した上で行いました。

資本が自由に移動できる「2国・2産業」モデルで分析

――先行研究は多いのでしょうか。

環境問題そのものは経済学で広く扱われているテーマですが、この論文を執筆するにあたっての先行研究はそれほど多くありませんでした。それは3つの理由が複合的に存在するためです。

第1は、開放経済という点です。閉鎖経済の中での環境問題は、負の外部性の問題として公共経済学の分野で盛んに議論されてきました。しかし、開放経済における環境問題の議論は、あまり行われていません。

第2に、環境問題への対応を課税の観点から研究した文献が豊富にあるのに対し、環境基準に着目した文献は必ずしも多いとはいえません。さらに、環境基準には製品を作る際の環境への影響を考える「製造工程基準(プロセス・スタンダード)」と、製品を使う時の環境への影響を考える「製品基準(プロダクト・スタンダード)」の2種類がありますが、比較的活発に議論されてきたのは前者で、後者の文献はまだ少ないのです。

第3に、NEGは輸送コストが企業の集積行動に寄与するかどうかを考えるものですが、私たちのように、環境問題を取り込んで分析したものは少ないといえます。

――具体的にどのようなモデルを使われましたか。

基本的なモデルとしては、NEGモデルの1つであるFootloose Capitalモデル(図1)を使いました。このモデルは、資本が国境を越えて自由に移動できることを前提としています。つまり、企業は最も儲かると考えられる場所に資本を移動し(=投資)、工場を建設して、現地の労働力を使い生産をするというものです。このFootloose Capitalモデルは数式で解くことができるため、NEGの中では最も簡単なモデルといわれています。NEGのモデルは通常、数式では解けないため、シミュレーションを行うことで、その当てはまり具合を議論することも少なくありません。そのため、結果の頑健性の点に不安が残るという指摘があります。もちろんモデルを単純化すれば、現実に適合するのかどうかという別の問題が生じますが、Footloose Capitalモデルは重宝なのでよく利用されています。今回は、このモデルをベースに環境政策を加えて考えました。

図1:Footloose Capitalに基づくモデルの概要

基本的なモデルの構造は、「2国」「2生産要素」「2産業」です。「2国」とは、大きな市場を持つ国(先進国:北側先進国という意味でN国)、小さな市場を持つ国(途上国:南側途上国という意味でS国)を考えます。なお、通常のFootloose Capitalモデルでは、2国の労働コストは同一ですが、今回は現実に即してS国の労働コスト(=賃金率)が低いという仮定をおきました。

次に、「2生産要素」とは資本と労働力、そして「2産業」とは農業と製造業とします。労働力は農業と製造業の間を自由に移動できても、N国とS国の両国間を移動することはできないと仮定します。これに対し、資本はN国とS国の間を自由に移動できますので、企業は工場をN国、あるいはS国に建設して生産することができます。ただし、企業の倒産や、新規創業はなく、両国における企業数(工場数)の合計は一定とします。

導入する環境基準は、製品を使う時の環境への影響を考える製品基準(プロダクト・スタンダード)ですので、ここでは、図1にあるように、製造業の製品を消費者が消費(利用)した場合に負の外部性、すなわち環境への悪影響が生じると仮定します。農産物を消費しても環境への悪影響は生じません。製品の消費に伴う環境への悪影響は、自動車の排気ガスや冷蔵庫からのフロンガス排出をイメージしてもらえばわかりやすいと思います。

――NEGの特徴である輸送費用については、どのように考えますか。

通常、企業は市場規模の大きいN国で自社の製品を売りたいと考えます。今回の仮定では、労働コストはS国の方が低いのですが、S国で生産した製品をN国で売る場合は輸送費用がかかります。この輸送費用が、企業の立地、いい換えれば、どちらの国に企業集積が起きるのかを決める要因となります。輸送費が高ければ、N国で生産するでしょうし、輸送費が低くなれば、S国に資本を移して安価な労働力を使って生産するようになります。

長期的には、N国とS国における企業利益が等しくなるところで資本の移動、すなわち企業の移動は止まります。つまり、両国における企業利益が等しくなるところで、各国に立地する企業数が決まることになります。

環境基準の設定次第で自国の環境が悪化する可能性も

――このモデルで環境基準を設けた場合、何が起きますか?

まず、N国だけが環境基準を導入するとします。企業がその基準を満たすような製品を作れるかどうか、いい換えれば、基準を満たす製品を作るためのコストを負担できるかどうかが焦点になります。自動車を例に取れば、普通のガソリン車では達成できないような排ガス規制の基準が導入された場合に、環境基準に適合可能なハイブリッド車を開発できるかどうかです。ここでは、環境基準に対応できる企業とできない企業はあらかじめ決まっていると仮定します。対応可能な企業が、基準を満たす製品を作るためには、余計な費用を負担しなければなりません。また、導入される環境基準は製品基準ですので、消費者が製品を消費(使用)する時点で考えますが、あくまで財特有のものであり、消費活動そのものに注目しているわけではありません。

普通のガソリン車を製造する企業は、N国での基準を満たせないので、規制のないS国でしか販売ができません。一方、ハイブリッド車を製造する企業は、N国でもS国でも販売が可能です。したがって、環境基準は、N国により多くの環境適合型企業を集積させ、適合できない企業をS国へと移動させます。その結果、N国における企業の総数を増やすことになります。

なお、同じ製品カテゴリーであっても差別化がされており市場ではまともに競合しない、という前提に立っています。つまり、トヨタのハイブリッド車Aとベンツのハイブリッド車Bは互いに差別化されており、企業は市場である程度は価格支配力を行使できるという仮定、すなわち独占的競争の仮定を置いています。

――このような基準の設定は両国の環境にどのような影響を与えますか。

実は、N国で環境基準を設けると、N国の環境が悪化する一方で、S国の環境は向上するという逆説的な現象が起こりえるのです。このような逆説的な現象が起きるのは、環境基準が比較的ゆるく、基準を満たす製品を作るために余計にかかるコストがそれほど大きくない場合です。

基準が緩ければ、最低限の対応で基準を満たすことができるので、対応コストは低く抑えられます。さらに、基準が緩いということは、基準を満たす製品の環境改善効果がそれほど大きくないことを意味します。ですから、排ガス規制を例に取ると、N国全体の自動車の消費量が増えれば、製品あたりの排ガスなどの排出量が環境基準によって多少減っているとしても、国全体でみるとむしろ排出総量が増えてしまう、ということが起こりえるのです。

企業の市場選択と基準非適合品の輸入禁止が生む逆説的な効果

――どうしてそのような逆説的な現象が起きるのでしょうか?

「立地効果」と、「輸入禁止効果」という2つの効果のためです。まず、「立地効果」についてですが、N国で環境基準が適用されると、対応できない企業はN国に供給できないので、N国での競争は緩やかになります。これに対し、環境基準が適用されないS国では、N国から企業が移転してくるので、競争は激しくなります。したがって、環境基準に対応可能な企業がN国に集まることになります。N国で販売する企業にとっては、N国で生産するとS国から輸入する場合に比べて輸送費の分だけ価格を安くすることができます。N国の消費者にとっては、結局、購入価格が下がることになり、消費量も増えます(図2)

図2:立地効果(N 国が環境基準を適用した場合の影響)

次に「輸入禁止効果」についてですが、N国で環境基準に適応できない企業の製品が販売禁止になると、N国で消費される財の種類が減ります。消費可能な財の種類が減ると、それぞれの財の消費量が増えるわけですが、モデルの設定から、種類が減る効果を各種類の消費量の増える効果が上回り、全体の消費量が増えることになります。これが「輸入禁止効果」です(図3)。

図3:輸入禁止効果

なお、時間の経過により企業の対応が変化する場合についても分析したところ、全ての企業が環境基準に対応できるようになり、かつ、投資がN国に集中した場合には、同じような逆説的な現象が起こりうることがわかりました。

――N国の環境基準の設定は世界全体の環境には影響を与えるのでしょうか。

N国の環境基準導入、たとえば排ガス規制が、世界全体の排ガス総量にどう影響するかは重要なポイントですが、たとえ、N国では排ガス量が増えた(減った)としても、一方でS国では減る(増える)可能性があるので、残念ながら世界全体としての排ガス量の増減は、一概にわかりません。

また、世界全体の環境を考える上で難しいのは、越境汚染の問題です。たとえば、川の上流と下流に国がある場合、上流の国の生活排水などで川が汚染されると下流の国は困りますが、上流の国に影響が出るわけではありません。

厳しく均一な環境基準を

――どのような政策的含意が導かれるのでしょうか?

環境基準を導入したからといって、その国の環境が本当によくなるかどうかはわかりません。むしろ、思わぬマイナスの効果が生じる可能性もあります。特に、基準が緩く、対応コストが少なくて済む条件の下では、逆説的な現象が起こりえます。

したがって、環境基準を設けるのであれば、厳しい基準を設ける必要があります。さらに、一部の国(N国)だけに環境基準を導入するのではなく、国際協調することにより、他の国(S国)でも基準を設定して、国ごとの環境基準にできるだけ差が出ないようにしなければなりません。一方の国だけに基準を設けると、逃げ道が生まれる恐れがあります。

――今後の研究について教えてください。

今回使ったモデルでは、企業が工場をすぐに移転させることができるということを前提にしています。しかし、現実には、工場移転のコストは決して小さいものではありません。また、現在立地している地元地域や自治体などとの関係で、簡単には移転できないケースもありえます。そうした移転に関するコストなどを切り口にして考えてみたいと思います。

解説者紹介

一橋大学経済学部卒業。1990年ウェスタン・オンタリオ大学大学院経済学研究科博士課程修了(Ph.D 取得)。一橋大学大学院経済学研究科助教授などを経て、2001年より現職。
主な著作は、"Economic Integration and Rules of Origin under International Oligopoly", International Economic Review, vol. 48, 2007, pp. 185-210 (with H. Mukunoki and Y. Mizoguchi). など。