Research Digest (DPワンポイント解説)

環境政策と貿易政策の関係を探る

解説者 山下 一仁 (上席研究員)
発行日/NO. Research Digest No.0051
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グローバル化の進展で貿易が自由化して関税が低くなる一方、地球温暖化のような一国では解決できない環境問題が深刻化している。それでは、貿易の自由化と環境改善はWTO交渉で主張されるように"win-win"の関係にあるのだろうか。貿易政策と環境政策は代替的に使用できるのだろうか。また、環境政策は貿易に、貿易政策は環境にどのような影響を与えるのか。最適な貿易政策とはどのようなものか。こうした環境政策と貿易政策を巡る主要な論点について、山下一仁SFは、部分均衡分析と一般均衡分析の手法を用いて分析した。

貿易自由化交渉の進展により関税が低下し、自国の産業保護のために貿易政策をとる余地が小さくなるなか、環境政策が非関税障壁として用いられる可能性が高まっている。山下SFは分析結果を踏まえ、環境問題には環境政策で対応し、貿易問題には貿易政策で対応することが最善であると主張する。貿易問題のために環境政策、あるいは環境問題のために貿易政策を用いると、必ずゆがみをもたらすのだ。

――分析の動機は何でしょうか。

学生時代より環境問題に強い関心があり、1977年に農林省(現:農水省)に入省した動機も環境に関連することにも取り組みたかったからです。1986年から93年にかけての関税貿易一般協定(GATT)ウルグアイ・ラウンドでは、日本としては非常に重要なコメの関税化の特例措置に関する交渉にあたりましたが、その際も並行して行われていた貿易と環境に関する協議の内容に関心がありました。農業を専門分野として研究を続けており、農政改革については10年以上前から著書などで提言を行っています。今回の「貿易と環境」のテーマでは数年前からRIETIの研究会で研究に取り組んできました。

――どのように分析されましたか。

貿易と環境の関係について、1)貿易自由化と環境改善は"win-win"の関係にあるのか、2)貿易政策を環境政策の代わりに用いること(また、その逆)は問題があるのか、3)貿易は環境政策にどのように影響するのか、4)越境的な汚染にはどのように対処すべきか、といった主要な論点を、部分均衡分析と一般均衡分析の手法をつかって分析を行いました。

部分均衡分析は特定の市場に着目します。たとえば、コメについて分析する場合、実際には小麦の価格の変動がコメの価格の変動にも影響しますが、部分均衡分析では、小麦と切り離して、コメの需要と供給のみに着目して分析します。

これに対して、一般均衡分析では、ある市場の需要と供給が、他の市場と独立していないということを前提に分析します。たとえば、工業の生産が拡大するときには、農業の生産は縮小すると考えられます。また、生産される製品と生産要素の市場の関連も分析の対象になります。たとえば、工業製品の価格が上昇するとき、生産要素として資本と労働の両方がありますが、労働より資本を多く使用する製品であれば資本の価格が上昇します。このように、さまざまな市場との関係を分析していくのが一般均衡分析です。

貿易で汚染が増えるデメリットも

――貿易は自由化していく趨勢にありますが、貿易の自由化と環境はどのように関連していますか。

貿易の自由化と環境の関係は、その国が汚染財の輸出国、輸入国のどちらであるかによって状況が異なります。

貿易自由化が進むと関税が下がります。環境を汚染する財を生産して輸出している国(汚染財輸出国)について考えると、輸出が増えて生産も増えますから、適切な環境規制をしていない場合には汚染量の拡大というデメリットにつながります。しかし、貿易によって輸出財の安い国内価格が高い国際価格の水準まで上昇することは生産者のメリットになり、輸入財の価格が低下することは消費者のメリットになります。

したがって汚染輸出国については、環境面で汚染が増えるデメリットと貿易自由化によるメリットの双方を勘案し、トータルでプラス・マイナスを考える必要があります。しかし現実には、適切な環境規制がされていないことが多いので、貿易によって汚染財の輸出国の経済構成水準は下がるおそれがあります。

一方、汚染財を輸入している国(汚染財輸入国)は、輸入の拡大により国内での汚染財の生産が減少するので、汚染量は減ります。このような環境面でのメリットに加えて、貿易によって価格が低下するという消費者のメリットも生まれます。つまり、輸入国には環境改善と貿易の双方でメリットが生じるわけです。

表1:貿易自由化と環境の関係

――貿易政策を環境改善のために、または環境政策を貿易保護に使う事は、問題でしょうか。

たとえば、環境政策の代わりに貿易政策をとるケースとして、環境を汚染する産業が輸出産業であった場合に、汚染を抑制する目的で輸出税をかけることが考えられます。たしかに、輸出が減り、生産が減少すれば汚染も減るというメリットがあります。しかし、生産者にとっては国際価格で高く売れたのに売れなくなるというデメリットが、消費者にとっては国内価格が安くなるというメリットが生まれるというように、環境改善以外の影響、つまり「ゆがみ」が起きます。もし、汚染財の生産が問題ならば、輸出税ではなく、生産に直接排出税をかける、もしくは排出権取引制度を導入するといった環境政策を適用すれば、ゆがみは起きません。

農業を例にとると、「水田は農産物の生産という本来の価値以外に、洪水の防止など多面的な機能を持っているので保護すべき」との考えがあります。そのための手段として、1)農家に補助金を支給して生産を増やすように動機付ける、2)米に高い関税をかけて国際的な競争から守ることで国内の生産を保護、増産させようとする、という2種類がありますが、この2つは違う結果を生みます。

1)は、補助金によって生産を助長させるものなので、農産物市場の価格にも影響を与えないことから、経済政策としては良い政策です。一方、2)は、高い関税をかけることで、国内の生産は維持できるかもしれませんが、拡大にはつながらないうえ、国内価格が上昇し、消費者の利益が失われます。

このように、直接その問題に絞られたものでない政策、この場合、関税や輸出税は、市場価格に与える影響が消費・生産行動にもおよぶというゆがみを生みます。1番良い経済政策は、問題に直接ターゲットを絞ったものです。

環境改善で交易条件が改善する可能性

――環境を改善するための規制は貿易にどのような影響をもたらすでしょうか。

環境改善をするための規制は、ある国の生産要素の一部を環境改善のために使うことになります。たとえば、労働と資本がその国の生産要素である場合、そうした資源が環境改善・汚染削減のために使われます。したがって、環境を汚染する産業の環境改善活動に、労働と資本のどちらがより多く必要となるかによって影響は変わってきます。

ある汚染財の生産に資本が多く必要な場合、もし環境改善にも資本を多く必要とするならば、生産に使える資本が少なくなるので、汚染財の生産が縮小することになります。この国が汚染財の輸出国であり、なおかつ、この国の輸出動向が国際価格に影響を与えるような大国であるなら、汚染財の輸出縮小、国際市場での供給減の影響から価格が上昇します。すると、「同じ量の輸出をして、相手から買えるものが増える」という、交易条件の改善をもたらします。

他方、環境改善に労働を多く使う場合には、汚染財の生産が拡大し、輸出も増えて国際市場で価格が低下し、交易条件は悪化する可能性があります。つまり、環境規制は貿易の交易条件にまで影響をおよぼすのです。

表2:環境規制と貿易の関係(大国の場合)

――では、貿易は環境政策にどのような影響を与えるのでしょうか。

汚染産業は、汚染を排出しないと、その財を生産できないということですので、通常の労働・資本のような生産要素と同時に、汚染という生産要素を使っていると考えられます。汚染財の輸出国では、その貿易によって汚染という生産要素の需要が増え、価格も国際価格に近づいて上昇することになります。ここで、汚染の量を固定する排出権取引制度を導入すると、需要の増加によって排出権の価格は上昇しますが、汚染量の増加はありません。

ところが、排出税の場合は、一定の税を払えばいくらでも汚染してよいことになっているので、貿易により需要が増えれば汚染の量も増えることになります。

汚染財の輸入国の場合は、国内価格よりも安い国際価格で汚染財を輸入するわけですので、国内の価格は下がります。汚染財の生産は縮小し、汚染という生産要素に対する要素は減ることになります。

排出権取引を導入している場合は、汚染量は一定なので排出権の価格が下がることになります。

一方、排出税の場合には、税は一定ですので、貿易による国内価格の低下で生産が減り、汚染の排出量は減ることになります。

このように、汚染財の輸出国と輸入国によって、貿易による環境政策への影響は反対になりますし、どのような環境対策を採っているかによって環境への影響は異なります。

表3:環境政策と貿易の関係(大国の場合)

環境規制で最適関税と同じ効果も

――最適な貿易政策はどのようなものでしょうか。

その国の貿易が国際価格に影響をおよぼさない「小国」の場合には、貿易の完全自由化政策、つまり関税をゼロにして貿易によるメリットを受けることが一番良い政策になります。

これに対し、国際価格に影響をおよぼすことが可能な「大国」の場合には、高い関税をかけて輸入量を減らすと、国際市場で需要の減少を招くため、輸入品の国際価格を下げることができます。そうなると、この大国の消費者は同じ製品を安い価格で買えることになるので、交易条件の改善をもたらします。つまり、大国の場合は、最適関税をかけることによって、その国の経済厚生水準を高めることができます。

しかし、現実には貿易自由化の進展により、高い関税をかけるという手段は使えなくなってきています。そこで環境政策を使って貿易政策を遂行しようとする可能性があります。たとえば、排出税をこれまでの2倍に引き上げることによって汚染財の輸出量が減ります。輸出量が減少することで、この汚染財の国際価格が上昇して交易条件は改善します。これは汚染財の輸出国においては環境規制が強化されることになります。

表4:最適関税と同じ効果を目指す環境政策(大国の場合)

一方、汚染財の輸入国の場合には排出税を低くすることによって国内の生産増加を促し、輸入量を減少させることが考えられます。輸入財については国際市場での需要が減り、その国際価格が下がって汚染財の輸入国にとって交易条件は改善します。この場合は、環境規制は緩められることになります。

このように、大国の場合は、汚染財の輸出国であれば環境規制を厳しくすることで、汚染財の輸入国であれば環境規制を緩めることで、それぞれ最適関税をかけるのと同じ効果を追求する可能性があります。これは次善の政策といえるものです。なお、関税以外の措置である非関税障壁を設けて国内産業を保護するという動きの中には、食品の安全などに関する問題も含まれるでしょう。

環境改善、効率性と公平性に矛盾

――汚染が他国にも影響をおよぼしている場合、環境を改善するメリットとそのコストについて何がいえますか。

まず、二国間の問題について、中国の黄砂を例に考えてみましょう。黄砂が起きる原因は、不適切な農業政策または林業政策により砂漠化が進んだことにあると考えられています。中国で起きる黄砂は風に乗って日本まで到来して、日本にも環境被害をもたらします。しかし、中国が対策を立てる場合、中国国内の環境改善の利益とそれにかかるコストだけを考慮することになり、日本は中国の具体的な対策の決定に関与できません。この結果、日本からみると不十分な対策しか講じられないことになる可能性があります。

また、温暖化のように地球規模の問題もあります。二酸化炭素などの温暖効果ガスは世界各国で発生していますが、被害を受ける程度は地域により異なります。

削減コストについて考えると、日本は、これまでに省エネルギーや環境保全投資を積極的に行い温室効果ガスを抑制してきているので、追加的な削減には、多くの費用がかかります。これに対して、中国などの途上国では、省エネルギーや環境保全についての余地が多く残されているため、より安価に追加的な削減ができます。このため、効率性の観点から世界全体の便益とコストから考えると、こうした途上国がより多くの温暖化ガスを削減すべきであるという議論になります。

しかし、現実にはそれぞれの国が、それぞれのコストと便益を考えてさまざまな主張をします。その背景には、日本のような先進国では、所得の向上によって国民の環境に対する意識も高まっていますが、途上国では所得がそれほど高くないため、環境に対する意識がまだ低く、環境改善のメリットをそれほど感じないということがあります。途上国では環境改善のコストも低いけれど、便益も低いことになり、それほど積極的に温暖化ガスを減らしたいと思わないというわけです。一方、日本のような先進国では、環境改善の便益は高いけれども、コストも高いのです。

また、いまだに貧しい途上国に、より多くの温暖化ガス削減を求めるべきかどうかという公平性の問題もあります。これが温暖化ガス削減交渉がうまくいかない理由です。

この問題の対策としては、温暖化ガスの削減について1番効率的であるけれども、負担をかけることになる中国などの途上国に対して、日本などの先進国が技術援助と資金援助を実施することで、途上国の負担を軽減することが現実的でしょう。

――今後の研究課題は何でしょうか。

世界貿易機関(WTO)における交渉で、環境と貿易に関する問題は、将来的にホットイシューになる可能性があります。

ドーハ・ラウンド後の見通しはまだ立ちませんが、環境と貿易の議論が起きたときに、それに対する分析と政策提言ができるようにしたいと考えています。

解説者紹介

1977年東京大学法学部卒業後、農林省入省。農水省ガット室長、農水省農林振興局次長などを経て、2008年より現職。ミシガン大学行政学修士、同大学応用経済学修士、東京大学博士(農学)取得。主な著作物は、「フードセキュリティ―コメづくりが日本を救う」(日本評論社, 2009)「食の安全と貿易」(日本評論社, 2008)など。