Research Digest (DPワンポイント解説)

国立大学のあり方について-財政システム・内部ガバナンス・財務運営の考察-

解説者 赤井 伸郎 (元ファカルティフェロー/大阪大学大学院国際公共政策研究科)
発行日/NO. Research Digest No.0048
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国立大学法人という新しい仕組みが始まって5年目を迎えた。総額1兆円を超える運営費交付金は適切に配分・使用されているのか、また、個々の国立大学の管理や運営のあり方はどうあるべきか議論が続いている。こうした中、赤井FFらは、財政学の知見を活かして国立大学の財務分析を行うことで、合理的な根拠に基づく政策形成に必要なエビデンスを提示した。

まず、論文「国立大学財政システムのあり方についての考察」において、国立大学の収入の半分以上を占める運営費交付金の構造分析を行い、競争的配分については、現在も国が裁量の余地を持っており、前年度に配分が少なかった大学に今年度配分するという財源保障型の配分が行われている可能性を明らかにした。また、附属病院に対する交付金の予算と決算に、会計上の不一致が見られることを示した。

もう1つの論文「国立大学の内部ガバナンスと大学の財務運営」では、国立大学のガバナンスと財務状況に関する分析を行い、理事会、監事組織の意思決定や学長リーダーシップが高まることで、財務の健全性が向上することなどを示した。

国立大学を「個人」ではなく「お金の流れ=財務」の観点から分析した新しい試み

――国立大学のガバナンスに関連した2つの論文について、それぞれの研究目的と問題意識をお聞かせください。

これらの論文では「財政の流れ」に注目して国立大学のガバナンスを分析しました。これまで経済学者が国立大学に関して研究する際は、「教育」の側面からアプローチすることが多かったのです。こうした研究では、大学に行くことが個人の人的資本投資にとってどのような意味があるかを分析します。この場合、分析対象は大学で学ぶ「個人」になります。

一方、私は財政学者ですから「お金の流れ」に注目したいと考えました。これまで、財政学の手法を用いた社会保障や地方財政に関する分析をしてきました。他の経済学者が手掛けていない分野を研究することが好きなので、たとえば、空港や港湾、地方政府の公営企業や外郭団体などの分野の研究を行っています。今回の研究対象である国立大学のガバナンスは、RIETIの研究プロジェクト「経済社会の将来展望を踏まえた大学のあり方」のサブリーダーとして研究を続けてきた分野です。

1つめの論文「国立大学財政システムのあり方についての考察」では、国立大学法人の収入のほぼ半分を占める運営費交付金の配分の現状評価と算定上の限界を明らかにしました。それにより、個々の大学への資金配分がどのようなルールに基づいて行われているのかを議論する土台を提供しようと考えたのです。

2つめの論文「国立大学の内部ガバナンスと大学の財務運営」では、大学の財務パフォーマンスに対する国立大学の運営組織ガバナンスの効果について、データを用いた検証を行いました。この論文では、大学のガバナンスを表す指標として、理事会や監事組織の意思決定および学長のリーダーシップを表す変数を用いて推定しました。

基礎的部分の配分は教員数と強い相関

――最初に、運営費交付金に関する研究について教えてください。

前提として、国立大学の収益構造について説明しましょう。まず第1に、受益者からの収入があります。大学の場合、学生などからの授業料等学生納付金があり、大学病院の場合は患者から徴収する医療費などの付属病院収入があります。その他に、宿舎居住者などから入る、財産収入などがあります。次に、文部科学省からの収入として、運営費交付金収入や大学教育改革支援経費などが入ってきます。また、日本学術振興会など、文部科学省に関係する独立行政法人から競争的に配分される研究資金もあります。さらに、民間企業からは奨学寄付金収入や版権・特許権収入、産学連携などの外部資金等収入があります。

こうしたさまざまな国立大学の収入の中でも、今回の研究では、大学の収入の約半分を占める運営費交付金に焦点を当て、その内訳と決定要因を分析しました。

運営費交付金の内訳は4つに分かれています。基礎的な交付金、付属病院運営費交付金、特殊要因経費、そして特別教育研究経費です。特別教育研究経費は競争的に配分されます。運営費交付金には、2つの前提として、1)基礎的な交付金は、前年度比1%ずつ削減されること、2)付属病院については収入予算額を2%ずつ増加させることが決まっています。

表1:運営費交付金の推移

――分析の手法と結果について教えてください。

今回の研究では、運営費交付金の基礎的部分、特別教育研究経費(競争的部分)、そして運営費交付金全体が、大学の構成要素である教員数と学生数のいずれで決定されているのかを分析しました。

具体的には2004年から2006年の3年間の全85国立大学法人について、時系列とクロスセクションを合体して扱うプーリング・データを用いてOLS(Ordinary LeastSquares/最小二乗法)推定を行いました。ここで、被説明変数は運営費交付金またはその内訳であり、説明変数は教員数または学生数です。なお、運営費交付金の内訳データは文部科学省より入手しました。

OLS推定の結果、運営費交付金の基礎的部分、競争的部分、運営費交付金全体の全てのケースで、教員数、学生数ともに有意な正の関係が示されました。つまり、教員や学生数が多い大学ほど多くの運営費交付金を受け取っていることになります。

運営費交付金の構成を詳しく見ると、こうした結果が出るのももっともであるといえます。基礎的部分は、主に教職員の人件費を賄うために積算されていた過去の経費をベースに算定されているため、人数が多いほど増えるのも当然と思われるためです。また、運営費交付金の全体に占める基礎的部分は約8割になりますから、運営費交付金全体を見た場合に、教職員数との強い相関が見られるのも、自然といえるでしょう。

競争的配分とされている特別教育研究経費については、1つ興味深いことが分かりました。OLS推定の結果、1期前の特別教育研究経費は、特別教育研究経費に対してマイナスに有意な値となっています。つまり、推計結果からは前年度配分が少ないところに今年度、配分する仕組みがうかがえるのです。

また、付属病院の運営費交付金の構造分析の結果から、文部科学省の算定ルールと実際の各大学の運営の間には乖離があることがわかりました。今後は、財務指標と算定ルールの定義の統一を行うことが必要になると思われます。

競争的部分も財源保障的に配分

――運営費交付金に関する分析結果から、どのようなことがいえるでしょうか。今後、起こりうる議論の方向性について解説していただけますか。

先ほどお話しした分析結果を少し噛み砕いて説明しますと、運営費交付金の配分については、教員数との強い相関が見られるといえます。これは、現行の制度が経費、特に人件費を保障するという従来の配分方法を踏襲しているためと思われます。また、特別教育研究経費の要因分析からは、現在の運営費交付金は、競争的部分においても、結果としては、公平性を重視した地方交付税のように財源保障型の配分が行われている傾向にあることが分かりました。こうした結果を踏まえると、運営費交付金を効率性の観点から、成果主義的に配分すべきであるという主張は今後も続くでしょう。

成果配分を説得的に行うためには、研究・教育・社会貢献など大学の成果を示す指標を整備することです。研究については、大学に所属する研究者の執筆する論文の数や質などで判断できますから、説得力のある成果指標をつくることも比較的容易と思われます。一方で、教育や社会貢献の指標に関しては課題も残るでしょう。たとえば教育については、教育プログラムの評価や学生満足度アンケートなど多面的な評価が必要になると思われます。地方の大学については、研究指標が低くなると予想されるため、社会貢献指標がどの程度あるかで存在意義が決まるでしょう。法人化をしたからには、アウトプットの評価が絶対に必要です。その評価が困難であるからという理由で努力を避けるのではなく、常にその努力をすることが国民への説明責任の向上につながると思われます。

理事会、監事組織、学長リーダーシップが大学の財務に与える影響

――大学の内部ガバナンスに関するご研究について、分析手法を教えてください。

分析対象は85の国立大学法人で、被説明変数は各大学の財務パフォーマンス指標を用いました。これは、企業の財務分析とは多少異なりますが、財務の健全性、効率性、収益性、成長性、活動性を重視しています。各要素についてもう少し詳しくお話しますと、第1に健全性については、経常的な活動にかかる収益のうち、運営費交付金への依存度が低いほど財務が健全であるとみなします。先にお話したように、運営費交付金は毎年1%以上削減されますから、大学は財源の多様化を図る必要があるのです。第2に成長性は、経常収益に占める寄付金収益割合や、受託研究収益・受託事業収益割合から判断します。ここでも財源の多様性を見ていることになります。第3に効率性ですが、これは業務費に対する人件費割合で見ます。この割合が高いほど、労働集約的な費用構造にあるといえます。最後に活動性については、教員1人当たりの研究経費と学生1人当たりの教育経費で見ます。

説明変数は内部組織である理事会の人員構成と、監事組織の人員構成、さらに学長リーダーシップの強さを用いました。特に、人員構成の変数は、組織の意思決定力を捉えるものとして、理事数全体に占める常勤理事数の割合や監事総数に占める常勤監事数の割合を用いています。

表2:運営費交付金の推移

大学改革の推進度合いから学長リーダーシップの程度を捉える

最後は学長リーダーシップの変数です。ここでは大学改革推進の状況のデータを用いています。大学運営の改革を進めるためには、学長の主導的な意思決定が必要です。つまり、改革が進んでいる大学ほど学長のリーダーシップが強いと思われます。大学改革の推進度合いについては、改革項目の達成の有無を見ました。

たとえば、2006年で全大学が達成している項目には「随意契約に関わる情報公開などを通じて契約の適正化を図っているかどうか」というものがありました。一方で、「学長などの裁量の定員・人件費を設定しているかどうか」、「部局などの自己収入増加のインセンティブ付与に関して特に予算配分に反映させているか」といった項目については、2007年の時点では達成されていない大学もあります。こうした改革を推進しようとすると、学内の各部局や教員から反対が生じることが多いので、政策決定にあたっては、学長の強い意思決定やリーダーシップが必要になるのです。推定にあたっては、データの制約を考慮し、年度を通じて利用可能な項目を学長リーダーシップの変数として用い、政策が実行されている場合は「1」を、実行されていない場合は「0」をとるダミー変数としました。

――分析の結果、どのようなことが分かりましたか。

推定は、大学ガバナンスの大学運営財務パフォーマンスに与える効果に関して、次の3仮説の検証を行いました。第1の仮説は「理事の意思決定構造が、大学運営財務パフォーマンスを高めること」、第2は「監事の意思決定構造が、大学運営財務パフォーマンスを高めること」、第3は「学長リーダーシップが、大学運営財務パフォーマンスを高めること」です。

学長のリーダーシップについては、さらに3つの仮説を検証しました。1つめは「学長裁量定員・人件費の導入は、部局や教員に対して効率のインセンティブを与え、大学運営財務パフォーマンスを高めること」、2つめは「独立した内部監査組織の導入は、監事監査機能を強化し、大学運営財務パフォーマンスを高めること」、3つめは「インセンティブ予算の導入は、部局や教員に対して効率性のインセンティブを与え、大学運営財務パフォーマンスを高めること」です。

理事会、監事組織の意思決定への関与が高まることで、外部資金獲得の効果が向上し、交付金依存度が下がることが分かりました。その一方で、理事や監事の監視や提言による意思決定は、費用削減には効果を有していませんでした。また、学長リーダーシップが高い大学は、収入・支出の両面で財務パフォーマンスが改善することが分かりました。

この結果を踏まえると、各大学は学長選考にあたり、リーダーシップを有する人物を選出すること、学長の最終的な任命権を持つ文部科学大臣は、この点を踏まえた最終的な任命をすることが望ましいといえます。

――研究の成果、意義をご解説いただけますか。

いずれの論文でも、分析に用いたのは新しいデータなので、国立大学のガバナンスについて、財政の面から議論するための土台を提供できたのではないでしょうか。今回は、財政面だけからの実態と効果を分析しましたが、今後の課題としては、大学の評価を行うためにも、財政(大学の財務運営)の面に加え、質の面も加えた費用対効果の分析への発展が不可欠でしょう。

――今後の研究について、お聞かせください。

最初にお話をしましたように、私は、これまで研究されてこなかった分野について、財政学の観点から分析してきました。地方分権・地方財政に関心があり、これまでの空港・港湾の分野に関する研究もそうですが、どちらかといえば、分析の手法を追及するというより、現地調査や政策に携わる人たちとの情報交換などにより研究対象の実態に関する理解を深めた上で、分析を行っていく手法で研究を続けています。今後、公営競技に関する財務分析も行いたいと考えています。

公営競技といえば、一時、自治体によるカジノ誘致が話題になりました。カジノは華やかなイメージがありますが、昔から地方で開催されてきた競馬、ボート、競輪などの公営競技は衰退しつつあります。現場で働いている人々の雇用確保の観点から、やめたくてもやめられない自治体が多いのです。この分野に関して、的確な数値データを基に財務分析を行いたいと考えています。

解説者紹介

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赤井 伸郎

1991年大阪大学経済学部経済学科卒業。同大学大学院経済学研究科修士課程終了、博士号(経済学)取得。大阪大学経済学部助手、兵庫県立大学経営学部助教授などを経て、2007年より現職。
主な著作は『行政組織とガバナンスの経済学』(有斐閣、2006)(単著)、「地方交付税の経済学」(有斐閣、2003)(共著)など。