Research Digest (DPワンポイント解説)

ホワイトカラー・エクゼンプションと労働者の働き方

解説者 黒田 祥子 (東京大学社会科学研究所准教授)/ 山本 勲 (慶應義塾大学商学部准教授)
発行日/NO. Research Digest No.0044
ダウンロード/関連リンク

第三次産業に携わる人が増えるにつれ、従来のように仕事の成果を「労働時間の長さ」で測ることが、実態に合わなくなってきた。そうした中、一定の要件を満たすホワイトカラー労働者の労働時間規制を緩和する自律的労働時間制度、いわゆるホワイトカラー・エグゼンプション制度が議論されるようになった。制度の導入は、生産性の向上や長時間労働の減少、ワーク・ライフ・バランスの実現に結びつくとする向きもある一方、「残業ゼロ」となれば「名ばかり管理職」が増え、労働者にとってはマイナスであるという反対の声も根強い。

黒田祥子 東京大学准教授と山本勲 慶應義塾大学准教授は、「慶應義塾家計パネル調査」の個票データを用いて、ホワイトカラー・エグゼンプションが労働者の働き方をどう変えるのか分析を行った。その結果、労働者の学歴や業種、収入によってホワイトカラー・エグゼンプションが労働時間や賃金に与える影響が異なることが分かった。

――ホワイトカラー・エグゼンプションと労働者の働き方の関係を研究された理由を教えてください。

山本:私と黒田先生は共同研究を行うことが多いのですが、身近な話題について話すうちに、研究テーマが見えてくることがよくあります。本研究もそのようにして始まりました。

私たちは2人とも、大学の研究者になる前は別の機関で「サラリーマン」として10年以上働いていましたが、そこでは労働時間の管理が非常に厳格でした。ちょうど時期を同じくして、私も黒田先生も大学に転じたのですが、2人の大学は裁量労働制をとっているため労働時間を柔軟に変えることができます。忙しい時は夜遅くまで長時間働く必要がありますが、いつ、どこでどのように働くか自分で決めることができるため、たとえ仕事量は多くても、ストレスが少ないことに気づきました。こうした経験から、労働時間の規制と生産性やストレスについて関心を持つようになったのです。

黒田:私も山本先生と同じように感じました。以前から研究業務に携わってきましたから、大学に転じても仕事の内容自体は変わっていません。一方で「9時~17時、それ以降は残業」という勤務時間の枠に縛られず、自分で労働時間を管理できるようになったことで、ストレスが減り体調も良くなったのです。

サービス産業化とワーク・ライフ・バランスへの関心が背景に

――日本でホワイトカラー・エグゼンプション導入についての議論が始まった背景について、どのようにお考えでしょうか。

黒田:1990年代半ばに日本経済団体連合会(日経連)が提言の形でいい出してから機運が高まり、2000年代になって企画型の仕事をする労働者などに裁量労働制が導入されました。しかし、これはあまり普及しなかったこともあり、構造改革の盛り上がりの中で労働時間規制についてもきちんと見直しをしよう、というのが全体的な流れだと思います。また、第二次産業主体の産業構造が転換するにつれ、時間管理になじまない仕事をする人が増えていったことや、ワーク・ライフ・バランス議論の高まりも要因でしょう。

山本:法律の専門家によると、現在の日本の労働時間規制はマニュアルに従って仕事をするブルーカラーを前提にして作られたそうです。製造現場で働く労働者の仕事量は、時間の長さで測ることができます。しかし、時間管理になじまない仕事に携わるホワイトカラーが増える中、雇用主は「いたずらに長時間働いている人に残業代などを払いたくない」と考えるようになったのです。また、労働者側からは、ワーク・ライフ・バランスを求める声が高まってきたという背景もあります。

――なぜ、日本の労働者はホワイトカラー・エグゼンプションに強く反対しているのでしょうか。

山本:ちょうどホワイトカラー・エグゼンプションの適用範囲を拡大しようとする議論が活発化してきた頃、日本では長時間労働が問題視されるようになりました。過労死やワーキング・プアの問題が繰り返し報道され、「労働時間規制をなくすと、労働時間がさらに長くなるのでは」と不安を抱く人が多かったのでしょう。

本稿にも記しましたが、米国では全労働者の20%がホワイトカラー・エグゼンプションの適用を受けています。日本に比べて米国は労働者にアウトサイド・オプションが多いため、労働時間や報酬が不満なら転職します。一方、日本では現状に不満があっても同等の仕事を他で見つけるのはなかなか難しい。その結果、労働時間の規制を撤廃すると、労働者にとっては条件悪化につながると考えられたのではないでしょうか。本研究では、まさにその点について「本当はどうなのか」を分析しました。

大規模パネルデータを利用し実態把握

――分析に用いるデータとして、メディアなどでよく見かける「アンケート」ではなく、個票データを選ばれたのはなぜですか。

山本:今回の分析では「慶應義塾家計パネル調査(KHPS)」の個票データを利用しました。個票データを利用すると、回答者のさまざまな属性を制御することができます。たとえば同年齢の回答者AとBを比べて、Aの方が労働時間が長いとしましょう。AとBで勤務先の規模や業種、職歴が異なるなら、この二者を単純に比較してもあまり意味がありません。

自然科学では、他の条件を一定に制御する実験を行って検証したい項目のみを比較します。社会科学では実験が行われることは稀ですが、代わりに統計的に他の条件をコントロールすることで、より正確に実情を把握しようとします。

また、パネル調査のメリットもあります。一定の期間をあけて同じ人に何度も調査を行いますから、同一人物についての比較が可能なのです。たとえば、今年の調査結果から長時間労働している人の存在を把握したとしましょう。それが、ホワイトカラー・エグゼンプションの適用を受けた結果であるのか、それとも、もともと働くのが好きなのかは、同一人物を追跡調査しているからこそ分かるのです。こうしたことは、通常の一度限りの横断面調査ではなかなか見えてきません。

――日本ではどういった機関がパネル調査を行っているのですか。

黒田:私たちが今回の研究で使用した、「慶應義塾家計パネル調査」や、東京大学では若年・壮年層を対象にした調査があります。家計経済研究所では1990年代から女性を対象にパネル調査を行っていますから、データの蓄積はもっとも豊富です。

パネル調査は複雑ですし、回答者に継続して調査に参加してもらうインセンティブをつけるため、謝金を支払う必要もあります。こうしたことから、億単位の費用がかかるとされており、簡単にはできません。

山本:慶應義塾大学は、COEやグローバルCOEの予算を獲得したために、パネル調査のデータを収集することができました。米国では、パネル調査の蓄積が進んだことが、労働経済学の発展につながりました。社会の実情を把握するためにも、こうしたデータの蓄積が日本で今後も続いて欲しいと思います。

――今回の分析手法の特徴をおしえてください。

黒田:分析には「クロス・セクションアプローチ」と「パネル・アプローチ」という2つの手法を用いました。

ホワイトカラー・エグゼンプションが労働時間に与える影響を正しく測定するためには、同一の労働者について、ホワイトカラー・エグゼンプションが適用されている時とされていない時で労働時間を比較する必要があります。しかし、実際に観察できるデータは、ホワイトカラー・エグゼンプションが適用されている時とされていない時、いずれかの労働時間ですから、両者を同時に観察することはできません。

クロス・セクションアプローチでは、ホワイトカラー・エグゼンプションの適用労働者と属性の近い労働者を非適用の労働者の中から探し出し、その労働時間を、ホワイトカラー・エグゼンプションが適用されなかった時の仮想的な労働時間とみなします。こうすることで、実際には観察できない労働時間を仮想的に求めることができるのです。

この手法は同時点の人を比較できるというメリットがありますが、デメリットは異なる好みや資質を持つ人同士を比較してしまう可能性があることです。たとえば、働くのが好きな人とそうでない人の労働時間を比較してしまう可能性があります。

パネル・アプローチでは、調査時点からみて過去1年間の間に新たにホワイトカラー・エグゼンプションが適用された労働者と、同じ労働者がホワイトカラー・エグゼンプションの適用を受けていなかった時で労働時間を比較します。その際、景気変動などの要因は除きます。同一人物について、労働時間がどう変化するかを見ることができるため、観察されない個人の好み(長時間働くのが好きかどうか、など)をコントロールすることができます。

短所としては、分析に用いたパネル調査が2004年にスタートしたもので新しいため、調査開始以降、新たにホワイトカラー・エグゼンプションの対象になった人がそれほど多くないことがあげられます。分析により安定した結果を得るためには、サンプル数が多いほど良いので、この点は今後の課題といえるかもしれません。

業種・学歴・年収によって異なる影響

――分析の結果は、どのようなものでしたか。

山本:業種や学歴によって、ホワイトカラー・エグゼンプションの影響が異なることが分かりました。

図1:ホワイトカラー・エグゼンプションが労働時間に与える影響

図1で縦軸に労働時間の増減を示していますが、卸小売・飲食・宿泊業、また、大卒以外の労働者において、労働時間が長くなり、いわゆる「名ばかり店長」「名ばかり管理職」の存在が示唆されています。

興味深いことに、卸小売などの業界でも年収700万円以上の労働者については、ホワイトカラー・エグゼンプションの結果、労働時間が長くはならないことが分かりました。この層の人々は「名ばかり」ではなく、実質的にも管理職の役割を担っており、労働時間を自分の裁量でコントロールできるのではないかと思われます。

また、大卒労働者はホワイトカラー・エグゼンプションの適用を受けた後、労働時間が短くなっているのも興味深い結果といえるでしょう。

黒田:分析の結果、色々な働き方があることが見えてきました。ホワイトカラー・エグゼンプションの結果、長時間労働になってしまう労働者もいますが、一方で労働時間を減らしてワーク・ライフ・バランスをとることができる労働者もいるのです。日本人の働き方が多様になっているために、ホワイトカラー・エグゼンプションの影響も多様な形で現れると考えることができそうです。

また、今回の分析結果を基に「fixed-jobモデル」「トーナメント・モデル」といった2つの理論的仮説の検証も行いました。(表1)

表1:ホワイトカラー・エグゼンプションが労働時間に与える影響

fixed-jobモデルとは、雇用主と労働者が、あらかじめ仕事に必要な労働時間とそれに見合った賃金総額をパッケージで暗黙裏に契約しているとする理論です。海外では、さまざまなデータを用いて検証されてきた理論ですが、このモデルの正当性については、分析対象とする国や労働者によって異なる結果が出ています。

このモデルを検証する際は、同じ生産性で同じ仕事をしている労働者について、適用される労働時間規制が異なる場合、労働時間や賃金がどのように変わるのかを比較することが重要です。そのため、「一般社員」と、同じ仕事をしている「名ばかり店長」の労働時間を比較することで、fixed-jobモデルが成立しているかどうかを検証することができました。すると、「名ばかり店長」の労働時間は長くなっていましたが、残業代や賞与も含めて時給換算した賃金をみたところ、図2の「卸小売・飲食・宿泊業」は、統計的に時給への影響は見られず、他の労働者より低くなっているとはいえないことが分かったのです。つまり、労働時間規制が適用除外されて残業代がゼロになったとしても、その分だけ基本給が上昇することで、時給換算した賃金はそれまでの水準に保たれており、fixed-jobモデルが成立していることが示唆されています。

山本:大卒の労働者の労働時間については、トーナメント・モデルで説明することができます。トーナメント・モデルとは、相対的な生産性の違いを昇進の要件とすることで、雇用主が絶対的な生産性を把握するコストを省くことができるという理論です。この場合、労働者は他人よりも働けば自分の昇進確率が上がるため、長時間労働になりやすいのです。

今回分析に用いたデータで推計を行ったところ、前年の労働時間が長いほど翌年、昇進しやすいとの結果が出ました。つまり、ホワイトカラー・エグゼンプション適用前の大卒労働者の労働時間が長く、適用後に短くなるという行動は、昇進競争が存在している可能性があるのです。

図2:ホワイトカラー・エグゼンプションが時給に与える影響

――長時間労働と昇進が関係するとなると、ワーク・ライフ・バランスを推進するのはやはり難しいのでしょうか。

山本:1つの方策は、欧米企業ですでに行っていると思いますが、どんどん昇進していく人とそうでない人に役割分担するということです。皆が昇進を目指して長時間働くのではなく、ワーク・ライフ・バランスが取れる働き方も選択できるようにするのです。

もう1つ考えるべきことは、どれだけ長く働いたか、つまり仕事のインプットで労働者を評価するのではなく、アウトプット、つまり成果で評価するということです。

黒田:job descriptionを明確に決めて、担当外の仕事は断れるようにすることも1つの考え方です。また、労働条件が悪い場合は他に移れるよう、流動化を促進することも大事だと思います。

――今後のご研究テーマについて教えてください。

黒田:労働時間とワーク・ライフ・バランスの研究を進めていきたいと考えています。

山本:法政大学の武石恵美子先生が座長を勤められる、RIETIのワーク・ライフ・バランス研究会で、海外と日本の働き方比較を行う予定です。ホワイトカラー・エグゼンプションについても、「残業ゼロ」や「名ばかり管理職」といったネガティブな話題だけでなく、ワーク・ライフ・バランス推進の観点から議論が行われると良いと考えています。

解説者紹介

黒田祥子顔写真

黒田 祥子

慶應義塾大学経済学部卒業。1999年青山学院大学大学院国際政治経済学研究科修士課程終了。1994年日本銀行入行、2007年一橋大学経済研究所特任准教授を経て、2009年4月より現職。専門分野は、労働経済学、応用ミクロ経済学、マクロ経済学。主な著作物は、『デフレ下の賃金変動:名目賃金の下方硬直性と金融政策』(共著)東京大学出版会、2006年、『解雇法制を考える-法と経済学の視点』(共著)勁草書房、2002年、「日本人の労働時間は減少したか?-1976~2006年タイムユーズ・サーベイを用いた労働時間・余暇時間の計測」ISSDP.J-174、東京大学社会科学研究所、2009年、"Estimating Frisch Labor Supply Elasticity in Japan," (共著)Journal of the Japanese and International Economics, 22,2008, pp.566-585など。


山本勲顔写真

山本 勲

慶應義塾大学商学部卒業。2003年ブラウン大学博士課程経済学研究科修了。1995年日本銀行入行、2007年3月より現職。専門分野は計量経済学、労働経済学、応用経済学。主な著作物は、『デフレ下の賃金変動:名目賃金の下方硬直性と金融政策』(共著)東京大学出版会、2006年。『プロ野球の経済学』(共著)日本評論社、1993年、「企業における高齢者の活用 定年制と人事管理のあり方」『少子化の経済分析』(共著)東洋経済新報社、2006年、"Estimating Frisch Labor Supply Elasticity in Japan," (共著) Journal of the Japanese and International Economics, 22, 2008, pp.566-585など。