Research Digest (DPワンポイント解説)

担保は国内中小企業のパフォーマンスにどのような影響をおよぼすのか

解説者 植杉 威一郎 (コンサルティングフェロー)
発行日/NO. Research Digest No.0040
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中小企業の担保提供や個人保証は効率的な資金配分に反するという見方がなされてきた。とりわけバブル期の土地の値上がりを背景にした企業の優劣に関係ない担保偏重融資の反動もあり、近年、担保をとらないスコアリング融資などの動きが広がっている。

植杉威一郎CFらは、中小企業庁の金融環境実態調査のデータと東京商工リサーチ提供の財務データから、中小企業が担保や個人保証を提供したあとの収益や財務の変化を分析した。その結果、従来いわれていたような担保・個人保証の否定的な側面とは逆に、担保を提供した企業の収益が改善し、財務的な危機に陥る可能性も低下したことを実証した。こうした結果を踏まえ、植杉CFらは担保や個人保証の役割を再評価した方が良いとの見方を示した。

否定的な側面が強調されてきた中小企業の担保の提供や個人保証の役割

――中小企業の担保や個人保証とパフォーマンスとの関係を研究された動機は何でしょうか。

日本では担保の提供や個人保証の否定的な側面が過度に強調されてきた嫌いがあります。否定的な側面とは、銀行が中小企業に対して過大な担保を求めがちで必要なところに資金が行き渡らない、個人保証の場合には資金が返済できないと事業とは全く関係のない第3者に返済を求めることになる、といったことです。特にバブル期には、担保偏重融資、すなわち、土地の値上がりを背景に企業の優劣に関係なく、担保となる土地さえあれば融資する銀行の姿勢が批判されていました。

こうしたことから、政策を担当する側には中小企業に担保を求めない方がいいのではと考える傾向があり、金融庁でも、そうした考え方が根強いように思われます。たとえば、2003年に策定されたリレーションシップバンキングの機能強化に関するアクションプログラムでは、銀行と企業の関係を緊密にすることで、本当に資金を必要としている中小企業にお金を流していくことの重要性が強調され、そのための取り組みの方向性が示されました。このなかでも「担保や保証に過度に依存した融資はやめよう」という考えが示されています。

しかし、担保や保証をやめれば銀行はきちんと貸出先との関係を深め、頻繁にモニタリングするようになるのでしょうか。こうした疑問から、2005年の論文で、担保や個人保証がどの程度提供されているかを見た上で(図1-図4参照)、(1)担保を提供しているのはどういう企業か、リスクの高い企業か低い企業か、(2)企業が担保を提供することで、銀行は企業へのモニタリングをやめてしまうか、(3)リレーションバンキングは本当に担保や保証の代わりになるか、を検証しました。

図1:調査対象企業5920社の内訳
図2:担保の内訳
図3:調査対象企業5920社の内訳
図4:個人保証の内訳

実際は担保の提供は銀行の監督と補完的

――結果はどうでしたか。

それまで考えられていたのと逆でした。すなわち、銀行によるモニタリングの程度を、企業が銀行に対する資料提出する頻度で計ったところ、担保を提供することと銀行が企業を頻繁にモニタリングすることは補完的でした。つまり担保を提供した企業には銀行が頻繁にモニタリングを行い、銀行によって頻繁にモニタリングされている企業ほど担保を提供していることが分かりました。また、銀行と企業との関係が深まれば深まるほど担保を提供することが多くなるという結果も出ました。これは、金融庁が暗黙のうちに前提としていた、リレーションシップバンキングが進めば担保がいらなくなる、という考えと違います。

ただ、この時点(2005年)の研究では、担保を提供した企業のその後について、データがなく調べられませんでした。担保を提供していない企業と比べて提供している企業の収益は良くなっているのかどうか、リスクは低下しているのかどうかを検証しようというのが、今回の論文の動機です。

――中小企業の担保提供および個人保証と収益改善に関することについて、どのような仮説が立てられていますか。

1つは担保を提供することで借り手のモラルハザード(倫理の欠如)が抑えられるということです。これは理論的にはいわれていますが、この命題を正面から扱った実証分析は私たちが知る限りではなされていません。先行研究があっても、もともと財務面でのリスクの高い企業が担保を提供することが多いので、借入金の返済不能に陥る確率が高くなるとの指摘に止まっています。これでは、担保を提供する前の企業の属性が影響しているのか、担保を提供することにより企業のパフォーマンスが変化したかを区別できません。

データ処理は経済環境の影響や企業の属性などに配慮

――そこで、今回はデータを使って実証分析をされたわけですが、大量のデータを使用するにあたっての工夫はありますか。

使用したデータは中小企業庁が2001年から2003年までに実施した金融環境実態調査に回答した企業のものです。この調査には担保や個人保証を提供しているかどうかのデータがあり、たとえば、ある年に企業が担保を提供した、あるいは、何らかの理由で担保提供していないといったことが分かります。

一方、担保や個人保証を提供した企業の業績が、その後どう変化したかは、該当する企業についての東京商工リサーチ提供の財務データを使用しました。前述の金融環境実態調査データと併用し、同じ企業の事後的な行動変化やパフォーマンスの変化を追えるようにしました。

データ処理で工夫した点は、担保を提供し続けている企業では担保の効果が調査時点より前にすでに現れている可能性もあるため、これまでは担保を提供していなかったが新たに担保を提供し始めた企業を分析の対象とした点です。このためサンプルセット全体では2万社程度あるのですが、最終的な分析対象は500社-1000社程度に絞込みました。

次の工夫は、担保を新たに提供した企業を何と比較するかという点についてです。担保を提供した企業の業績が改善したといっても、日本全体の経済環境が良くなったからかもしれません。そこで、同じ時期に存在していたが何らかの理由で担保を提供しないままであった企業を比較の対象にしています。経済全体の環境変化は、担保を提供した企業にも提供しないままの企業にも同じように影響するはずですから、両者を比較することで、マクロ的な経済環境の影響を取り除くことができます。

比較対象になる企業の選定にも工夫が必要です。もともとの企業の性質が担保を提供する企業とそうではない企業で異なってしまっていると、その後の変化はもともとの企業の性質の違いを反映したものになってしまいます。そこで、担保を提供した企業と比較したい対象以外の企業の属性をできるだけ近づけてから分析するようにしました。

――収益の変化は具体的にどのような指標でみたのでしょうか。

企業の「質」を計るものとして、ROA(総資産利益率)と自己資本比率を用いました。また財務的な危機に陥っていないかどうかをみるものとして、赤字かどうか、債務超過かどうか、インタレストカバレッジ(期間利益の借入金金利に対する比率)が1を下回っていないかどうか(下回っていると貸し倒れリスクが高い)、を考えました。

格段に高い信用保証の政府依存度

――今回の分析では政府の信用保証を受けている企業の扱いに注意を払われていますね。

日本の中小企業金融を見ると、政府の役割が大きいのが特徴です。中小企業向け融資は約250兆円ですが、この1割以上にあたる30兆円に政府の信用保証が付いています。こうした中小企業向けの信用保証への依存度の高さは、欧米ではみられないことであり、担保・保証人の分析をする際にも注意を払う必要があります。返済が行われなくても全額が政府によって保証されている貸出案件であれば、金融機関は、債権を保全するために担保や保証人を求める必要がなくなります。そこで、今回の分析では、政府の信用保証を利用している企業をまずは分析の対象から外すことにしています。

もっとも、政府の信用保証を受けている企業は規模が小さく財務体質が弱い企業が多いため、これらの企業をすべて除外すると、「強い企業」ばかりが対象になりかねません。そこで、部分的に政府の信用保証を使っている企業を再び入れて、小規模で財務体質が弱い企業も対象に含まれるようにした分析も行いました。

担保提供企業は収益が改善、財務の悪化を回避

――分析結果はどのようになりましたか。

まず担保の提供についてですが、これによって収益が改善すること、財務の悪化が回避されることが、はっきりと分かりました(表1参照)。担保を提供すると何が変わるかというと、企業の行動が変わることと、貸し手の金融機関の行動が変わることの両方が考えられます。企業の行動が変わるとは、借入金の返済不能に陥れば担保が差し押さえられ損失となるので、それを回避しようと経営努力する、すなわちモラルハザードが抑えられます。一方、金融機関の行動としては、担保を提供した企業をより頻繁にモニタリングする可能性があります。こうしたモニタリングを企業が重く受け止める場合には、経営に規律が働きます。また、担保の提供によって資金がより多く借りられるため、企業が新規事業を多く行って売り上げを増やす中で、収益が改善するという可能性も考えられます。

分析の結果から、モニタリングの頻度には変化はみられず、また、売り上げも伸びていないことが分かりました。売り上げ増大というよりもコスト削減によって利益率が上昇しています。こうした点を考えると、金融機関がモニタリングを頻繁にするからというよりも、企業自身の行動が変わり、モラルハザードが抑制されることで収益が改善しているといえます。

表1:担保を提供して1年間の企業のパフォーマンスの変化

――個人保証については、担保の提供ほど結果が鮮明でなかったようですね。

ここでの個人保証は経営者本人による保証が大半を占めます。本人保証は債務者への圧力のかかり方が弱いということが考えられます。担保の場合は、土地など差し押さえられる物件が明記されますが、個人保証では、返済不能となったときにどの資産が提供されるのか明記されていないので、借り手にとって担保と意味が違うのではないでしょうか。つまり本人保証の提供と担保の提供では、担保のほうが重く受け止められていると思います。

担保や個人保証の役割を再評価

――導き出された結論からいえる政策への示唆はなんでしょうか。

これまで、担保の提供や個人保証は、効率的な資金配分に寄与していない、とみられていました。今回の分析結果は、実はそうではないのではないか、ということを物語っています。担保の提供や個人保証によって企業と金融機関との関係が損なわれることはなく、企業の収益は改善し、金融機関のモニタリングも頻繁に行われています。今後は、担保や個人保証の役割を再評価したほうが良いのではないでしょうか。

また、最近、金融機関の融資の方法として、担保を求めず、融資先の貸借対照表に基づき金利を決めるスコアリング融資やビジネス融資が広がっています。この方法によると、借り手に経営努力をしようという規律が働かなくなる恐れがあります。日本の社会は「借りたお金はきちんと返す」という個人の良心に依存してきた面がありますが、これはいつまでも続く習慣とは限りません。担保や個人保証は、借り手がまじめに経営努力する規律づけに有用だということを見直すべきでしょう。

さらに、これまで不動産に限られていた担保の範囲をどこまで広げていけるかということも、今後議論されるべきでしょう。最近、売掛債権や在庫など動産も担保として扱う動きが出てきて、信用保証協会の保証をつけるなど、政策面でも後押しされています。これは歓迎すべきことです。知的財産権など評価が難しいものもありますが、範囲の拡大が進むことは良いことでしょう。

――今後の研究課題は何でしょう。

不動産から動産に担保の範囲が広がっていった場合、どういう違いが出てくるかが1つの関心事項です。この問題については、経済学者が経済的なインセンティブを調べるほかに、法学者の間でも議論がされているようです。すなわち、不動産から動産へと担保の範囲が広がっていった場合、法律の面で何が必要か、ということです。担保が動産にまで広がることで、どのように資金配分の効率性が変化するのかという点について、共同で取り組むことができれば良いと思っています。

また、世界銀行のエコノミストなども、担保や保証人制度と金融の仕組み、その国の経済成長の度合いの関係に高い関心を抱いており、担保や保証人に関係するテーマが発展していく余地は大きいといえます。

解説者紹介

東京大学経済学部経済学科卒業。2000 年カリフォルニア大学サンディエゴ校経済学博士課程終了(Ph.D)。1993 年通商産業省入省、2002 年RIETI 研究員などを経て、2007 年より現職。主な著作は"The Role of Collateral and Personal Guarantees in Relationship Lending: Evidence from Japan's SME Loan Market," (共著, Journal of Money, Credit, and Banking, forthcoming), 『検証 中小企業金融』(共編著, 日本経済新聞出版社)など。