Research Digest (DPワンポイント解説)

日米企業の研究開発の相違点を探る

解説者 長岡 貞男 (研究主幹・ファカルティフェロー)
発行日/NO. Research Digest No.0039
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経済成長の鍵をにぎる研究開発、そのあり方は、日米で違いがあるのか、また日本の課題は何か――。長岡RCらの研究チームは、日米企業が保有する約5600件の特許を対象に、研究開発の目的、研究体制、知識源、資金源、得られた特許のパフォーマンスなどについて、従来のように企業単位ではなくプロジェクト・レベルで、分野網羅的かつシステマティックに情報を収集し、それを活用したイノベーションの研究を様々な角度から行っている。その1つとして、ジョージア工科大学との協力で米国についても同様の調査を行い、日米比較を行った。

長岡RCらは、既存事業の枠内の研究は、事業の成熟化とともに収益率の低下が予想され、日本企業も、米国のようなフロンティア型の研究開発にシフトしていく必要があり、そのためには、発明者のキャリアパスの設計を含め、それに適した研究開発の体制整備を長期的に行っていく必要があるのではないかと指摘する。

――調査の目的と概要、特徴をお教えください。

研究開発は、知識を生み出してその成果を市場において新製品あるいは新生産プロセスとして商業化することが目的ですが、その本質は知識ですので、それを測定する良いデータがありません。そこで、日米の研究開発のプロセスを正確に把握するために、プロジェクトベースの調査を行いました。研究開発に関しては従来は企業単位の調査が多かったのですが、同じ企業でもさまざまに異なる産業分野や異なった目的を持つ研究開発を行っており、そうした研究プロジェクトごとに異なる背景を把握し、その結果として生み出された発明の内容とを付き合わせることで、より正確な実態把握ができると考えたためです。米国ですでに特許を取得し、さらに日欧でも特許出願している、比較的質の高い「3極特許(triadicpatents)」が対象です。2007年に日米で調査を行い、日本は3658件、米国側が1919件のデータを入手しました。同時に、日本では3極特許以外の特許も調査対象としましたが、日米比較は3極特許で行っています。

日本で目立つ「既存事業の強化」のための研究開発

――特許の前提となる研究開発ですが、日米にはどのような特徴がありましたか。

まず、個々の研究開発プロジェクトの目的ですが、1)既存事業の強化、2)新事業の創出、3)自社の技術基盤の強化、4)その他、という4つに分けて、どれに該当するのかを聞きました。その結果が図1です。日米ともに1)既存事業の強化が最も多かったのですが、日本の方が66%と、米国の48%を上回っています。また、2)新事業の創出は日米とも同率ですが、新事業創出を目指した研究開発の担い手に大きな違いがあります。企業規模別(大、中、小、最小の4種類)に4つの目的の比率を集計したところ、米国の場合、最も小さな規模の企業おける新事業創出型研究開発の比率が45%と際立って多いとの結果を得ました。これは、米国の場合、新事業を立ち上げる起業家が研究開発を行うケースが多いためと考えられます。

この他に目立ったのは技術基盤の強化で、日本では研究開発全体の8%に止まっているのに対し、米国では24%にのぼっています。個別の既存事業の範囲に止まらず、さまざまな事業のインフラにもなりうる基礎的な技術力の向上を重視する米国のこうした特徴は、ほぼすべての産業分野でみられますが、とりわけ、半導体、情報通信、ソフトウェア、光学などの分野で顕著でした。

図1:研究開発の目的

――なぜ、こうした違いがあるのでしょうか。

研究開発に対するファイナンスのあり方の違いも関係していると思いますが、研究者の問題が重要と考えられます。今回、研究者の属性についても調査しましたが、米国では博士号を取得している研究者の割合が45%にのぼるのに対して、日本は12%でした。日米ともに、既存事業の強化や新事業の創出などに比べ、技術基盤の強化の場合は博士研究者の占める比率が高くなるため、そうしたニーズに対応できる米国の方が、基礎的な技術の開発により力を入れる結果になると思われます。

発明のセレンディピティーが高い米国

――研究開発から発明が生まれるプロセスについて、他にどのような特徴がありましたか。

発明は、いつも研究開発プロジェクトが当初想定した通りに生まれる訳ではありません。思ってもいなかった成果が得られるというセレンディピティー(当初予期していなかった発明)も重要です。図2は得られた発明の内容が、1)研究開発の目標通り、2)想定内の副産物、3)想定していかなった副産物、すなわちセレンディピティー、4)アイデアは研究開発以外、5)研究開発とまったく関係ない、などの項目のうちどれに該当するかを聞いた結果です。これによると、日米とも発明の半分が研究開発の目標通りであった訳ですが、一方で、日本の発明の3.5%、米国の12%が3)想定していなかった副産物であり、日本の11%、米国の14%が5)研究開発とまったく関係ない形で生まれたことが分かります。全体的に、米国の方が高いセレンディピティーを示しており、これは先に見た日米の研究目的の違い、すなわち、米国の方が当面の事業とはつながらないシーズ開発のための研究により力を入れていることと関連しているとみていいのではないでしょうか。

図2:発明がうまれるプロセス

――研究開発の成果として生まれた発明自体には、どのような違いがありましたか。

今回の調査では発明者に対して、発明が行われた技術分野の中で自らの発明がどのような位置(①トップ10%、②~25%、③~50%、④下位半分)を占めると考えているか聞きました。これは主観的な評価ですが、他の特許からの引用頻度など別の評価指標とも整合的で、信頼に足る評価と考えられます。日米ともに企業の規模が小さいほどトップ10%に入る発明の割合が高まる、すなわち、発明の経済的価値が大きくなる傾向があります。一方、日米で大きく異なっているのが、大学研究者による発明の質です。日本の大学の場合、トップ10%の発明は全体の9.4%にすぎませんが、米国の大学ではこの比率が30%に跳ね上がります。

もう1つ、日米で差が見られるのが、100人以下の小さな企業によるトップ10%の発明のシェアです。日本ではこうした企業の発明者によるトップ10%の発明は全体の10%ですが、米国では21%あり、米国では大学とこうした企業で重要な発明の割合の約4分の1を占めています。

以上の調査結果からは、米国の研究開発の方が既存事業にとらわれない基盤技術の育成や新事業のためのシーズの開発に比重を置いていることが、米国の研究開発パフォーマンスが高い原因となっているという関係が見えてきます。そして、米国ではそうした種類の研究開発を、大企業のみではなく、小企業や大学が積極的に担っている姿が浮き彫りになりました。

日米ともに特許の商業化は6割

――今回の調査で発明の商業化(Commercialization)に注目された理由は何でしょうか。

発明が市場で高い評価を得る、すなわち、発明が単なる発明に終わらずに新製品あるいは新生産方法として具体的な経済的価値を持つためには、発明の商業化が前提となります。商業化とは、発明が何らかの形で経済活動に実際に利用されることで、ライセンスの供与や起業を通じて他社のために使われたり、純粋に自社の事業のためだけに使わる場合も含まれます。

図3から分かるように、日米ともに発明の6割が商業化されています。出願人による利用のうち、自社だけのために発明を使っている割合を日米で比べると、日本が65%(35%/54%)、米国が80%(40%/50%)となり、米国の方が発明の利用の仕方が排他的と理解できます。しかし排他的でも、利用されている割合が日米で同じであることが興味深い点です。排他的であるが故に新たに開発される用途があることを反映していると思われます。

一方、発明の使われ方は、発明が行われた研究開発のそもそもの目的によって異なることが想定されるため、1)既存事業のため、2)新事業のため、3)新しい技術基盤の創造のため、という3つの目的ごとに日米の発明の使用状況を比べてみました。

その結果、(1)米国では、3)新しい技術基盤の創造を目的とする研究開発における発明で自社利用する割合が多い(43%。日本は28%)、(2)米国のライセンス比率は全体的に日本を下回る傾向がある(米国:8―19%、日本:17―23%)、(3)ただし2)新事業を目的とする研究開発における発明では、商業化された発明に占める自社利用割合が、米国は日本より低く(米国:75%、日本:88%)、排他的な契約でライセンスやスタートアップに活用されているといった点が確認できます。米国の新事業分野では、起業やライセンスを通じて必要な技術がやり取りされる市場が比較的整っていることが背景にあるようです。

図3:発明の商業化

「先行者優位」と特許制度

――商業化に至らない発明とはどのようなものですか。

日米とも商業化されていない発明は全体の4割弱で、既存事業、新事業、基盤技術の順に商業化の割合が低下しています(図3)。

企業が発明の商業化をしていないにもかかわらず他社にライセンスをする方針も無い(ブロッキング特許)場合、主に2つのケースが考えられます。1つは、現在は商業化に踏み切れないが、状況が変化した場合は商業化してもいいと考えている場合、2つ目が、状況の変化にかかわらず商業化はしないと考える場合です。調査の結果、既存事業、新事業、基盤技術のいずれの目的の発明でも、2つのタイプの企業が同程度存在していることが分かりました。企業の判断次第で、少なくとも前者の企業の場合は、発明が商業化される可能性があると考えられます。

発明の商業化については、特許保護の活用を超えた幅広い視点を持つことも大切です。企業が発明を利用する、商業化に踏み込む目的は、基本的に利益を確保するためです。しかし、発明による利益の確保のためには、特許による権利の保護が唯一無二の手段になるわけではありません。先行研究などでも、いわゆる先行者優位(First Mover Advantage、FMA)をより重要な要素としてあげる例が少なくありません。

――企業は自らの発明を具体的な経済的利益に結びつけるにあたって、どのような戦略が重要と考えているのでしょうか。

図4は、特許制度による権利の保護やFMAのほかに、発明を商業化するために必要になる補完的な能力、発明の機密性、製品や製造工程の複雑さなど、想定される要因ごとに「重要」と答えた企業の割合を示したものです。これによると、日米ともに、「重要」という回答の割合が最も多かったのはFMAであり、日本企業は次いで、販売や製造の補完的な能力を重視しています。これに対して米国企業の場合は、特許の排他権の利用を重視する割合が相対的に多いことが分かりました。米国は日本に比べて発明利用の排他性が強いという点をすでに確認しましたが、他者に対して発明の独占的使用権を主張する特許制度を重視するという米国の結果は、それと関連づけて理解できるのではないでしょうか。

図4:発明利用の戦略

フロンティア型の研究開発を

――今回の調査結果から、企業の研究開発、あるいは政府の関連政策のあり方について、どのようなインプリケーションが得られましたか。

調査から明らかになったように、日本の研究開発は既存事業の強化に力点が置かれています。こうした研究は事業が成熟するにつれて収益率の低下が予想されます。一方、米国企業は既存事業にとらわれない基盤技術の育成や、新事業のためのシーズの開発に比重を置いています。日本企業も今後、こうしたフロンティア型の研究開発にシフトしていく必要があるでしょう。そのためには、博士号を持つ研究者を米国並みに増やす必要が出てくるかもしれません。

研究開発の担い手という点では、米国における小企業や大学の役割が日本と異なっている点が確認できました。米国では、こうした小企業や大学が比較的優れた発明の担い手になっています。日本でも、従来から政策面での支援の必要性が指摘されていますが、リスク資金の出し手をどう確保するのかといったファイナンスの問題も重要です。

制度面では特許の独占排他性という問題があります。米国の例から分かるように、排他性の強さは発明やその商業化を阻害するのではなく、逆に知的財産権の収益性を高めることを通じて商業化を促進する役割を果たします。日本もこうした観点から、制度を見る必要があるのではないでしょうか。

――今後の研究の方向性についてお教えください。

1つの例として、研究開発に携わる研究者について、日米にどのような違いがあるのか、さらに深い分析をしていきたいと考えています。日米の教育水準の違いについては紹介しましたが、企業が研究者に対して提供するインセンティブのあり方なども重要な論点になりそうです。また、異なる企業が連携して行うコラボレーション型の研究開発のあり方も重要になっています。すでに日米ともに1割以上が、こうしたタイプの研究になっており、同時に日本では共有が多いという問題もあり、今後さらに重要になっていくことが予想されます。

解説者紹介

東京大学工学部卒業。1980 年マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院よりM.S.(経営学)。1990 年マサチューセッツ工科大学経済学部よりPh.D.(経済学)。1975 年通商産業省入省。1986年世界銀行へ出向。1992 年成蹊大学経済学部教授。1996 年一橋大学商学部付属産業経営研究所教授。1997 年一橋大学イノベーション研究センター教授。2004 年-2008 年同センター長。この間、産業構造審議会の臨時委員、OECD の貿易と競争政策ワーキンググループの事務局、WIPO の事務局長アドバイザー、公正取引委員会競争政策研究センター主任客員研究員などを務めてきた。