Research Digest (DPワンポイント解説)

企業内組織改革と企業パフォーマンス
-東京地区企業インタビューによる実証分析-

解説者 宮川 努 (ファカルティフェロー)
発行日/NO. Research Digest No.0038
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経済社会のIT化が生産性向上に結びつくためには、組織運営や人事制度の改革も必要ということが認識されている。しかし、どのような改革がIT化による企業のパフォーマンス向上に結びつくかという実証研究はこれまで乏しかった。

宮川ファカルティフェローらの研究チームは独自のインタビュー調査を行い、組織改革を実施し、柔軟な人事制度を取る企業ほど高くなるよう得点化した。東京地区に本社がある151社の結果をみると、製造業では組織面では高得点だが、人事面では比較的保守的な企業が多い中で、小売業では人事面で柔軟な企業が多いという結果を得た。

また、実証分析の結果、組織の透明度を高め、人事制度を柔軟なものにする改革を行い、かつ、改革から2年以上経過したケースで企業のパフォーマンスが向上することも明らかになった。

――この研究に取り組んだ問題意識からお聞かせください。

欧米や日本におけるIT化の進展と経済成長の関係から、IT革命が経済成長を加速させるためには、単に設備の面でIT化を進めるだけでは足りず、技術革新に対応した組織や人材といった無形資産投資の補完的役割が重要であるとの議論が起きています。

無形資産については確立した定義はありませんが、Corrado, Hulten and Sichel (2005, 2006)による、①情報化資産、②革新的資産、③経済的競争能力に3分類した研究成果に刺激を受けて、各国の研究者がさまざまな取り組みを行っています。

RIETIの「無形資産研究会」プロジェクトでも、マクロと産業のデータを用いて、日本と米英の無形資産投資の比較を行ったところ、①情報化資産投資については、日本は米英とほぼ同等か少し上回っている、②研究開発投資などを含む革新的資産投資についても日本が米英を上回る、となった一方で、③経済的競争能力については、日本の投資は米英を大きく下回っている――という結果を得ました。

本研究は、「無形資産研究会」プロジェクトの一環として、経済的競争能力の実情に、よりミクロなデータから迫ろうという問題意識から始まっています。

「ヒトと組織」への投資が少ない日本

――経済的競争能力というのは耳慣れない言葉ですが、どのようなものを含むのですか。また、なぜインタビューという手法をとられたのですか。

経済的競争能力に関する投資には、企業の製品にブランド力を持たせ、高めるための投資、社員教育を通じて企業固有の人的資本を形成するための投資、組織改革によって企業の力を高める投資が含まれます。このうち、マクロデータによる研究から、日本では後者の2つ、すなわち「ヒトと組織」に対する投資が弱いとされています。

一方、こうした投資は個々の企業の特性による違いなどが出やすく、マクロデータの実情把握には限界があります。そこで、個々の企業に対してアンケート調査をして実態を把握しようという先行研究が多く出てきましたが、アンケートを受ける側の企業の負担が大きいため、近年回答率が大きく低下するという問題が浮上しています。

その中で、Bloom and van Reenen (2007)は、電話によるインタビュー調査を利用し、54%という非常に高い回答率を得ました。この回答率の点が、本研究にインタビュー調査を採用した最大の理由です。

――先行研究との違いはどこにありますか。

Bloom and van Reenen (2007)が電話インタビューであったのに対し、今回は調査員が各企業の経営企画部門の部長または課長といった管理職を訪問する形でインタビューを行いました。日本では、欧米と異なり、インタビューの場合は先方に訪問して話を聞くのが一般的ですので、電話インタビューでは回答率が低下すると考えたのです。

もちろん、訪問インタビューだと、相手が自社に都合の良い回答を準備するデメリットも考えられますが、回答結果の配点を先方に知らせていない事や財務面での質問が少ない事などから、回答操作のインセンティブは少ないため、回答率が高まるメリットの方が大きいと判断しました。

またこうした調査では、インタビュアーの特性に依存せず客観的な回答が得られることも調査のうえでは重要です。そのため、調査の準備段階で、インタビュー項目を縮約した項目を作成し、インターネット調査で予想される回答をあらかじめ絞り出しました。また事後的には、あいまいな回答がないかを研究会のメンバー相互にチェックしています。

質問項目については、Bloom and van Reenen (2007)に基本的に依拠していますが、彼らの研究が製造業に焦点をあてていたのに対し、今回の調査はサービス業も含めたため、在庫管理などの項目は除きました。日本の製造業は、米英に比べて研究開発投資の額が大きく、革新的資産投資が大きくなる主要因となっています。それに対し、サービス業の場合はそうした研究開発への投資は少ないので、その分を、人への投資だとか、組織改革を通じた新たなビジネスモデルの構築などの経済的競争能力(③)の部分に注力する必要があります。その経済的競争能力への投資が米英を大きく下回っているということは、サービス分野での無形資産投資を調べないと、日本経済の課題を的確に把握できないのではないかという問題意識がありました。

IT関連業種を訪問してインタビュー

――調査対象を教えてください。

対象企業は、RIETIが保有している企業名簿からIT関連業種と位置づけられる1145社を選びました。具体的には製造業で4業種(電気機械器具製造業、情報通信機械器具製造業、自動車・同付属品製造業、精密機械器具製造業)、サービス業では情報サービス関連業と小売業に属する企業です。このうち、被合併・倒産企業があったので、調査対象は1086社となりました。

このうち東京地区の286社を対象とした調査結果が先行して集計できたため、本論文を発表しました。被合併・倒産などにより実質的に存在しなかった11社を除き、275社中151社から回答を得ました(回答率54.9%)。

回答企業の内訳は表1の通りです。従業員規模では1万人以下の企業が大半で151社中144社を占めます。そのうち、300人以下の中小企業は68社と全体の半数近くに上ります。資本金規模でみると、資本金10億円以下の企業が全体の70%近くを占めます。回答企業の大半は、中堅およびそれ以下の規模ということになります。

表1:従業員・資本金規模別、回答企業の内訳

――インタビュー調査結果をどのように得点化したのですか。

インタビュー項目は組織の運営、目標、改革といった部分と、人的資源管理政策の2つに分けて設定しています。

Bloom and van Reenen (2007)では、回答に応じて経営上望ましくない順から、1,3,5という評点を行っています。しかし、この方法ではインタビュアーによって評点にばらつきが出る可能性があるので、本調査ではひとつのインタビュー項目について3つの質問を用意するという工夫を行いました。この3つの質問のうち、最初の質問をクリアしなかった場合は1点、クリアした場合は2点、2番目の質問をクリアした場合は3点、3番目の質問をクリアした場合に4点としています。

組織に関するインタビュー項目では、企業の各部署の組織目標がより上位レベルの企業理念と結びついているかどうかをチェックする質問項目を設定しています(表2のq1)。また、各部門の目標達成度の確認や浸透を定期的なミーティングで確かめるだけでなく、部門間のインフォーマルなミーティングを活用しているかどうかを調査しました(表2のq3)。さらに日本ではIT化に伴う組織変革に注目する議論が多いので、それを調べるインタビュー項目も設定しました(表2のq4)。

人事に関するインタビュー項目では、2000年代から日本企業で採用され始めた成果主義の導入について質問を設定しました(表2のq5)。日本の特徴と考えられるOJTの質問も含めています(表2のq12)。

表2:質問項目と平均スコア

日本企業のスコア分布、ドイツに近い

――どのような結果が得られましたか。

インタビュー調査では13個の質問ごとに回答に1~4点の点数をつけているので、平均は2.5になりますが、全企業を対象にした分布を見ると平均は2.73、中位値は2.74ですので、全産業レベルでは良いパフォーマンスを示していると思います。一方、分布をみると、平均値または中位値をかなり下回る企業のすそが長い経常となっていて(図1)、米英、フランス、ドイツを分析したBloom and van Reenen (2007)の結果と見比べると、日本の分布はドイツに近いものになっています。

業種別にみると、製造業では比較的スコアの高い企業が多いですが、情報通信サービスでは、ほぼ平均値に近い企業が最も多くなっています。小売業も、他産業と同様に、平均値周りの企業が最も多いですが、平均よりスコアが高い企業と低い企業が均等に存在しているという特徴があります。

さらに、13の質問項目を、組織資本に関する質問(質問1から質問4)、人的資本に関する質問(質問5から質問13)に分けて平均すると、組織資本に関する質問では全体の平均値を上回る回答が多いという結果が得られました。業種別では製造業と情報関連サービスでスコアが高く、小売業で低いという傾向があります。

一方、人的資本に関する調査では、平均値周りに多くの企業が集中している一方で、3以上のスコアを記録している企業も相当数ありました。業種別では、製造業は平均値周辺の企業が圧倒的に多く、サービス業は高めの企業が多いという結果が得られました。

以上から、製造業では組織改革を含めた組織の運営に関して強みを持っている一方で、人事制度に関して保守的で、それがスコアを押し下げる要因になっていると考えられます。情報関連サービスや小売業は、組織運営に関しては製造業に比べて弱いものの、人事制度は柔軟と読み取れます。また、企業規模が大きいほど、組織資本の整備に積極的という状況が明らかになりました。

図1:全産業のスコアの分布

――OJT関連の質問でも興味深い発見がありましたか。

人的資本に関する質問では、スコア関連以外に成果主義導入時期、研修期間およびOJT率(業務時間においてOJTに投入される時間の割合)など定量的情報の入手を試みました。成果主義導入時期の平均値は1999.4年、研修期間は13.7日/年、OJT率25.9%となりました。なお、研修期間およびOJT率については未回答および無効回答企業の研修期間およびOJT率が0であると仮定すると、研修期間は7.6日/年、OJT率10.1%になります。

成果主義導入時期が早いほど、研修期間が長いほど組織資本・人的資本スコアが高くなりました。それに対し、OJT率が高いほど組織資本・人的資本スコアが低いという意外な結果となりました。ただし、これは、回答者のコメントにおいて「業種柄常に」「業種的にほとんど(先輩と後輩が)一緒」、あるいは「営業ではフル」といった回答が見受けられることから、OJTが計画的な人材育成プログラムと代替的な関係になっているのではないかと推測されます。

OJT率の高さと組織資本・人的資本スコアと負の相関に関するもう一つの解釈は、OJTは労働力を固定化させ、企業内で古くから引き継がれている知識を定着させる手法だという点にあります。本調査では組織や人事面の変革を行うほどスコアが高くなりますので、労働力を固定化する方向でのOJTは、柔軟な人事制度とは負の関係になる可能性があります。

効果は、改革から2年経過してから

――企業ごとのスコアと企業のパフォーマンスの関係も分析されていますね。どのような結果が得られましたか。

大きく分けて2種類の推計を試みました。ひとつは、企業の産出量を、労働投入と資本投入、企業規模で説明する一般的な生産関数に、各企業のスコアを加えたものです。もうひとつは、企業の労働生産性やTFPを、各企業のスコアと企業規模で説明するという推計です。さらに、両方の推計式で、改革してからの経過年数という情報を取り込むためにダミー変数を加えました。

この結果、各企業の平均スコアと企業のパフォーマンス(産出量や労働生産性、TFP)の間には有意な関係を見出すことができませんでしたが、組織改革後2年を経過した企業で組織の透明度を高め、人事制度を柔軟にした場合について、パフォーマンスを高める効果があることがわかりました。

――分析結果から得られるインプリケーションは何でしょうか。

昨年来の世界的な好況の後の急激な景気後退に代表されるように、企業は非常に変化の激しい世界を生き抜くことが求められています。長年にわたって企業内で蓄積されてきた知識が、ある日突然、無価値になるリスクすらあります。

本研究において、IT導入に加えて、組織改革を通して人事や組織の柔軟性を高めることが企業のパフォーマンスを高めるという結果の一方で、OJTと人事制度の柔軟性が代替的という意外な結果が出たことは、日本企業がこうした変革の大きい経済環境の下で、パフォーマンスを向上させるために試行錯誤をしているという姿を浮き彫りにしています。

このように考えると、今後の企業内の人材育成において、OJTだけに依存するだけでなく、研修などのOff-JTをどのように活用するかがポイントになるでしょう。もちろん、企業はそのような余裕はないというでしょうし、研修で新しいスキルを身につけると会社を辞めてしまうリスクを懸念しているかもしれません。ただ優秀な人材を引き留め続けるためにも、柔軟な組織・人事制度が重要であり、それが結果的に企業のパフォーマンスを高めるのです。そのためには、例えば、企業側が中小企業向けの人的投資促進税制のようなものを活用していく事も重要ではないでしょうか。

また、今般の世界的金融危機の中で、国際的な財政協調ということが言われていますが、職業訓練や人材育成など、長期的に生産性の向上に資するような財政の使い方も考える必要があります。

今後は全国ベースの分析へ

――今後の研究の課題は何でしょうか。

今回の調査では、インタビューと同時に、人事部に対して女性や非正規社員の雇用比率や定着率、中途採用の割合や教育訓練費などに関する定量的なアンケートも実施しています。東京地区に限定した今回の分析では、回答企業数が少なく、利用することはできませんでしたが、全国レベルの結果を加えた分析を行えば、こうした追加的な情報も含め、人的資源管理についてもう少し深く分析ができると思います。

さらに、企業の属性についても、今回の分析では労働投入量、資本投入量という生産要素の情報だけを利用しましたが、全国ベースではIT化の進展度合いや情報部門の管理状況などの回答結果も利用できます。

こうした豊富なデータを利用して、IT投資が企業の生産性を高めるうえで、どのような組織・人事改革が必要なのかについて、より多くの知見を得られるようにしたいと考えています。

解説者紹介

東京大学経済学部卒業。1978年4月日本開発銀行入行、1987年6月ハーバード大学国際問題研究所客員研究員、1988年6月エール大学経済成長センター客員研究員、1995年-96年一橋大学経済研究所助教授、1999年4月学習院大学経済学部教授。2006年経済学博士取得(一橋大学)、同年7月Centre for Economic Performance, London School of Economics 客員研究員。主な著作は、「グラフィックマクロ経済学」新世社(2002)、「長期停滞の経済学 グローバル化と産業構造の変容」東京大学出版会(2005)、「日本経済の生産性革新」日本経済新聞社(2005)等。