Research Digest (DPワンポイント解説)

日本のODAによる技術援助プログラムの定量的評価―インドネシア鋳造産業における企業レベルデータ分析―

解説者 戸堂 康之 (ファカルティフェロー)
発行日/NO. Research Digest No.0032
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開発経済学の分野では、様々なミクロデータを使って経済援助の効果を定量的に評価するという取り組みが始まっている。こうした研究の蓄積は、政府開発援助(ODA)に多額の予算を使っている日本のような援助国にとって政策評価の重要な基礎的知見となる。

本DPにおいて戸堂RIETIファカルティフェローは、日本政府によるインドネシア鋳造産業に対する技術援助プログラムの効果について、この分野で初めて企業レベルのミクロデータを使用して定量的な推計を行った。その結果、技術援助が技術水準を表す「不良品率」を引き下げる効果を持つことが確認された一方で、日本の援助終了後にインドネシアの協力機関によって行われた技術援助の効果は見いだされなかった。技術援助の効果がよりすそ野の広がりを持ち、長期的に持続するような枠組みづくりが必要になっている。

前例のない企業データによる技術援助分析

――分析の動機からお聞かせください。

途上国の経済成長や貧困削減などを目的に、多くの国際機関や先進諸国が多額の予算を開発援助に投じています。近年、そのような援助の効果に関して、国レベルのマクロデータを用いた計量経済学的分析による研究が活発に行われてきました。しかし、援助が経済成長に与えるマクロ的な効果については必ずしもはっきりしないのが現状です。これに対して、最近では家計や企業などのミクロデータを使った貧困削減プロジェクトの効果分析に注目が集まっています。マクロデータでは検証が困難な分析、例えばどのようなプロジェクトが特に効果的かといった、きめ細かい分析ができるからです。

ところが、援助プロジェクトの効果の分析は必ずしも簡単ではありません。例えば、援助プロジェクトに対する主観的な満足度を聞くことはプロジェクトの事後評価としてよくやられますが、それでは援助の定量的な効果を測ることはできません。また、援助プロジェクトの参加者のみに対してプロジェクト前後の所得や健康状態の変化などを調査し、それによって援助の効果を判断することがありますが、このような手法でも援助の効果を正確に測ることはできません。なぜなら、例えば被援助国の経済が全体として成長している場合、援助プログラムの参加者だけを対象にした評価では、経済全体の成長の効果を援助の成果と取り違えてしまう可能性があるからです。したがって、援助効果の測定は、援助の参加者グループと非参加者グループを比較しなければ正確には行えません。しかも、後で詳しく述べるように、比較の対象となる非参加者は、医学の世界で薬の効果を測定するときのように、潜在的には参加者と同じような特徴を持っていなければならないのです。

こうした流れを受け、本研究でもミクロレベルの企業データを用い、援助の中でも特に技術援助を取り上げました。私の知る限り、企業レベルデータを使って技術援助プログラムの効果を計量経済学的に推計した研究は他にはありません。このように学問的に新しい分野であることに加え、何よりこうした研究がより正確な政策評価につながるという観点から研究に取り組みました。

――今回、インドネシアの鋳造産業を取り上げた理由は何ですか。

日本企業は、アジア各国・地域に進出して自動車や電気・電子機械を現地生産していますが、進出企業はコストを抑えるために生産に必要な部品を日本から輸入するのではなく、できるだけ現地調達する必要があるため、現地の地場企業の技術力の向上を望んでいます。そのような事情を背景として、日本政府はこれまでにアジアの部品産業、裾野産業に対してさまざまな技術援助プログラムを行ってきました。インドネシアの鋳造産業はその一例で、これまで日本政府によって様々な技術援助プロジェクトが行われており、現地企業への援助の効果を測るうえで興味深いケースといえます。

技術援助プログラムの主要なものは、国際協力機構(JICA)による『鋳造技術分野裾野産業育成計画』、通称SIDCASTプロジェクトと呼ばれるものです。JICAはインドネシア産業省の下部組織である金属機械工業研究所(MIDC)を協力機関として、約3億円相当の機材を供与し、滞在期間が2年から4年の長期専門家を8名、6ヶ月以下の短期専門家を61名派遣しました。技術援助プログラムは、JICA・MIDC技術者が各企業を訪問する巡回技術指導、平均期間約20日の中期の研修コース、1日研修セミナーの3種類に分かれます。また、SIDCASTプロジェクト終了後もMIDC単独での技術指導が可能になるよう、MIDC技術者に対する技術支援も行われました。

この他にもインドネシアの鋳造産業に対して行われた日本の技術支援には、経済産業省所管の海外技術者研修協会(AOTS)が技術者・管理者を日本に招聘して行う技術研修や、海外貿易開発協会(JODC)による専門家派遣事業、JICAのシニア海外ボランティア制度などがあります。JODCの支援事業では毎年200人以上の日本人技術者が途上国に派遣され、インドネシアが全体の25%を占めています。シニアボランティア制度では毎年400人以上の、主として定年後の専門家が途上国に派遣されており、インドネシアはこのうち約6%を占めます。

――調査の対象となったのはどのような企業ですか。

企業データを入手するのは容易なことではありませんが、今回はMIDCの協力を得て、インドネシア鋳造産業における200企業に対して独自の企業調査を行うことができました。これらの200企業は、非常に小規模の家族経営の企業を除けば鋳造産業の企業をほぼ網羅しています。表1にあるように、これらの企業は4地域に集積し、主に自動車産業や電機産業の部品を製造しています。製品はレバーや滑車などの単純なものから、クランク・シャフトやシリンダー・ヘッドなどの高度な技術を要するものまで含まれます。

200企業のうち150企業が回答し、回答率は75%でしたが、この回答率はこの種の調査としてはかなり高い水準です。収集データには、2000-2005年の6年間にわたる生産量、投入量、既存のセンサスデータなどでは取れない技術指標としての「不良品率」、技術援助プログラムに参加したか否かに関する情報が含まれています。最終的に分析可能な延べ企業数は285になりました。このうち延べ93の企業が日本の開発援助による技術援助プログラム、すなわちSIDCASTの巡回指導、研修コース、1日セミナー、AOTSの研修プログラム、JODCの専門家、およびJICAのシニアボランティアによる技術指導のうち1つ以上に参加しています。

表1:分析対象企業の地域別および援助プログラムへの参加・不参加件別件数

――分析の方法について教えてください。

日本の技術援助プログラムに参加したことが企業の技術力を高める役割を果たしたかどうかを検証するため、技術援助プログラムが不良品率の変化に与えた効果を推計しました。プログラムに参加した企業の不良品率が下がれば、技術力の向上にプラスの影響があったと判断するわけです。ただし、すでに述べたようにプログラムの効果を測定するのは簡単ではありません。例えば、技術援助プログラムに参加できる企業は、潜在的に技術力の高い企業だけである可能性があります。そのような場合、参加企業と不参加企業の技術レベルの成長の差は潜在的な技術力の差をも反映しており、プログラムへの参加の効果だけを示すものではありません(図1、青線と赤線の比較)。したがって、参加企業と潜在的には同じような特徴をもった非参加企業との技術レベルを比較する必要があります。

図1:プログラムの効果分析

本来こうした問題は、無作為にプロジェクトの参加者・非参加者を選んでプロジェクトを行う無作為実験であれば生じません。しかし、今回の研究は、プロジェクト終了後にデータを収集ししため、無作為実験を行うことはできませんでした。また、多くの場合、企業に対して無作為に技術援助プロジェクトの参加・非参加を選ぶのは、倫理的・政治的理由から非常に難しいのが現状です。

そこで、本研究ではこうした無作為実験によらないデータを使った効果分析における計量経済学の対処法として、近年応用例が増えている「プロペンシティ・スコア・マッチング(PSM)」という手法を使いました。これは、技術支援プログラムの各々の参加企業を、企業の規模や従業員の教育レベルといった点でその参加企業と同様の特徴を持ちながら、たまたまプログラムに参加しなかった企業をみつけて比べてみる方法です。具体的には、プログラム前の特徴を基に、各企業のプログラムへの参加確率を推計し、各参加企業と同様の参加確率を持つ非参加企業をマッチさせて、参加企業と同様の性質を持つ非参加企業のグループを作ります。その上で、その非参加企業グループと参加企業グループのプログラム実施前後の技術レベルの変化の差を比較します(図1、青線と紫線の比較)。これによって、あたかも無作為実験によってプログラムの参加企業と非参加企業を比べたようなことができるため、信頼度の高い技術援助の効果測定が可能になります。もともと労働経済学でよくつかわれてきた手法ですが、最近では世銀が農村道路の効果測定に使うなど、貧困削減プログラムの効果測定にも使われています。

不良品率の低下、「6年分」に相当

――推計の結果はどのようになりましたか。

推計結果をまとめたのが図2です。日本の技術援助プログラムに参加した企業は、プログラムに参加することで1年目には不良品率が平均して15%程度低下し(図2、上の棒グラフ)、翌年は16%程度低下しています。サンプル全体では1年間の不良品率の低下率は平均的に2.5%程度ですので(図2、下の棒グラフ)、何らかの日本の技術援助プログラムに参加することによって、平均的には6年分の技術レベルの向上が見られたということになります。なお、企業をマッチせずに参加企業と非参加企業の技術レベルの変化率を比較した場合、両者には統計的に有意な差がありませんでした。つまり、同じデータを使った分析でも、適切な計量経済学の方法を使わないと誤った結果が得られ、誤ったプロジェクト評価につながる危険があります。

図2:不良品の減少率(一年当たりの平均値)

このほかに、研修プログラムに参加した企業の技術の向上がその後周辺の非参加企業に波及しているかどうかというスピルオーバー効果と、インドネシア側の協力機関であるMIDCがSIDCASTプロジェクト終了後に独自に行っている技術援助プログラムの効果についても同様の方法で検証しました。しかし残念ながら、スピルオーバー効果も、MIDCによる技術支援プログラムの効果も認められませんでした。後者の結果は、JICAのSIDCASTプロジェクトの目的の一つである、MIDC技術者への技術移転が円滑に進まなかった可能性を示唆しています。

ミクロデータを収集して定量的なプロジェクト評価を

――分析結果を踏まえた技術援助政策の課題について、お考えをお聞かせください。

日本の技術援助に一定の効果が認められたことは評価されるべきです。ただし、非参加企業に対する技術の波及効果は見られませんでしたし、現地のカウンターパート機関への技術移転も不十分でした。こうしたことから、技術援助の効果がよりすそ野の広がりを持ち、長期的に持続するような枠組みづくりが必要になっているといえます。

さらにこの研究が示唆しているのは、企業レベルや個人レベルのミクロデータを収集して開発援助プロジェクトを評価することの重要性です。援助プロジェクトの効果を定量的に評価することは困難であると考えられがちですが、ミクロデータに適切な分析手法を適用することで、援助プログラム評価が可能になるということが本研究で示されています。この点を踏まえ、開発援助プロジェクトを実施するにあたっては、その効果を定量的に評価するために必要なミクロデータを長期間継続して収集していくような体制を整えていくべきでしょう。

――今後の研究課題は。

本研究にはまだ不十分な点もあります。例えば、多様な技術援助プログラムを区別せずに、それらの効果を分析した点です。プログラムごとに効果を推計しようとすると、観測数が少なくなりすぎてしまうこと、また多くの企業は同じ年に複数のプログラムに参加していたことから、個別プログラムの効果を取り出して測定することがかなり困難であることが原因でした。今後は、この問題を乗り越えて、援助のタイプ別に決めの細かい効果分析にも取り組んでいきたいと考えていますが、そのためにもやはり大規模なミクロデータの収集が必要となってきます。また、分析対象国や産業を広げていくという研究の面的な拡大も課題になります。現在、タイの金型産業でも同様の研究を進めているところです。

今後も技術援助の研究に継続して取り組んでいくつもりですが、現在、技術の中でも特に環境技術の分野に興味があります。途上国のエネルギー効率の向上は、地球温暖化への関心の広がりとともに世界的な課題として位置づけられるようになっており、どのような技術支援がより効果的なのかが問われているからです。

解説者紹介

東京大学教養学部卒業、スタンフォード大学Ph.D.(経済学)。東京都立大学助教授、青山学院大学助教授等を経て、2007年より現職。専門分野は開発経済学・国際経済学・応用ミクロ計量経済学、特に直接投資や開発援助を通じた途上国への技術伝播の分析。主な著書・論文は、『技術伝播と経済成長―グローバル化時代の途上国経済分析―』(勁草書房)、Knowledge Spillovers from Foreign Direct Investment and the Role of R&D Activities: Evidence from Indonesia"Economic Development and Cultural Change vol.55 No1(共著)等多数。