Research Digest (DPワンポイント解説)

投資協定における「公平かつ衡平な待遇」

解説者 小寺 彰 (ファカルティフェロー)
発行日/NO. Research Digest No.0029
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投資協定(BIT; Bilateral Investment Treaty)や経済連携協定(EPA; Economic Partnership Agreement) は企業にとってどのように役立つのか。

投資協定やEPA中の「投資章」は投資家と受入国の紛争解決の手段として国際仲裁の仕組みを設けているが、1990年代からこの仲裁の利用が急増し世界的に注目を集めた。

小寺RIETIファカルティフェローらのグループは、こうした仲裁判断を分析することにより投資協定やEPA中の「投資章」が実際にもつ意味を明らかにすると同時に、政府の協定交渉や企業が仲裁制度を投資保護に活用する際の留意点を示した。

「投資保護」で出遅れた日本

――投資保護を研究テーマに選んだ背景にはどのような情勢があったのでしょうか。

まず第1に、投資協定(IIA; International Investment Agreement)が世界で初めて結ばれたのは1950年代ですが、90年代後半から、その中におかれている「仲裁(=臨時に裁判所を作って、その判断に当事者の国と企業が従う)」を実際の投資保護のために使う事例が増えてきました。わが国でも1978年以降、二国間投資協定(BIT)や経済連携協定(EPA)の「投資章」も含めていくつもの相手国と締結してきましたが、日本国内ではこうした投資ルールの整備を目指した動きが「投資の自由化」に重点を置いて考えられてきたため、投資保護とは結び付いていない状況が2002~3年頃にありました。また、投資協定仲裁はいわば裁判なので、私たち法律家の世界の話です。欧米では研究が盛んになっていますが、日本の学界の対応は遅れており、政府が一生懸命EPAを結んで投資章をその中にいれているのに、その意味が国内で理解されていません。

図1:世界の投資協定の数の推移

第2に、仲裁制度はオールマイティーなものではありませんが、欧米企業がこの制度を活用している中、日本企業がそれを正しく理解しないと企業の海外事業コストが上がってしまいます。

第3に、こうした状況を改めないと、学界としても十分社会に貢献できないという問題意識がありました。これが、今回投資協定仲裁を中心とする投資保護のあり方に関する研究会をつくった背景です。研究会にはこの問題に関心が高い若手研究者や弁護士、経済産業省、外務省などの人にも入ってもらい、現実に進行しているEPA交渉などでの問題点をフィードバックしてもらいながら、他方で議論のバックグラウンドを政策当局にも理解してもらうということを試みてきました。

――日本がEPAに投資章を盛り込みながら、投資保護について理解が進まなかったのはどうしてでしょうか。

1998年に日本が推進役だった多国間投資協定(MAI; Multilateral Agreement on Investment)が投資の自由化を狙ったために失敗して以降、日本政府はEPAによって投資自由化を実現していこうという政策を採りました。経済界も途上国への投資の際には、投資自由化がはかられる事が望ましいと考えましたが、EPAの交渉の過程でこれがそう簡単にはいかないということがわかりました。他方、投資保護は1950年代の投資協定以来のものですからEPA投資章に入っているのは当然とみなされ、その結果「自由化」の影に隠れてその重要性が見過ごされていました。

――研究における重要項目は何でしょうか。

まずは投資協定において受入国に課される義務は現実にはどのようなものか、もう一つは仲裁手続きにはどういう問題があるのかです。これらについて積み上がった仲裁判断(判例)などをもとに現状を洗い出し、協定の内容を明確化していくというアプローチを取っています。これを活かして、最終的には日本政府が現在進めている投資協定やEPA交渉のポジションに対する提言の形にしています。

――仲裁制度というのは、日本ではあまりなじみがありませんが。

似たような例として、スポーツ選手の代表資格やドーピング問題などを処理するスポーツ仲裁裁判所(CAS)を思い浮かべてもらうといいかもしれません。投資案件を巡って紛争が発生した場合、当該国政府と企業が二国間投資保護協定などに明記された条項に従って、裁判官に相当する法律専門家3名または1名を仲裁人に指名します。その際には、世界銀行の投資紛争解決国際センター(ICSID)や、国連国際商取引法委員会(UNCITRAL)などの仲裁ルールを適用します。

図2:仲裁機関への案件付託の動向

ICSIDには仲裁処理の事務局機能がありますが、当事者同士が話し合って事務局を設置する場合もあります。仲裁判断に不服がある場合、ICSIDの場合は内部の委員会に、またその他の仲裁の場合は、事前に当事者が決めた仲裁地(国)の裁判所に訴え出ることができます。

通常、商事仲裁専門の弁護士や国際法学者が国、企業双方の弁護に立ちますが、仲裁で名を上げた弁護士や学者がやがて仲裁人に指名される場合もあります。国が依頼人になるため、欧州の弁護士や学者にとって投資協定仲裁の仲裁人に指名されるのは一種のステータスになっています。

1990年代以降、仲裁によって投資紛争に関するさまざまな法的判断が示され、それが判例となって積み上がることで、欧米では仲裁制度を中心とした投資保護の研究が盛んになっています。

――最近ではどのような紛争が仲裁の対象となっているのでしょうか。

2007年に仲裁判断が出たケースでは、フィリピンの空港建設に投資したドイツの空港運営会社「フラポート」が工事代金を受け取れなかったケースや、カナダで事業を展開していた外資系宅配会社が国を訴えた例があります。

最近では、フランスや米国の著名な弁護士が頻繁に来日し、日本の企業向けに投資協定仲裁に関するセミナーを開きアドバイスを行うなど、活発なセールスを展開しています。また、かつての日本の金融機関の破たん処理などで損失を受けた外国人投資家も多いはずですので、将来的には日本政府が投資家から訴えられ、日本の政策が俎上に乗せられる可能性もあります。

公正待遇義務に集まる注目

――仲裁で、投資家に対する「公正・衡平な待遇義務」が重視されてきたのはなぜですか。

投資を巡る紛争には「収用」や「内国民待遇」などと並んで「公正・衡平な待遇義務違反」に関するケースが多いのですが、この「公正待遇義務」を巡っては長年、内容や定義があいまいなまま放置されていました。そうした中、2000年代初め頃の北米自由貿易協定(NAFTA)域内では、投資受入国に対し「国際慣習法における最低基準」を上回る待遇義務を認める判断が相次ぎました。しかし、これに対し米国内などで批判が高まり、2001年8月にはNAFTA自由貿易委員会が、「公正かつ衡平な待遇および十分な保護および保障は、外国人の待遇の国際慣習法上の最低基準によって要求される待遇に付加またはそれを超える待遇を要求してはいない」などとする覚書を発表しました。以後はNAFTAについては、この見解が定着しています。

メキシコでごみ収集を手がけていた米国系企業が提起した事件の仲裁では、公正待遇義務違反について「国家の行為が恣意的、大幅に不公正、不正義または特異・差別的なものであり、適正な手続きが欠如する場合」などと判断しました。その後の仲裁でも国の公益を実現するための措置は公正待遇義務違反とされず、企業に対する具体的な措置に恣意的、不透明または差別的色彩があった場合に義務違反と認定するという流れが明確になっています。これは穏当だと言えるでしょう。

――日本の企業が、投資保護のツールとして仲裁を活用してこなかったのはなぜですか。

多くの日本企業は仲裁制度そのものをよく知りません。もちろん途上国政府の不合理な扱い等、紛争の種はたくさんあるのですが、日本企業は昔から現地当局と「うまく話し合って解決する」というアプローチをしてきています。ほとんどの場合は、それがコストのかからない良い解決法ですが、いつもうまくいくとは限らず、投下資本を捨てて撤退する話もよく聞きましたが、その中には投資協定仲裁を利用すれば資金を回収できた場合も見受けられました。要は仲裁制度がどうした場合に有効かきちんと認識した上で、規定そのものの要否や制度の活用可否を判断できるようになることが望ましいのです。

――日本企業が仲裁制度を活用する上での留意点は。

仲裁制度の利用が有効なのは、① 国内法廷では公正な判断が期待しにくい発展途上国での案件、② 事業が破綻した案件、③ 今後その企業が当該国で事業を行わない場合、つまり、破綻した途上国向けのインフラ整備や資源開発などの案件での利用が想定されます。

米国の弁護士などによると、過去の日本企業がらみの紛争事例では仲裁に持ち込んだほうがよかったケースも多いという指摘があります。もちろん、仲裁まで持ち込まなくても、紛争を収拾するための交渉で相手国政府に対するレバレッジとして使うこともできます。

先進国で起きた紛争の場合は、訴えても相手国に「報復」される可能性が少ないので、事業が破綻する前に仲裁廷に訴えるケースもありますし、先進国では国内裁判制度が整っているのであえて国際仲裁にかけなくてもいい、という場合もあり得ます。

――投資保護協定を一種の「保険」やリスクヘッジとして位置づける見方もあるようですが。

そういう形で使う場合には、どこから投資をするのかを考えなければなりません。投資予定の国と日本との間で投資協定が結ばれていない場合、協定を結んでいる国に現地子会社を設立し、そこを通じて投資すればその国の協定によってカバーされます。オランダ、スウェーデンといった欧州各国は、たとえペーパーカンパニーであっても自国に誘致したいので、そのために投資協定を積極的に結んでいるという側面もあるのです。

また、日本では投資協定と投資保険を結び付けて考えている企業は少ないですが、投資協定により保険が不要になる可能性があります。たとえば国際石油資本(メジャー)の油田開発には保険がかけられていませんが、これも協定と関係があるのではないかと考えています。

投資協定、「お土産」から「戦略」へ

――投資協定締結に対する途上国側の姿勢は変化しているのでしょうか。

もちろん、投資を誘致しようとする国は、投資家・企業にインセンティブを与えるため、積極的に協定を結ぼうとします。逆にベネズエラのように、「企業を優遇しなくても投資が来る」という姿勢から協定締結に否定的になっている国もあります。また、それとは別に、投資協定を結ぶことにより先進国(特に米国)からの圧力を回避できると考える国もありますし、自国の経済運営を適切にしていく働きがあるという側面もあります。かつてのように首脳外交の「お土産」として投資協定を結んでいた時代とは状況が違ってきています。

途上国による投資保護協定締結のアシストをしているのが国連貿易開発会議(UNCTAD)です。UNCTADでは投資の自由化については「途上国の手を縛る」という観点から消極的ですが、投資保護に関してはその得失さえわかれば締結しても良いのではないかとの論調です。従って、われわれは協定のメリット、デメリットを途上国がきっちりと理解できるように手助けするべきです。

――今後の研究の方向性は。

今回のプロジェクトで全体像が把握できたので、次は細かい点で重要そうな問題を研究していくつもりです。注目しているのは租税で、今までは租税の問題は租税協定、投資の問題は投資協定と事項ごとに仕分けて考えてきましたが、本当はそうした仕分けは無理なのです。たとえば、重税を課したことが収用に当たるかというような問題です。投資は外国で事業活動をする企業の法的地位を保証することなので、実は様々な局面に関係してきます。それに、租税条約をはじめ色々な条約がからみえますが一本化は無理なので、それらを整理してインターフェースをうまくする、もしくは新たなストラクチャー構築に発展させていこうかと考えています。

また、環境保護とのからみについて、すでにNAFTA域内でも見られたように、環境規制の強化によって事業が継続不能に陥るケースもありますし、当該国の政策はもちろん、環境保護団体などの非政府組織(NGO)とも衝突する場合もあります。この一方で、環境に負荷を与える企業や贈収賄などに関与した企業の投資には保護を与えないという規定を、意図的に使って環境保護や企業の腐敗防止に役立てることもできるでしょう。

――日本政府の投資保護に対する取り組みをどのように評価しますか。また、今後の政策立案に対する提言は。

日本政府も、公正待遇などの意義についてきっちりと認識するようになりました。投資保護に関する政府の取り組みは、今の形でよいと思います。日本政府はつい最近まで、まず投資協定を結んで、それからEPAの交渉を始めるというやり方でしたが、最近は将来的にEPAを結ぶ気が無い国とも投資保護を目的として投資協定を結ぶとの複線化の対応になってきており、今年の経済財政諮問会議の「骨太の方針2008」にもその方針が載っています。国際的な相場観では、EPAの中に自由化を入れることは有り得ますが、単独の投資協定に自由化を入れることはほとんどありません。貿易自由化と投資自由化はある意味交渉材料になるので、東南アジアのように貿易だけでなく二国間の協力体制なども強固・密接な関係にある国とはEPA締結を、アフリカなどインフラ投資や資源開発などのビジネスが期待できる国とは投資協定の締結を目指せば良いと思います。こうした「複線化」型のアプローチについては、政府内部でも大方の同意を得ており、徐々に実現しています。

解説者紹介

東京大学法学部卒業。東京都立大学教授、東京大学助教授等を経て、1995年より現職。96年から99年まで世界貿易機関補助金相殺措置専門家部会委員、1997年より産業構造審議会臨時委員、2001年よりRIETIファカルティフェロー、2005年より関税・外国為替等審議会委員。主な著作に、『パラダイム国際法』有斐閣(2004)、『転換期のWTO‐非貿易的関心事項の分析』東洋経済新報社(編著)(2003)、『WTO体制の法構造』東大出版会(2000)等多数。