Research Digest (DPワンポイント解説)

地方自治体のインフラ資産活用に対する行財政制度のあり方に関する実証分析

解説者 赤井 伸郎 (ファカルティフェロー)
発行日/NO. Research Digest No.0023
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グローバル化、地方分権といった潮流から、地方が自己責任で効率的に行財政運営できる制度が必要になってきた。

その試金石となるのが、空港に代表されるインフラ資産の活用である。

赤井伸郎RIETIファカルティフェローらは、空港整備特別会計の実態と効率性、県営名古屋空港の運営の変化、地方空港のチャーター便誘致とガバナンス構造との関連、地方空港のターミナルビル会社の経営効率とガバナンス構造との関係を分析し、RIETI DP『地方自治体のインフラ資産活用に対する行財政制度のあり方に関する実証分析-地方空港ガバナンス(整備・運営)制度に関する考察-』にまとめた。

空港整備の時代が終わろうとしている今、空港運営の効率化が重要になっており、適切な空港ガバナンスとして地域のインセンティブを高める制度設計が急務と指摘する。

――どのような問題意識から地方空港のガバナンス研究に取り組んだのですか。

第1の要素はグローバル化です。東京だけでなく地方も海外からの旅行客受け入れや海外との取引が不可欠になり、玄関口である空港の役割が一段と重要になってきました。第2の要素は地方分権です。近年、道州制が議論されるなど国から地方への権限移譲が進もうとしています。これにより地方が自己責任で効率的に行財政運営できる制度の構築が必要になり、空港、港湾、道路といったインフラ資産の運営のあり方が注目されています。こうした分野ではまだ国家中心の政策が多いのですが、地域活性化に結びつく柔軟な制度整備が必要です。

この他財政の逼迫や地域間格差の拡大も、インフラ資産の効率的な活用を迫っています。こうした問題意識から地方空港のガバナンス研究に取り組んだわけです。これまで地方空港については航空経済学、交通経済学による分析や空港会計制度の研究が行われてきましたが、インセンティブを考慮した空港のガバナンス構造の分析は全くありませんでした。誰がどのように資金を提供し、運営するのが最も効率的なのか、また、そのためには、どのような制度が必要なのか、それを明らかにするのが本研究の目的です。

空港ガバナンスの構築はまず情報開示から

――空港をはじめとする公共施設には、どのようなガバナンスが求められるのでしょう。

ガバナンスは一般に「統治」と訳されます。民主主義社会では、ある権限を持った主体が、目的達成に向けて権限を持たない主体の行動をコントロールすることを意味します。空港は企業資産とは異なり、公共性の高いインフラ資産です。こうしたインフラ資産のガバナンスとは、資金(税金および使用料)を提供する住民(国民)が経営主体をコントロールすることを意味します。この時、経営主体が住民の目的を効率的に達成してくれないモラルハザードが生じることがあります。

行政組織においてこのようなエージェンシー問題を取り除くガバナンス・システムとはどのようなものでしょうか。基本的にはエージェンシー問題を引き起こす要因、つまり① 限定合理性② 情報の非対称性――を取り除ける制度が必要であり、そのためには明確性(不確実性の可能な限りの排除)と透明性(情報の非対称性の可能な限りの排除)の確保が欠かせません。具体的にはあいまいな制度を排除して明確性を実現するととともに、行財政運営チェックシステムを整備して情報の非対称性を排除することが求められます。加えて住民・国民が意識を持ってこのシステムを構築すること、つまり住民・国民のガバナンスに対する意識改革とその持続が不可欠です。空港のガバナンスとしては、資金を提供する住民が、空港の経営主体のインセンティブを考慮した適切な制度を構築することによりエージェンシー問題を排除し、空港の効率的な経営・活用を促すことが求められます。

――現行の空港制度はガバナンスの観点からどのように評価されるでしょうか。

現行制度では、空港は国が管理するものと地方自治体が管理するものに分かれています。しかし、その基準は歴史的な経緯によるケースが多く、その区分もあいまいです。国はネットワーク形成という観点から空港を国の管理下に置くべきとしていますが、実際のところ、地方管理の空港も多く、その主張は説得力を欠きます。また空港本体とターミナルビル、駐車場といった付帯施設の管理主体がばらばらなのも非合理的です。多くの地方自治体は地元空港の活用政策を描くことができない状況ですし、そもそも活用政策を描こうというインセンティブさえ持てない制度になっています。さらに、国が管理する空港については、個々の空港が財務的に自己責任のない状態で運営されています。地方自治体が空港を管理している場合も空港独自の会計指標がなく、どのように運営されているのか住民らに十分説明されていません。アカウンタビリティーが欠如しているといわざるを得ません。

――本研究では、まず空港整備特別会計を分析しました。

わが国の空港整備事業には空港整備特別会計(空港特会)が大きく関わってきました。空港特会は2007年度時点で28ある国の特別会計の1つです。空港特会が設置されてから既に30年以上が経過し、100カ所程度の国内空港が整備されました。今後、地方空港が新設される可能性は小さく、空港特会が担ってきた目的は達成されたといえるでしょう。では、行財政改革と地方分権の流れの中で、空港特会はどのように変わっていくべきなのでしょうか。

空港特会の財政構造(図表1)を見ると、歳入は一般会計からの受け入れ、空港使用料収入、借入金などです。歳出の大部分は空港整備事業費で、ほかに関西国際空港への出資や空港等維持運営費があります。空港特会の特徴としては、稼ぎ頭の羽田空港などから得られる収入を他の空港の整備と運営に回す内部補助システム(収入プール制)が挙げられます。収益性の低い地方空港の整備を実施してきたことから空港特会の資産に対する収益率(図表2)は2000年度まで低下傾向にありましたが、その後はやや上向いています。これは空港整備事業が収益性の高い都市圏空港を重視するようになったこと、地方空港の整備が一巡し収益性の低いインフラ資産の形成に歯止めがかかったことが原因と考えられます。

図表1 空港整備特別会計をめぐる資金の流れ
図表2 空港整備特別会計の資産に対する収益率の推移

空港特会には大きな問題があります。空港ごとの決算が開示されていないため、どの空港がどれだけの収益を上げているのか、どの空港からどの空港にどれだけ内部補助されているのか把握できないのです。内部補助は結果として地域間の所得再分配システムとして機能しており、必ずしも悪いこととは言えませんが、情報開示が不十分なため是非を判断できないのが実情です。空港財政を国民がチェックできるよう、政府は財政情報の透明性を高めるべきです。

空港特会の問題はこれだけではありません。同会計の対象は滑走路、エプロンといった基本施設だけで、ターミナルビル、駐車場といった付帯施設はカバーしていません。基本施設と付帯施設を一体運営し、それらをカバーした財務報告書を作成しているのは成田空港、関西国際空港、中部国際空港の3つだけです。他の空港も同様のシステムを取り入れていく必要があります。自治体空港に関する当該自治体の空港運営収支も空港特会の財務報告書の対象事項に加えるべきです。そうした財務報告書が完成して初めて、民営化、独立行政法人化、指定管理者制度の導入といった個々の空港の適正なガバナンスの姿が見えてきます。

適切なガバナンスが空港の地域活性化機能、施設の効率的な運営を促進

――具体的なケーススタディとして、県営名古屋空港を取り上げています。

愛知県営名古屋空港(航空法上は「名古屋飛行場」)は、中部国際空港の開港に伴って廃止された旧名古屋空港(国土交通省が設置・管理する第2種空港)の基本施設を受け継ぐ形で県営化されました。基幹路線を中部国際空港に移転するという制約の中で、県は様々な方策を講じて空港の活性化に取り組みました。

その結果、着陸料と空港ビル使用料の減免などによりコミューター航空会社のジェイ・エアの運航基地を誘致することに成功しました。また駐車場の無料化でコミューター旅客の増加を促進し、空港運営費の削減に向けて指定管理者制度を導入しました。旧国際線ビルに商業施設を誘致するなど非航空収入の確保にも努め、空港収支の明確化と情報公開にも取り組みました。これらを行政組織・ガバナンスの観点から評価すれば、県営化の過程でさまざまなアイデアが生まれたといえます。県営名古屋空港の取り組みは、他の地方空港のあり方および活性化方法を検討するうえで、大いに参考になるでしょう。

――チャーター便数の伸び率に着目し、ガバナンスと地域活性化との関係を分析されていますね。

地方空港には外から旅行客を呼び込み、観光などを通して地域所得を増やすという役割もあります。そうした地方空港の地域活性化機能とガバナンスの関係を明らかにしようとしました。地域の活性化努力の代理変数としてチャーター便数の伸び率を使用したのは、地方空港においてチャーター便が自然に増えるということは少なく、地方の努力によって増加する場合がほとんどであると考えられるからです。地方空港では国際チャーター便の誘致が非常に活発で、全体では平成14年度が3018便、15年度が2410便、16年度が4232便、17年度が5121便とおおむね増加傾向にあります。個々の空港について回帰分析したところ、地方自治体が管理する空港の方が地元の努力インセンティブが促進されチャーター便数の伸び率が高くなり、空港の有効活用につながる可能性が示唆されました。

――さらに、空港ビル会社の経営成果に影響を与える要因分析を行い、空港ガバナンスのあり方を考察されていますね。

わが国では株式会社形態の3空港(成田国際空港、中部国際空港、関西国際空港)を除いて、すべての空港ターミナルビルを空港本体とは別のビル会社が経営しています。しかしターミナルビルは機能面から見れば空港本体と不可分であり、それを抜きにして空港のガバナンスは考えられません。そこで羽田空港以外の全空港ビル会社が官民の共同出資による第3セクターであることに着目し、総務省の「第三セクター等の状況に関する調査」を活用して個々の空港ビル会社の収支に影響を与える要因を分析しました。まず各ビル会社の財務状況(図表3)を概観すると、都市部の規模の大きい空港ほど黒字額が大きく、地方都市や離島の空港は赤字という傾向があることがわかりました。

データを詳細に分析したところ、① 民間の出資比率が高いほど経常利益が増える、② 公的部門間の出資集中度が高いほど経常利益が減る、③ 天下り比率が高いほど経常利益が増える、④ 空港ビル会社の所在都道府県の人口(空港利用者の基礎要因)が多いほど経常利益が増える、⑤ 経常収支比率(母体自治体の財政硬直度)が高いほど経常利益が増える――などが明らかになりました。一連の分析結果は、民間資本が多く、公的部門間でも多面的なモニタリングが働くという自立経営を促すようなガバナンス制度が構築されているほど、経営成果が向上することを示しています。

制度の明確化と自己責任の確立により地域主導のガバナンスを

――本研究の政策的なインプリケーションをお聞かせください。

近年、地域間の経済格差が拡大し、地方が自ら活性化に向けて努力することが一段と重要になってきました。このため空港をはじめとするインフラ資産の有効活用が重要になっているわけです。本研究では空港の所有者(国や地方自治体)が個々の空港のガバナンス体制を確立することが、効率的な空港経営のためにも不可欠であることが示されました。さらに地方空港のガバナンスを改善するには、① 滑走路などの基本施設とターミナルビルをはじめとする付帯施設の経営および財務報告書を一体化する、② 自己責任の確立を促す、③ 管理と経営を国から地方自治体に移す、④ 多面的なモニタリングの仕組みを取り入れる――などが重要であると示唆されました。わが国の空港は国の主導で経営されてきましたが、地域が主導してガバナンスする時代に入ってきていると考えられます。地方空港については、あいまいな制度の排除による明確性の実現、情報公開による情報の非対称の排除、監視システムの導入などによる自己責任体質の確立、地域のインセンティブを高める制度の構築などが急がれます。

――本研究を踏まえて今後、どのような研究に取り組みますか。

2008年度から港湾ガバナンスの研究に取り組む予定です。港湾は空港に比べれば地方分権が進んでいますが、都市部では国としての総合的ビジョンとの整合性が問題ですし、地方部では数が多すぎて有効活用がなされていない面があります。既存の港湾をどう運用するかという視点も大切ですが、それより「集中と連携」を考えるべきです。東京港と横浜港、大阪港と神戸港などの、スーパー中枢港湾の指定港は、ただいたずらに近代化を競うのでなく、港湾ごとの特性や後背地の産業構造などを見極めたうえで、それに見合った港湾投資ならびに近代化を実施すべきです。狭い地域に複数の港湾が存在する場合は一体運営すべきでしょう。設備・運営資金の流れに加えて、運営主体のインセンティブを考慮した制度設計としての港湾ガバナンスの分析が重要です。この研究は過去にあまり事例がありませんので、空港ガバナンスの研究と同様に新鮮な内容になると確信しています。

解説者紹介

大阪大学経済学部経済学科卒業。同大学大学院経済学研究科修士課程修了、博士号(経済学)取得。大阪大学経済学部助手、神戸商科大学経済研究所助教授、兵庫県立大学経営学部助教授などを経て、現職。2005年よりRIETIファカルティフェロー。主な著作・論文は、『地方交付税の経済学』(有斐閣、2003) (共著)、"Fiscal Decentralization Contributes to Economic Growth: Evidence from State-level Crosssection Data for the United States" (2002) Journal of Urban Economics (共著)、"Complementarity, Fiscal Decentralization and Economic Growth ― Theory and Evidence from State" (2007) Economics of Governance (共著)、"Interregional Redistribution as a Cure to the Soft Budget Syndrome in Federations" (2008) International Tax and Public Finance (共著) (近刊掲載)。