Research Digest (DPワンポイント解説)

「負債均衡」のモデルで解く大不況のメカニズム

解説者 小林 慶一郎 (上席研究員)
発行日/NO. Research Digest No.0020
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1930年代のアメリカの「大恐慌」も、1990年代の日本の「失われた10年」も、ともに企業部門が資産価格の暴落により大きな負債を抱えたことがきっかけで起きた長期の不況であった。

こうした突然発生する大不況<Great Depression>の分析は世界の経済学界で関心を呼んでいる。

小林上席研究員は今回のディスカッション・ペーパーで、金融面を重視した新しいマクロ経済モデルを構築し、「負債」という大きなショックがあると、経済全体が「悪い」均衡経路に移り、不況が長く続いてしまうこと、そのとき政策的に債務を減らしたり、国民の「期待」を変える政策をとれば「良い」均衡に戻ることを示した。

このモデルは長期不況を経験した日本の経済政策を考える上で大きな示唆を与える。

また、経済のある部門に突然、大きな「負債」を抱えることになった国の経済がどう立ち直るかを考える意味で、いま世界経済を揺るがしているアメリカのサブプライム問題の分析にも有用な視点を提供しそうだ。

――英語で書かれた論文ですが、この問題に関する世界の研究動向との関連を、まずお聞かせください。

米国の大恐慌や日本の1990年代の不況のような、通常の景気変動を超えた大きな景気変動についての理論研究が最近、盛んになっています。もちろん実証研究は数多くありましたが、いわゆる新古典派モデルを使って大きな景気変動を説明しようというのが最近の新しい動きです。1999年にコール(Cole)とオハニアン(Ohanian)が、米国の大恐慌について新古典派モデルで分析をした論文を書いたのがその最初だと思います。その後、2002年に「Review of Economic Dynamics」という論文誌が「大恐慌」の特集号を組みました。その中では欧米の学者だけでなく、たとえばチリの学者が南米の累積債務危機なども同様の現象としてとらえ、新古典派の理論モデルで分析してみようといった動きも出てきました。

一連の研究の結果、何がわかったかというと、大きな景気変動は、だいたい全要素生産性(TFP)の大きな変動によって説明できそうだということです。ところが、「それではTFPがなぜ大きく変化するのか」という理由は「謎」として残されていました。私の今回の論文は、そのようなTFPの大きな変化がなぜ起きるのかも説明できるような構造になっていますので、先行研究にうまくつながると考えています。今までの研究で謎とされていたような問題も、少しは解けるような結果になっているのではないかと思います。

2つの金融制約をマクロ経済モデルに導入

――「金融制約」をモデルに組み込んだのが先行研究との違いですね。どのような問題意識からですか。

私が以前から持っている問題意識として、マクロ経済学の理論モデルの中に、金融セクターの存在が希薄ではないだろうか、ということがありました。そこで、金融制約の問題を明示的に入れたマクロ経済モデルを作ってみたのがこの論文の内容です。

大恐慌や日本の1990年代の長期不況のような大きな景気変動を説明する時、金融要因は現実的には非常に大きかったはずです。それならば、理論の中でも金融の要因が大きな役割を果たすモデルを作ってみようという問題意識があり、それをRIETIでの研究テーマとして、2006、2007年度と取り組んできました。今回の論文はその一環という位置づけです。

――モデルの中身を具体的に説明してください。

このモデルの特徴は、ごくシンプルに言えば、普通の新古典派の経済モデルに、2つだけ金融制約を付け加えたことにあります。

1つは、企業が運転資金を借りる際には資産を持っていなければならない。つまり、「担保制約」がかかる、ということです。もう1つは、企業は他の企業の株式を金融資産として保有しており、その株式を担保に運転資金を調達する構造になっている、ということです。日本では昔から「株の持ち合い」などがあったのでイメージしやすいと思うのですが、要するに持ち合っている株を担保に資金を借りて、生産活動を行うということです。

この時、株価が上がれば、担保制約が緩くなりブーム(好況)が起きて、生産や設備投資がどんどん盛んになります。逆に、株価が下がると担保制約がきつくなるので、生産や投資ができなくなり不況が起きる、というメカニズムになります。

この2つの金融制約をモデルに入れるだけで、いろいろなことを説明できるようになります。まず、こうしたメカニズムを経済の中に入れると、いろいろな経済の均衡経路(パス)があり得るようになる。要するに、株価がどうなっていくのかという期待に応じて、経済が好況になったり不況になったりする、ということですね。これまでの単純な新古典派モデルでは、株価などには関係なく、均衡経路は1つに決まっていたのですが、現実の経済をみればわかるように、マーケットの期待によって大きな変動があるのです。

――表題になっているDebt-Ridden Equilibria(負債均衡)の状態とは?

株価が低い時の均衡の経路は、同時に企業の負債が大きい時の経路でもあります。何らかのショックにより、例えば経済にバブルが発生してそれが崩壊したり、あるいは不良債権問題が起きたり、といったことで企業の債務が増えてしまう場合です。その時、経済全体は、「株価は低く、生産性も低い」という、「悪い均衡経路」に移ってしまう状態にあります。

これがDebt-Ridden Equilibriaです。このモデルから、たとえば1990年代の日本経済に起きたことも、よく説明できると思います。

負債減らす政策とれば経済は早く回復

――論文では、債務のショックが加わったときの経済の動き方や、それに対する政策をとった場合にどう動くかの「実験」も行っていますね。

モデルを使って3つの「実験」を行っています。1つ目は、企業の債務が急激に大きく増えて、その後、何も対応がなされず、債務が大きいまま続いていくだろうという、悲観というか悪い期待があった場合です。

図表1のようにゼロ時点で債務のショックがあると、TFP、生産、株価とも大きく低下し、債務の水準は高い状態が続く。日本の「失われた10年」のような状態は、これで説明できるのではないかと思います。

図表1 予期しない負債のショックが加わったケース

2つ目は、たとえば債務のショックから10期間後、図表2は四半期のモデルですから、2年半後にあたりますが、政府が介入して企業の債務を減らした場合です。いわゆる不良債権処理にあたる政策だと思いますが、こうした企業債務を減らす政策を行うと、生産性も上昇しますし、生産全体の水準も上がり、株価も上がるといったように経済の均衡は少しよくなっていきます。政府がどれだけドラスティックな不良債権処理を行うかによって、経済の回復度合いが変わってくるという実験結果になっています。

図表2 政府による負債削減政策がとられたケース

3つ目が、必ずしも政府が介入しなくても、「企業の負債は減っていくだろう」という、楽観的な期待がもし経済全体に共有されていればどうなるかという場合です。図表3が示すように、この場合、経済の均衡経路が元の良い状態に戻っていくことが示されていると思います。

図表3 負債が初期レベルに低下する期待があるケース

――日本の1990年代の長期不況時、どういう政策をとるべきだったかを考える際にも示唆的な結果ですね。

「失われた10年」の頃の日本経済にあてはめて考えると、企業の負債が非常に高まった状態が1990年代前半に発生し、しかもそれがいつまでたっても処理されないのではないかという期待が生じていたと思います。そういう期待が続くと、株価も低迷した状態が続き、経済の長い低迷が生じることになる。ですから、企業セクターの負債の量を減らすという政策がもう少し早くできていたら、日本の長期不況はもっと早く解決・解消したといえるのではないかと思います。

論文の冒頭に、元米財務長官、ロバート・ルービンの回顧録から、日本の当局者の1990年代の政策についてのコメントを引用しました。「当時の日本政府の態度はトレーダーが含み損の回復を祈るようなものだった......」というくだりですが、確かにルービンの言うように、当時やるべきことをやっておけば、日本経済の回復はもっと早かったのかなと思います。

また、このモデルは「企業の負債→実態経済の悪化」という経路を示すものになっているのですが、1990年代の議論を思い起こすと、「実体経済が悪いから不良債権が多いのだ」という「実態→負債」の議論が支配的だったと思います。実は逆の経路があったのだ、ということを示す意味でも、今回の論文は示唆的だと思います。

日本経済の回復過程について振り返って考えると、1990年代末以降に不良債権処理が進捗したことによって、企業セクターの負債が減っていくだろうという期待ができたのだとすると、このモデル通りに景気が回復していったのだといえると思います。2002年に政府が政策スタンスをかなり積極的な不良債権処理に変えてからは、現在の景気上昇過程が始まりました。この点、たとえば米国の大恐慌時の1933年にとられた「バンクホリデー」(銀行の強制一斉休業)も、金融セクターを含めた企業セクターの負債を思いきって削減する政策にあたり、実際、そのバンクホリデーを境に、景気回復傾向がみられたのです。

日本の90年代と似るサブプライム問題

――目下の世界経済の最大の問題として、サブプライム(信用力の低い個人向け住宅融資)問題があります。経済に突然大きな債務のショックが与えられた、という点でこの研究からも示唆がありそうです。

サブプライムローンは企業部門にではなく、個人部門に生じた問題ではあります。ただし、「個人部門の不良債権が金融部門に大きな負債として残り、金融部門と企業部門を合わせたセクターの負債が非常に大きくなってしまった。しかも、それは返せるあてのない負債である」と解釈すれば、日本の1990年代や、このモデルで描いた経済の動き方と似たような構図になっていると考えられます。

そうだとすると、モデルからいえることは、この負債を何らかの形で削減したり、金融機関を増資してキャピタルを高めたりといった政策をとらない場合、図1のように、「悪い均衡」に経済が進んでしまう。そうすると、資産の価格である住宅価格の低迷が続くのではないか。

私はサブプライムローン問題のカギは住宅価格の今後の動向だと考えますが、「期待」が上向かなければ、どんどん下がっていくことはありえると思います。日本の地価がバブル崩壊後、17年間も下がり続けたのと同じです。日本の地価は1980年代のトレンドラインを延ばすと、バブル経済期の80年代末に飛び抜けて上昇した後、1995年くらいにトレンドラインの水準に戻ったが、そこでは下げ止まらずに、結局、2007年まで一貫して下がり続けました。米国の住宅価格も同様で、トレンドラインを延ばしたところから大きくはねあがった後、トレンドラインに戻るのは2010年とか11年になるのですが、本当にそこで下げ止まるのか。1990年代の日本のように悲観的な期待が続くのだとすると、2012年を過ぎても住宅価格が下がり続けるというシナリオがあり得るのかもしれません。これはまさに、今回のモデルが示したような、「負債が大きくなり、資産価格が下がっていく」という均衡です。

そうならないためにはどうするか。1つは、銀行や企業がどんどん倒産する、個人は自己破産をして、債務が処理されていくという形が考えられます。ただしサブプライムローンの個人債務者が破産しても、結局、銀行の損失が高まっていくので、銀行への資本注入が必要になっていく。金融機関への資本増強や、公的資金の注入などが最終的に必要になる。政府や中央銀行がそうした姿勢を示すことで市場の期待を変えれば、住宅価格も下げ止まるのではないか。その意味で、このモデルや現実が示唆する、日本の1990年代の経験が生かせることになるのではないかと思います。

――最後に、今後の論文の発展方向などについてお聞かせ下さい。

今回の論文では、「担保制約」「金融制約」の要素を入れたのですが、銀行行動や銀行部門の戦略など、行動をもっと明確に扱えるものにしていきたい、というのが1つの方向です。

もう1つは、たとえばサブプライムローン問題にしても、土地や不動産融資に関係していますので、「土地」という要素を本格的に扱えるモデルを作りたい。日本のバブルも、米国のサブプライム問題も、あるいは北欧での90年代の「バブル」もみな、土地・不動産関連の融資が発端になってきました。これをきちんと扱えるようになると、現実のさまざまな金融危機を説明できるようになる。

願わくば、地価の上がり方や株価の上がり方を見ると、破綻が近いのがよくわかるような、将来の予想までできるモデルができるとよいと考えています。

解説者紹介

東京大学大学院修士課程修了(数理工学専攻)、シカゴ大学大学院博士課程修了(経済学)。
通商産業省入省。RIETI研究員を経て2007年より現職。中央大学公共政策研究科客員教授、京都大学経済研究所非常勤講師、国際大学GLOCOM主幹研究員も兼務。主な著作に『日本経済の罠-なぜ日本は長期低迷を抜け出せないのか』(共著)(日本経済新聞社)、『逃避の代償-物価下落と経済危機の解明』(日本経済新聞社)、『経済ニュースの読み方』(朝日新聞社)等がある。