Research Digest (DPワンポイント解説)

日本の卸電力市場における寡占競争:線形相補性アプローチ

解説者 田中 誠 (ファカルティフェロー)
発行日/NO. Research Digest No.0019
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10年ほど前から急激に進み始めた日本の電力自由化。

その効果や今後の制度設計について関心が高まっている。

田中誠RIETIファカルティフェローは、自由化された電力市場の柱のひとつである卸電力市場について、市場が寡占競争下にある場合の日本全国を対象とするシミュレーション分析を行った。

論文において、送電設備の増強や企業分割の効果について計量的な評価を行っている。

特にインプリケーションとして、卸電力市場における市場支配力行使の可能性に注意を払いながら、市場の競争環境を整備していくことが重要であると指摘している。

――今回の論文の背景を教えてください。

日本では規制改革の一環として1990年代から電力自由化が進められています。少し細かく説明しますと、1995年には火力電源の調達に関して入札制度が導入されて、発電分野の競争が始まりました。電力の小売供給については、2000年には大口の特別高圧需要家に対する小売自由化が始まり、2005年にはその範囲がすべての高圧需要家にまで拡大されました。また全国規模の卸電力取引所が開設されたのも同じ2005年です。

このように現実に電力自由化が進展する一方で、日本における自由化の効果を定量的に評価する学術研究の蓄積はまだ不足しています。また自由化に伴い、市場と送電ネットワークに係る制度設計をいかにすべきなのかという問題に関して様々な研究課題が残っています。ですから、制度改革の効果を定量的に評価し、また制度設計上の課題を解決することを目指す研究が重要であると考えています。

――これまでも電力産業の研究をされているようですが、今回の論文の狙いは何ですか。

電力という財は、普通の財とは異なる特徴をいくつかもっています。例えば、安価に貯蔵するのが困難である、瞬時瞬時に需給がバランスしないと大きな停電につながる、送電ネットワークを流れる電力は物理法則に従う、等々の特徴があります。そのため、電力という財の特徴をきちんと考慮しながら適切な制度設計をすることが、電力自由化の成否を左右すると言えます。

これまで、電力需要の特徴を考慮した料金制度の設計や、送電ネットワークの効率的な形成のための方策などに関する研究を行ってきました。今回の研究では卸電力市場の問題を取り上げています。特に自由化された電力市場では、既存の大規模事業者による市場支配力の行使が懸念されています。自由化の進んだ欧米では寡占的電力市場のシミュレーション分析が盛んに行われていますが、日本ではまだ研究の蓄積がありません。今回の研究は、寡占市場という観点から日本の卸電力市場をシミュレーションにより分析・評価することを試みています。

戦略的行動をシミュレーション

――分析の概要を簡単に説明してください。

考察の対象となる全国的な卸電力市場は、既存の電力会社8社の管轄地域が連系線により互いに連結された構成となっています(図表1)。まずベース・ケースとして、各地域の既存の電力会社が戦略的に行動する状況を想定し、送電ネットワークの電力の流れはどうなるのか、送電混雑はどこに発生するのか、また企業・消費者・社会全体の経済的な余剰はどのようになっているのか、といったことを明らかにしています。次に政策オプションとして、送電混雑が生じてボトルネックとなる連系線に関してその送電容量を増やした場合にどうなるのか、また、市場支配力を緩和して競争を活発化させるために企業分割を実施した場合にどうなるのか、ということにも踏み込んで分析を行っています。

図表1 分析対象とする電力会社の供給力と連系線の容量

日本の電力市場を寡占市場の観点から分析した従来の研究では、東部市場のみまたは西部市場のみを分析したものはありましたが、地域間連系線を明示的に考慮した全国的な寡占市場の分析は私の知る限りほとんどないようでして、この点も今回の研究の特徴かと思います。

――論文には「クールノー競争」という言葉が出てきますが。

寡占的な市場においては、各企業が戦略的に行動する状況が起こりえます。各企業は、相手の出方を考えながら、自分はどのように行動したらよいか戦略を練ります。特に、取引の数量を戦略的に決めるような状況をクールノー競争と呼んでいます。電力市場では、少数の大規模事業者が市場を占有していることが多々あります。こうした状況下では、事業者同士が発電量に関する戦略的な駆け引きを行うことが起こりえるので、クールノー競争が当てはまる可能性があります。これとは対照的に、小規模の売り手が多数いるような市場では、戦略的な行動がとりにくくなり、より競争的な状態になります。

――ベース・ケースのシミュレーションについて説明してください。

まず、主に2001年度のデータを用いて、電力会社の供給力や各地域の需要状況などを推計しています。そして、ベース・ケースとして、需要の夏季ピーク1時間の取引に焦点を絞り、各電力会社がクールノー競争を展開すると想定した場合のシミュレーションを行っています。このベース・ケースでは、日本の東西を結ぶ連系線2に西から東に向けて容量一杯に電力が流れ、激しい送電混雑が発生する結果となります。その他の連系線には混雑が発生しません。連系線2がボトルネックとなり東西の市場分断がおこる結果、電力の価格は西では1キロワット時(kWh)あたり12.80円なのに対して東では19.23円と、連系線2をはさんで大きな価格差ができます(図表2)。

図表2 卸電力価格シミュレーション(ベース・ケース)

――完全競争を仮定したシミュレーションとの比較もしていますね。

仮に完全競争が行われていたとすると、値段はだいぶ下がり、東西の価格はともに1kWhあたり7円台に落ち着くという結果が得られます。ちなみに、東西間の連系線2に混雑自体は発生しますが、その程度はきわめて小さく、実際、東西の価格差はほとんど生じません(図表2)

クールノー競争時の価格水準が、完全競争時のそれに比べてかなり高くなっているのがわかります。これは、企業の戦略的行動、市場支配力行使の影響のためです。クールノー競争の場合には、大企業が発電量を戦略的に抑制するので、価格がつり上がる状況になっています。その結果、クールノー競争の場合は完全競争と比べると、日本全体の消費者余剰は夏季ピークの1時間あたり8億8000万円減り(つまり消費者側が損をし)、一方で生産者余剰が7億9300万円増える(つまり電力会社側が得をする)という結果が出ます。その他の要素も考慮して社会全体で見ると、1時間あたり8000万円の損失が発生する計算となります。

送電設備増強の効果

――よく見ると連系線2の容量は1200メガワット(MW)とほかと比べて小さいようです。

ご存知のように日本では電力の周波数が東西で異なります。連系線2を境に東が50ヘルツ(Hz)、西が60ヘルツ(Hz)で分かれており、電力のやりとりには間に周波数を変換する設備、いわば関所のようなものが必要ですが、現状ではこの設備の容量が小さいという問題があります。それでも、自由化以前は、電力供給は地域独占の形をとっており、東西間の連系線を通じて電力のやりとりをするのは、事故時やそのほか必要な時に電力会社間で融通しあうという限定的なものでした。その後電力自由化が進み、全国規模で電力を自由に売り買いすることができるようになり、送電容量のきわめて小さい東西間の連系線がボトルネックとして浮上してきたというわけです。

――それでベース・ケースのあとで「連系線2の増設」というシナリオを分析しているのですね。

そうです。この論文では連系線2の容量を現在の2倍(2400MW)から6倍(7200MW)まで増設した5つのケースを分析しています(図表3では3倍と6倍のケースを示した)。容量の増設は、連系線2の混雑度合を緩和する効果をもち、東西の価格差は縮まっていきます。ただ、容量を6倍まで増設したシナリオにおいても、度合は緩和されるにせよ依然として連系線2の混雑は残っています。

図表3 卸電力価格シミュレーション(連系線2の容量増強)

また、容量増設は、送電ネットワーク全体の電力の流れにも影響を与えることに注意が必要です。実際今回の分析では、連系線2の増設に伴い西から東に流れる電力も増大していくため、連系線2のもう一つ西隣りの連系線3にも混雑が生じ、新たなボトルネックが発生してしまうという結果を得ています。この影響もあり、連系線2の容量を6倍に増やしたとしても、ベース・ケースと比較して、社会的余剰は夏季ピークの1時間あたり1100万円の増加にとどまります。

市場の競争促進が大きな効果

――もう一つのシナリオが「企業分割」ですね。

一般に、企業分割は、寡占的事業者の市場支配力を緩和する効果をもちます。この論文ではあくまでも仮想的な話ですが、いくつかの分割シナリオを検討しています。例えば、シナリオⅡでは最大手のBのみを3分割しているのですが、これだけでも東部地域がより競争的になり、東の価格は1kWhあたり12.79円まで低下します(図表4)。また、Bを6分割した上でA、C、Eをそれぞれ2分割するシナリオV では、東の価格はさらに10.61円まで下がります(図表4)。いずれにしても、大きな市場支配力をもちうる大規模事業者を分割することは、競争促進上大きな効果をもちえます。

図表4 卸電力価格シミュレーション(企業分割)

――企業分割が余剰に与える影響はどうなのでしょうか。

企業分割をしていない状態、つまりベース・ケースの状態と比較して、最大手のBのみを3分割するケース(シナリオII )では、消費者余剰が夏季ピークの1時間あたり2億8600万円増加し、生産者余剰は2億2900万円減少します。その他の要素も考慮して社会全体で見ると、1時間あたり4900万円余剰が増加する計算となります。これは、企業分割による競争促進効果と言えるでしょう。なお、先ほどお話した連系線増強による社会的余剰の増加分よりも、最大手の分割による社会的余剰の増加分の方が大きい結果となっています。

――企業分割は送電混雑に何か影響を与えますか。

この点について、興味深い結果が得られています。東部地域の企業分割を行うと、競争が促進されて東での発電量が増加します。その分、西から東への電力の流れは抑制され、連系線2の送電混雑が緩和される効果が生まれます。実際、最大手のBのみを3分割するケースでは、この効果がうまく働いて、連系線2の送電混雑が完全になくなる結果を得ています。つまり、東部地域の競争促進により、連系線への投資をすることなしに混雑を解消できる可能性が示唆されます。

――しかし企業分割というのはなかなか実現しないのではないでしょうか。

発電所の売却などにより企業分割が行われた事例が欧米では見られます。ただ、国ごとに異なる事情を抱えていると思いますので、他国の事例が日本にもそのまま当てはまるというわけではないでしょう。今回の研究で企業分割の問題を取り上げている主旨は、実際に分割を行うか否かを議論したいというよりは、むしろ市場の競争環境整備の重要性を強調したいということです。基本的な姿勢として、新規参入者にとって不合理な参入障壁がないように注意をしつつ、競争的な市場環境を整備していくことが大事だと考えています。

――最後の質問ですが、英語で書かれた論文ということで、海外からの反響はありましたか。

昨年11月に台北で開催されたエネルギー経済の国際学会でこの論文をもとに発表しました。アジア各国でも電力の自由化は大事なトピックになっているようで関心が高いと感じました。特に日本の東西の送電網のボトルネックの現状はあまり知られていませんし、投資と企業分割の比較という話題も他国の参加者に興味をもってもらえたようです。

解説者紹介

政策研究大学院大学准教授。東京大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程修了。東京電力株式会社勤務を経て、2003年より現職。専攻は産業組織論、規制の経済学。著書に『電力自由化の経済学』(共編著、東洋経済新報社)、『規制改革の経済分析-電力自由化のケーススタディ』(共編著、日本経済新聞出版社)がある。電力産業などの公益産業の規制改革の問題に関心をもっている。現在、電力市場と送電ネットワークに係る制度設計や計量的評価の問題を中心に研究を行っている。