Research Digest (DPワンポイント解説)

開発援助は直接投資の先兵か?-重力モデルによる推計-

解説者 木村 秀美 (研究員)/ 戸堂 康之 (東京大学新領域創成科学研究科准教授)
発行日/NO. Research Digest No.0010
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開発援助は被援助国への外国直接投資(FDI)を誘引するのか?木村秀美RIETIフェローと戸堂康之東京大学准教授はこの問いに答えるため、援助とFDIに関する詳細な2国間データを用いて実証分析を行った。その結果、開発援助には一般的にFDI誘引効果は見られなかった。その一方で、日本の援助には日本からのFDIを呼び込む「先兵(バンガード)効果」があるという点が明らかになった。両氏はその理由として、日本の援助に見られる官民の緊密な協力関係、被援助国であれば投資のリスクが軽減すると日本企業が認識する点、日本的な制度や企業文化を被援助国に持ち込むような日本の援助がある点などを指摘しており、今後も日本の技術援助の効果に関する分析など援助関連の研究に更に取り組みたいと述べている。

――まず、今回の研究テーマを選んだ動機についてお話ください。

木村
開発援助を巡っては、プロジェクト中心から貧困削減中心へ、融資中心からグラント中心へと国際的な議論が転換点を迎えています。そのような中で、米国では開発援助に関する学術的な研究が着々と蓄積されています。しかし、開発援助の主要なドナー国であるにもかかわらず、日本ではこの分野における知的発信が非常に少なく、私たちは危機感を抱いていました。日本からも開発援助に関する知的発信をしたい。これが本研究に着手した第1の理由です。

開発援助に関連して常に存在する命題の一つに、開発援助が経済成長を促すのかどうかという問いがあります。先行研究では被援助国の政策が良好であれば、援助は成長を促すとの結論も出ていますが、その推計結果は頑健でなく明確ではありません。その一方、途上国へのもう一つの主要な資金フローであるFDIについては、被援助国の教育水準が高ければFDIは成長を促す、ないしは直接的な効果はなくても技術の波及を通じてプラスの影響を及ぼすとの見方がほぼ定着しています。こうした状況から私たちは開発援助にFDI誘引効果が確認できれば、援助は被援助国の成長に間接的に寄与しているとみなせると考え、今回の研究に着手しました。

援助国と被援助国の2国間ペアのデータに着目

――開発援助がFDIを誘引するかどうかというこのテーマに関する先行研究との違いは何でしょうか。

木村
先行研究では、開発援助のFDI促進効果について、ある国への援助総額とFDI総額を用いて推計を試みていました。例えば、様々な援助国が行ったウガンダへの援助額を合算し、これを基にウガンダへの総FDI額を増やしたかどうかを計測していたわけです。しかし、総額の数字を使うと、援助国別のFDI誘引効果を明らかにすることはできません。つまり、同じ援助でも日本とドイツの援助は違う可能性があるのにその点を確認することができないのです。そこで私たちは2国間のペアのデータに着目し、日本→インドネシア、ドイツ→エジプトなどと援助国・被援助国のペアごとに援助額とFDI額を集め、これらのデータを基に援助がFDIに及ぼす影響を実証しました。

戸堂
FDIの決定要因に関する実証分析では最近、「重力モデル」という手法を使うケースが増えています。このモデルは簡単に言えば、経済規模が大きい国の間では互いに引き寄せ合う力が働くため、GDP規模がFDIの決定要因になると考えます。「重力モデル」には明確な理論的裏づけがあり、実証分析の有益な手法として活用されています。私たちはこの手法を使って、FDIの決定要因としての開発援助を分析できないかと考えたのですが、その際に必要となるのが援助国と被援助国の個別ペアごとのデータでした。

表 国のペアのリスト
図 5主要援助国の援助額(ネットの拠出額ベース)

開発援助がFDIに及ぼす効果を3つに分離

――論文では、開発援助がFDIに及ぼす効果として、「インフラ効果」、「レントシーキング効果」、「バンガード効果」の3つを想定しています。

木村
「インフラ効果」とは開発途上国の経済的・社会的インフラを向上させることによる正の効果、「レントシーキング効果」は非生産的なレントシーキング活動を活発化させることによる負の効果、「バンガード効果」はある国の援助がその国からの直接投資を誘引するという正の効果を意味します。このうち「インフラ効果」と「レントシーキング効果」は、既存研究でもそれらが存在する可能性は指摘されていました。しかし、最後の「バンガード効果」は私たちが独自に考案しました。今回の研究では、経済協力開発機構(OECD)のデータから日米英独仏5カ国の途上国向け援助を目的別に「インフラ向け」と「ノンインフラ向け」に分けたうえで、3つの効果を個別に計測しています。

――推計結果について説明してください。

戸堂
開発援助には「インフラ効果」、「レントシーキング効果」、「バンガード効果」のいずれもないことが判明しました。厳密に言えば、「効果がない」との仮説を統計的に棄却できませんでした。開発援助とFDIの関係を論じた先行研究として2つの論文があるのですが、一方は被援助国の制度が良ければFDIを誘引し、他方は逆に制度が悪い方がFDIを誘引するとの結果を得ています。ただし、双方とも援助先の制度の良し悪しを考えなければ、援助にはFDI誘引効果はないと結論づけています。私たちの研究もそれらと同様に一般的なFDI促進効果を否定していますが、援助の効果を3つに分け、そのいずれもないと実証した点は本研究の貢献部分です。

ただし、一つだけ例外が見つかりました。日本の開発援助には日本からのFDIを促すという「バンガード効果」が検出されたのです。この結果は様々な計量経済学的な手法を用いても変化がなく極めて頑健でした。日本の開発援助に関するこうした特殊性が判明したことは、本研究の主要な発見と位置づけられます。

――日本の開発援助にだけ「バンガード効果」がある理由は何でしょうか。

木村
推測の域を出ませんが、論文の中では3つ指摘しています。第1に、日本では開発援助にあたり官民の情報交換、人的交流が活発に行われているという点です。援助が進むにつれ、日本企業は被援助国の情報、例えば雇用環境や法制度、インフラ整備の状況などを入手できるようになり、投資をしやすくなると考えられます。

戸堂
公の情報からだけでは分からないことも少なくありません。例えば、投資先の商慣行の実態、許認可取得のノウハウ、政府・業界のキーパーソンは誰かなどといった情報です。こうした情報の多くは現地に直接行かないと入手できませんが、企業が自ら行うには難しい場合もあります。しかし、開発援助が先行すれば情報が集まり、企業に伝達されることも考えられます。この場合、まさに援助が投資の「バンガード」、すなわち先兵の役割を果たします。実際には開発援助が先、FDIが後と整然と行われるわけでなく、同時並行的に進むことも多いと思います。

木村
2つ目の理由は、開発援助が民間企業の投資に"準政府保証"のような効果をもつという点です。日本の援助には借款が多いため、政府は被援助国の経済が混乱し返済に支障が生じる状況を避ける必要があります。実際、1990年代後半のアジア通貨危機の際、日本政府はアジア諸国の支援に全力を注ぎました。日本企業にすれば、このような日本政府の対応の下での被援助国への投資には安心感を抱くこともできます。もちろん、日本政府が実際に投資保証を行っているわけではないので、我々は"準政府保証"との表現を用いています。

3つ目の理由として、開発援助を通じ日本の商習慣や制度が被援助国に持ち込まれることがあると思います。例えば、技術支援の一環として日本の技能認定制度などが現地に根付けば、日本企業の投資環境の改善に役立ちます。実際、経済産業省所管の「海外技術者研修協会(AOTS)」や「海外貿易開発協会(JODC)」は、開発途上国の技術者・管理者を対象とする研修事業などを通じ、日本企業が持つ技術や知識を現地に移転することに力を注いでいます。以上が日本の開発援助に「バンガード効果」がある理由と考えられますが、他国の援助との違いについては更なる分析が求められるでしょう。

対東アジアFDIの9割を援助が説明

――日本企業の投資先は東アジアが中心ですが、今回の研究結果からこのことをどのように説明できますか。

戸堂
日本の開発援助は東アジア向けが多く、だからこそ日本のFDIも東アジア向けが多い、という因果関係が導けます。推計結果に基づくと、東アジアへの日本のFDI増加額の90%は日本の開発援助に誘引されたものとみなせます。日本の援助がなければ、日本企業はこれほど多く東アジアに投資を行っていなかったでしょう。付け加えれば、我々は日本の援助には東アジアだけでなく他地域でも「バンガード効果」があるとみています。しかし、実際には日本企業のアフリカなどへのFDIは多くありません。これは日本との距離が遠いことや、アフリカ諸国のGDPが小さいことなどが影響していると考えられます。

――今回の結果から日本の開発援助に対しどのような政策的含意が得られますか。

木村
日本の援助は、日本からのFDIは誘引するが、他国からのFDIに影響を与えることはありませんでした。しかし、日本からのFDI誘引効果しかないからといって、それを批判する必要は全くありません。開発援助の世界では、援助だけでは経済成長は難しく、民間資金のフローも重要との認識が強まっているからです。また、外国の援助にFDI誘引効果がないとすれば、それらが日本の援助に比べよいのかという議論もできます。

戸堂
他国の開発援助に関して言えば、例えば、米国などは援助に際し政治的な側面、北欧諸国などは貧困削減をより重視しています。一方、日本政府は開発援助とFDIはリンクすべきだと明確に主張しています。

例えば、経済産業省では援助、FDI、貿易が三位一体となった日本の経済協力を「ジャパン・ODAモデル」として推進しようとしています。今回の分析からは、そのような日本の政策目標が実際に達成されているとの評価も導かれます。ただし、我々の研究だけからは、日本の開発援助が実際に被援助国の成長に寄与しているとは言い切れません。しかし、FDIは一定の条件の下では経済成長にプラスの影響を与えることはわかってきているので、日本からのFDIを誘引する日本の開発援助は、被援助国の成長に間接的に寄与している可能性は高く、この点を明確にするには更なる実証分析が求められます。

法的な規制よりも規制緩和による対応を

――今後の研究課題についてお話下さい。

戸堂
今申し上げたように、日本の援助に誘引されたFDIが被援助国の成長に実際に寄与しているかどうかを明らかにすることが重要なテーマです。ただし、このテーマに取り組むためには、日本企業のFDIに関する国別・産業別の詳細なデータが必要で、その入手は容易ではありません。また、日本の技術援助が相手国の企業の生産性や技術レベルを引き上げているかどうかを、企業ミクロデータを基にミクロ計量経済学の枠組みで解明したいと考えています。このテーマも日本の援助の評価に結び付く話ですが、学術的な研究はほとんど行われていないのが現状です。

木村
現在、新興援助国の動向に興味を持っています。例えば中国は自ら援助を受ける一方で、アフリカなどへ盛んに援助を実施しています。新興援助国の中には紛争や汚職・腐敗の蔓延などの理由からOECD諸国が援助を制限している国に対しても援助を行っているケースがあります。しかし、OECD傘下の開発援助委員会(DAC)が持つ統計からは詳細は把握できません。新興援助国からの資金の流れを解明することは国際的にも意義があることだと思います。

解説者紹介

東京大学教養学部卒業。デューク大学経営学修士(MBA)。1990年大蔵省(現財務省)入省。藤枝税務署長、政策金融課課長補佐、世界銀行職員等を経て2005年よりRIETIフェロー。専門分野は、開発援助政策、開発経済、男女共同参画社会、少子化問題。主な論文は、RIETI Discussion Paper Series On the Role of Technical Cooperation in International Technology Transfers"、Aid Proliferation and Economic Growth"。


戸堂康之顔写真

戸堂 康之

東京大学教養学部卒業、スタンフォード大学Ph.D.(経済学)。東京都立大学助教授、青山学院大学助教授等を経て、2007年より東京大学新領域創成科学研究科准教授。専門分野は開発経済学・経済成長論・応用ミクロ計量経済学、特に直接投資や開発援助を通じた途上国への技術伝播の分析。主な論文は、 Knowledge Spillovers from Foreign Direce Investment and the Role of R&D Activities: Evidence from Indonesia" Economic Development and Cultural Change vol.55 No1,(with Koji Miyamoto)等多数。