Research Digest (DPワンポイント解説)

男女間の賃金と生産性格差-日本企業のパネルデータを用いた構造分析-

解説者 川口 大司 (ファカルティフェロー)
発行日/NO. Research Digest No.0009
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急速な少子高齢化が進む日本において、女性の労働市場への参加を促進することは急務となっている。その一方で、男女間の賃金や処遇の格差問題は、政策のあり方だけでなくその存在の有無についても多様な考え方が存在する、古くて新しい課題。川口大司RIETIファカルティフェローは、この論文での分析結果をもとに「男女間の賃金格差は生産性だけでは説明がつかない」と主張するが、そのために、法的な規制を高めることは必ずしも良い結果につながらないと語る。

――川口先生は男女の賃金格差について多くの研究をされていますね。

賃金格差は、男女間だけでなく、学歴間、年齢間など様々な局面で議論のテーマになっています。ただその際に賃金格差が生まれる理由や、そもそもどの程度の差別があるのかについて、私たちの理解は必ずしも十分でない部分があると思います。賃金格差が不合理な差別に基づいて起きているのであれば政策対応が必要でしょう。しかし、もし賃金格差が合理的な理由で生まれているのであれば、政策対応はマーケットメカニズムをゆがめる結果にもなりかねません。このように賃金格差の背景を探ることが大事と考え、ここ数年の研究のテーマにしております。

一筋縄ではいかない賃金格差の原因究明

――賃金格差に合理性があるかどうかで政策対応を考えるというのは全く自然な姿ですね。それがなされない傾向があったというのは、なぜなのでしょうか。

格差の原因をとらえることが難しいためです。例えば、多くの先行研究で行われているように、男女の賃金格差をその労働者の「学歴」「年齢」「勤続年数」などの属性で説明するという分析を考えてみましょう。これにより、同じ属性同士の賃金を比較し、格差が存在するかどうかを確認できます。これらの研究成果は非常に重要で、多くの属性を制御した上でも男女間の賃金格差があることを示しています。しかし、それは属性以外の、データでは観察不可能な要因によるものだという反論が常にありうるのです。例えば、男女間でいえば、女性の方が一般的に子育てや家事の負担が重い傾向がありますね。それによって仕事時間が十分に取れず、集中できずに生産性が下がり、それが賃金格差に反映している可能性はあります。

――先生はそうした困難をどのように克服されたのですか。

男女間の賃金格差に関する先行研究では労働者側のデータを分析するケースが多かったのですが、私は企業側のデータを活用し、企業ごとの生産性の違いと男女比率の違いに注目することで、格差の背景を探るという手法を取ってきました。今回の論文もその考え方に基づいて推計をしています。

中小企業で女性比率が高い

――それでは、先生が浅野博勝亜細亜大学准教授と書かれた今回の論文ですが、データにはどのような特徴があったのでしょう。

経済産業省の「企業活動基本調査」の1992年、および1995年~2000年の各年のデータを使いました。この調査では、各企業の売上高、コスト、人件費、従業員数(男女別)、固定資産の評価額、創業時期、業種などが把握できます。もともと計7年間について18万838サンプルのデータがあったのですが、売上高などの情報が欠落しているサンプルなどを整理した結果、17万7868サンプルが分析で利用できました。

表1 記述統計量

表1はこのサンプルの平均値などを示したものです。女性比率が中央値よりも大きい企業は、売上高、雇用者数、固定資産、中間投入コストが小さいという傾向が伺えます。また、女性比率が高い企業では、1人当たりの人件費は小さく、業種では軽工業、卸・小売業に集中しているという特徴が伺えます。図1は、サンプル期間における各企業の女性比率の平均値の分布を見たものです。

図1 企業レベルのサンプル期間平均女性比率の分布

表1で確認できるようにこのサンプルの平均は0.32(32%)。しかし、図1から確認できるように女性比率の最頻値は0.2(20%)前後で、分布は左側、すなわち女性比率が小さい方向に偏っています。このように、今回分析対象とするサンプルでは、女性比率のバリエーションが大きいこと、その中で、まだまだ女性比率が小さい企業が多いことが伺えます。このデータをもとに、コブ=ダグラス型の生産関数を推定した結果が表2です。

表2 生産関数の誘導系推定

ご存知のように、生産関数はある産出額を、労働投入、資本投入、中間投入で説明しようという試みです。ここでは、各労働者に支払われた賃金によって労働投入が表現されているという考え方の下に、労働投入の代理変数として賃金支払い額を使っています。被説明変数は各企業の売上高です。各企業の売り上げのうち、表2の(1)では説明できない部分(残差)と、女性比率の平均の関係を示したのが図2です。生産関数の考え方に基づけば、この残差は全要素生産性(TFP)であると考えられます。図2では、この全要素生産性が、女性比率の高い企業ほど高いという結果が得られています。

図2 平均女性比率と平均TFPの関係

さらに、表2の(2)では、生産関数に女性比率を加えた推計結果を示していますが、女性比率の係数が有意にプラスになっています。他の条件を一定とすれば、女性比率が高いほど、その企業の売上高は高いということを示しているのです。

――女性の方が、男性よりも生産性が高いということでしょうか。

必ずしもそういう意味ではありません。すでに述べたように、表2の推計では、労働投入の代理変数として賃金支払額を使っています。ここがポイントです。男女とも労働投入に見合った賃金が支払われていれば、女性比率は企業の売上高に影響を与えないはずです。

しかし、推計結果は違いがあることを示しています。これは、女性の賃金が男性に比べると労働投入に見合った分だけ支払われていない可能性があることを示しているのです。

――では、男女の賃金格差はどれぐらいあるのでしょうか。

表2の推計では、その問いに直接答えることができません。そこで、本稿では以下のような工夫をしました。他の条件が一定として、男性社員100%、女性社員100%の2つの会社があるとします。このときに両者の産出量に違いがあれば、それは社員構成の違い、言い換えれば男女の生産性の違いによるものだと考えられ、生産性の違いを具体的に数値化できます。その2つの企業における一人当たり人件費の違いが、生産性の差よりも大きければ、それが生産性で説明できない男女の賃金格差ということができるわけです。

この推計結果を示したのが表3です。(1)の相対生産性・相対賃金欄に表示されているように、女性の生産性は男性の45%という結果が出ました。その一方で、(2)の相対生産性・相対賃金欄に示されているように、女性の賃金は男性の30%となっています。その差、15%が生産性では説明できない、男女の賃金格差ということになります。この15%は、統計的にも有意(つまりゼロではない)という検定結果が得られています。

操作変数の与え方を変えた推計結果が、(4)、(5)です。ここでは女性が多くなった企業で生産性が高くなったかという変化で説明するアプローチをとっています。相対生産性・相対賃金欄に示されている男女の生産性格差、賃金格差にあまり違いがなく、この結果は一見すると、男女の賃金格差が生産性と見合っていると読めてしまいそうですが、そうではありません。製品需要の増大や技術進歩を経験した企業が雇用を増やす際には、女性労働者の雇用調整のスピードのほうが、男性労働者の雇用調整のスピードよりも大きいことが知られています。とすると、製品需要の増加や技術進歩を経験している企業のほうが女性労働者の比率が高いといったことも起こりえます。結果として、女性が多くなった企業の生産性が高くなったのではなくて、生産性が高くなった企業が女性比率を増やしている可能性もあるのです。

この問題を解決するために、企業が経験している製品需要の状況や技術進歩の状況を捉えるような説明変数を加えた推計をいくつか試しましたが、男女の賃金格差は生産性だけでは説明できないという結論に変わりはありませんでした。

――表3の推計結果によると、女性の生産性は男性の45%ということですが、そんなに差がありますでしょうか。

誤解しないでいただきたいのは、この生産性は一人当たりで算出したもので、時間当たりのものではないことです。つまり、女性の方が相対的に短時間労働につく傾向があるために、労働時間を考慮しない一人当たりの生産性に差が出てくるという要因も含まれているのです。これは、企業活動基本調査では、労働時間が調査項目に入っていないというデータ上の制約によります。

しかし、個々人の賃金には労働時間が反映しているはずです。ですから、男女の生産性格差以上に賃金格差の度合いが大きいことから、一人当たり・時間当たりの男女の生産性格差以上に、男女の時間当たりの賃金格差が大きいことは十分推察できると思います。

法的な規制よりも規制緩和による対応を

――生産性の違い以上に賃金格差があるというわけですね。そうした差別をなくすような政策対応が求められるということでしょうか。

必ずしも、そうした方法が望ましいとはいえません。例えば、男女同一労働、同一賃金を法律で強く強制すると、逆に女性の雇用拡大を阻む恐れがあると思います。例えば、米国のアセモグルとアングリストの分析結果によれば、障害者への差別を禁ずる法規制を強化した結果、逆に将来の訴訟を恐れる企業が障害者の雇用を減らしたということがわかっています。むしろ、私は規制緩和を進めることが最終的には生産性格差に基づかない男女の賃金格差の解消につながるのではないか、と考えております。

別の論文で発見したことなのですが、男女の賃金格差が生産性以上に大きいために、女性比率の高い企業の方が、利益率が高いという傾向が伺えます。利潤最大化という目的を持った企業にとって女性を多く雇うことは合理的なはずです。にもかかわらず、従業員に占める女性比率がまだまだ小さいということは、利益率を犠牲にする"余裕"があるのではないでしょうか。

――今回の分析で残された課題はありますでしょうか。

男女の生産性の違いと賃金格差は計測できましたが、その原因、例えば生産性格差の原因はいまだ不明です。すでに述べたように、家事負担などの問題があって女性の生産性が低くなっているのであれば、例えば、男女共同参画社会の推進という処方箋があるのでしょう。また、女性が職業訓練を受ける機会が少ないために生産性が低いのであれば、その点につき改善する方法を考えるという道もあるのでしょう。こうした問いに答える調査は、様々な形で行われています。それぞれが独立に行われている調査を、マッチングして多くの情報が得られるようになれば、原因解明に向けての研究はかなり進むだろうと期待しています。

解説者紹介

早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了、ミシガン州立大学でPh.D取得(経済学)。2005年より一橋大学大学院経済学研究科准教授、2006年よりRIETIファカルティフェロー。専門分野は労働経済学、応用計量経済学。特に労働市場における男女差に関する実証研究、労働・公共政策が労働市場・労働者に与える影響の理論・実証研究などに取り組んでいる。最近の論文にA Market Test of Sex Discrimination: Evidence from Japanese Firm-Level Panel Data,International Journal of Industrial Organization,Vol. 25, No. 3, pp. 441-460, 2007。