Research Digest (DPワンポイント解説)

製造業の開業率への地域要因の影響:ハイテク業種とローテク業種の比較分析

解説者 岡室 博之 (一橋大学大学院経済学研究科)
発行日/NO. Research Digest No.0004
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経済活性化や雇用の維持に大きな影響を与える企業の新規開業率が、日本では1990年代以降、長期間低迷を続けている。その原因について全国のデータに基づく分析はされてきたものの、地域別の要因に踏み込んだ分析は乏しかった。岡室博之助教授の論文は、個票データを利用して、都道府県よりも細かい工業地区ごとの開業率に与える影響をハイテク業種、ローテク業種に分けて分析している。

新規開業、失業率と産業集積が大きく影響

――今回の論文は、事業所の新規開業について、地域の要因が与える影響を、ハイテク業種とローテク業種に分けて分析されていますね。

新規の事業所がどれだけ活発に開業されるかということは、経済の活性化と雇用の促進のうえから大変に重要です。

日本では開業率の低下が長らく問題になっており、とりわけ製造業での低迷が目立ちます。総務省の事業所・企業統計調査を基にした中小企業庁の試算によりますと、製造業の開業率は1960 年代後半の年平均6.0%から低下を続け、90年代後半には1%台にまで落ち込んでいます(図1)。

一方で廃業率は90年代に入ってから開業率を上回って上昇を続けています。産地と呼ばれる地方の産業集積の中には90年代から事業所数、従業員数ともに減っているところが多く、日本のものづくりの基盤が揺らいでいるとの懸念が生まれています。

開業率は地域によって非常に大きな差があるのですが、その要因はあまり分析されてきませんでした。そこで本論文では、都道府県よりも細かい工業地区を分析の単位として、開業率に与えるさまざまな要因の影響を分析しました。

また、ハイテク業種とローテク業種に分けて分析したのは、一言に製造業といっても、業種によって開業率に与える要因の影響は違うであろうと考えられるからです。

欧米の研究では利益要因が重要

――日本では地域別の開業率に関する分析が少ないとのことですが、欧米ではいかがでしょうか。

欧米では90年代から、地域別の開業に関する要因分析が活発に行われてきました。それらの分析の主な結果として、開業率に直接影響する要因では人口や所得、雇用の伸びなど期待される利益や地域の需要につながる要因が重要であると、多くの分析が指摘しています。ただ、製造業に関しては、この結果はそれほど明確ではありません。

人に関する要因では、多くの研究で、大卒者の比率が高いほど、また、専門職や管理職の従事者の比率が高いほど、開業率は高いという傾向が示されています。また、主にドイツでの研究で、大学や研究機関、民間企業での研究者の比率がハイテク分野の開業率にプラスの効果を持っていることが検証されています。

人の面では、失業率が高いと失業者が自営業による開業を選択するので開業率が上がるという見方があります。一方、失業率が高いということは地域の経済が活力を欠いているということであり、新規開業を抑制することになるという分析もあります。

産業の集積という面では、多くの分析で人口密度や事業所の密度などに示される集積の高さが、開業率にプラスに働いているとの結果が示されています。また、事業所の平均規模が小さい地域、または中小企業の比重が高い地域ほど開業率が高いという傾向が明らかになっています。

――それでは、本論文の分析ですが、データはどのようなものを使われたのでしょうか。

経済産業省の工業統計調査を用いました。98年調査と2000年調査の個票データから、全国253の工業地区について粗開業率を算出しました。

また、新規開業事業所をハイテクとローテクの2業種に区分しました。製造業58業種について98年から2000年までの売上高に対する研究開発費の比率の単純平均(2.47%)を出し、これを超える22業種をハイテク、下回る36業種をローテクとしました。

ただ、今回使用した個票データには重要な制約があります。2000年までの従業員3人以下の事業所の個票データは廃棄されていたため、入手できたのは従業員4人以上の事業所のデータだけでした。このため使用した個票データから得られる開業数は、実際の開業数より大幅に少ないと考えられます。

日本は原価管理の「見える化」で出遅れ

――データからは、どのようなことが分かりますか。

まず、98年調査と2000年調査の対象事業所を比べて、この2年間の新規開業事業所を調べました。そのうち、既存企業の移転や新工場設立などを除くため、2000年時点で常用従業員が20人未満である小規模事業所に対象を限定しました。その数は1万7011で全体の85.4%です。対象事業所の95.2%にあたる1万6193件が工業地区内に存在し、うちハイテク業種は3760、ローテク業種は1万2453でハイテク業種が23.1%を占めています。

この論文では、開業率を労働力人口1万人あたりの開業事業所数としました。製造業全体では98年から2000年の2年間での全国工業地区別開業率の年平均値は2.51でした。工業地区別の事業所開業率では、製造業全体で機械・金属工業の集積地として名高い東大阪市がトップになりました。ローテク業種のランキングでも東大阪市は1位で、ハイテク業種では福井県の武生・鯖江地区が首位となって2位は東大阪市でした。

――具体的な分析方法はいかがでしょう。

98年から2000年までの地域別の製造業事業所の開業率について、いくつかの要因との相関関係を分析しました。これらの要因は、期待される利益については製造業の粗利益率と総出荷額の変化率を使いました。開業の費用については製造業の平均賃金と工業地の平均地価を用いました。人に関する要因としては失業率と、15歳以上の人口に占める大学卒業者の比率を使用しています。知的環境要因として、国公立と民間の研究所および研究開発サービス企業を含む学術研究機関が製造業1事業所あたりどれぐらいあるかを用いています。

産業集積と産業の構造要因として、1平方キロメートルあたりの製造業事業所数、全産業の就業者数に占める製造業就業者数の比率、製造業事業所のうちハイテク業種の比率を使いました。その他の要因として、事業所の平均規模についても分析しています。

――分析結果はどのようになりましたか。

まず、製造業全体では大学卒業者の割合が低く、失業率が高く、事業所の密度と製造業の比重も高く、小規模な事業の多い地域で開業率が高いという結果が出ました。一方で期待される利益と地価と開業率の相関関係は見られず、平均賃金との関係も強くありませんでした。

次にハイテク業種とローテク業種に分けた分析では(下図)、ローテク業種では失業率が高い地域ほど、また大学卒業者の割合が低い地域ほど開業率が高いことが示されました。ハイテク業種ではこのような傾向はみられない一方で、ハイテク業種の比率が高いほどハイテク業種の開業率が高いことが分かりました。

図 分析結果

失業率の高い地域で十分な開業準備支援を

――分析結果をどう考えたらいいでしょうか。

この分析では失業率の影響について、製造業全体とローテク業種では失業率が高いと開業率も高くなる関係が認められましたが、ハイテク業種では認められないというように、業種による違いがはっきりしたことが特徴です。ローテク業種で失業率と開業率の相関関係が強いということは、ローテク業種の開業がハイテク業種に比べてより少ない資金と技術、少ない準備で可能であり、失業者にも取り組みやすいからとみられます。

一方、期待される利益と開業率の関係が認められなかったのは意外な結果でした。これは新規開業を目指す人にとって期待される利益があまり意味を持っていないと解釈できるかもしれません。つまり、新規に開業しようとする人にとって、どれぐらい儲かるかよりも自己を実現する手段としての開業の方がより重視されているということが言えるかも知れません。

人に関する要因では、製造業全体とローテク業種で大学卒業者の割合が低いほど開業率は高くなる結果となりました。この理由としては、学歴が高くなるほど雇用所得が高くなり、独立開業の機会費用(開業によって失われる現在の所得)が高くなる傾向があるため、高学歴者が開業に慎重になるということが考えられます。

製造業の密度が高いことと製造業事業所の平均規模が小さいことが、業種を問わず開業率を押し上げる傾向にあることも明確になりました。数多くの事業所が集まっている地域は開業しやすい環境が整っていると考えられますし、その地域にすでに一定の技術基盤があるなど、製造業の集積そのものが新規開業にとって様々なメリットをもたらしているとみられます。とりわけ小規模な事業所が多い地域は通常、小さな規模から開業するに際して有利な条件を備えているといえるでしょう。

一方、本論文の分析では、当初、製造業事業所に対する研究機関の比率が、どの業種でも開業に影響しないという結果になりました。しかし論文の英語版を作成するにあたって、ローテク業種とハイテク業種の区分方法を変えてみたところ、研究機関の多い地域ではハイテク業種の開業が促進されることが示されました。もともとの分析ではハイテクとローテクを区分する際に売上高に対する研究開発費の比率(研究開発集約度)の産業平均を基準にしたのですが、英語版では同じ産業の中でも一番小さい規模階層の研究開発集約度を基準にしました。私の研究は小規模な開業を対象にしているのですから、ハイテクとローテクの区分も、小規模な事業所の研究開発集約度を基準にすべきだと考えたのです。結果はより説得力のあるものになりました。

――分析結果から、どのような政策をとるべきことが導き出されますか。

失業率の高い地域では製造業全体とローテク業種で開業率が高いという結果が出ましたが、これまでの研究で、失業者による開業は失敗することが多いという指摘がなされています。これは、資金や技術などの面で十分な準備ができないままに開業するケースが多いからだと考えられます。また、失業率が高い地域というのは事業環境があまり良くない可能性もあります。このため、そのような地域では、開業後の成功率を高めるために、開業準備期間にどれだけ事業に対するアドバイスや教育などの面で支援できるかが重要になってくるでしょう。

特に、生き残るためには、最初からある程度の規模と競争力を持って開業することが大切ですので、資金面や技術面での支援がカギとなります。また、研究機関の比率に関する新たな分析結果は、イノベーションや経済活性化への影響が大きいハイテク開業を促進するために、地域の研究基盤を維持・発展させることが重要であることを示しています。

――今後、この研究をどのように発展させていくお考えですか。

1つは、今回使用したデータには従業員3人以下の事業所のデータが含まれていないため、別のデータセットを用いてこの制約を克服する必要があります。

また、今回の論文ではある地域の属性がその地域内での開業のみに影響するという前提で分析を行いましたが、今後は近隣地域への影響も考慮する必要があります。開業の中には、独立開業だけでなく既存の企業が支店や工場を新たに設立するケースもありますので、こうしたケースを区別する分析もしていきたいと考えます。最後に、開業後の存続や成長に対して地域要因がどのように影響するのかも、解明すべき重要な課題です。

解説者紹介

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岡室 博之

一橋大学経済学部卒業、ドイツのボン大学でPh.D.取得。1999年より一橋大学大学院経済学研究科助教授。専門分野は企業システム、特に中小企業と新規開業に関する実証分析。最近の論文に、「開業率の地域別格差は何によって決まるのか」(橘木俊詔・安田武彦編『企業の一生の経済学』ナカニシヤ出版、2006年、第4章)など。日本中小企業学会理事、企業家研究フォーラム幹事、中小企業診断士試験委員など学外活動も活発。