ノンテクニカルサマリー

日本の金融仲介コストの長期推計

執筆者 郡司 大志(大東文化大学経済学部)/小野 有人(中央大学商学部)/鎮目 雅人(早稲田大学政治経済学術院)/内田 浩史(神戸大学大学院経営学研究科)/安田 行宏(一橋大学大学院経営管理研究科)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

日本の金融業のパフォーマンスは長期的にどのように変化したのだろうか。金融機関は、資金余剰主体から資金不足主体に資金を融通する金融仲介活動を行っているが、金融仲介活動を通じてリスクの移転、流動性の供給、情報の非対称性の軽減などの機能を担い、その対価として所得を得ている。家計や企業などの非金融部門の経済主体からみれば、金融業が得た所得は金融仲介サービスを受けるために支払うコストであり、たとえば、情報通信技術の発展や金融自由化の進展により金融業の効率性が改善すれば、金融仲介コストは低下するかもしれない。また、規制その他の要因により競争条件が変われば、金融仲介コストも変化するかもしれない。

しかし、金融業全体の金融仲介コストを計測するのは容易ではない。たとえば伝統的な価格指標である預貸利ざやには、預貸業務以外の非伝統的なビジネスの金融仲介コストが反映されないことや、金融機関同士の取引が含まれるといった問題がある。そこで本稿では、Philippon (2015)が提示した金融仲介コストの計測手法を日本に適用し、日本の金融仲介コストを長期推計した。具体的には、金融仲介コストを、金融業が非金融部門に対して提供した金融仲介サービス額(分母)と、それによって得た所得(分子)との比として定義する。また、本稿の新たな貢献として、分子の金融業所得として、現行SNAの金融業GDPでは考慮されていない所得(具体的には、貸出以外の資産運用に関する損益、トレーディング損益、信用コスト)を含めた「修正された金融仲介コスト」を推計する。金融仲介コストを推計した先行研究は欧米を中心にいくつかあるが、日本について金融業所得に上記のような補正を加えて綿密に長期推計した研究は存在しない。

図 金融仲介コストの推移
図 金融仲介コストの推移
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注)金融仲介コストの分子である金融業所得の定義は以下の通り。青の実線は現行SNAと定義を揃えた金融業所得(業態統計ベース、年度)、赤の実線は現行SNAでは考慮されていない貸出以外の資産運用に関する損益、トレーディング損益、信用コストを考慮した金融業所得(業態統計ベース、年度)、黒の破線は金融業GDP(保険を除く推計値、SNAベース、暦年)。

上図は、1954年から2016年までの金融仲介コストを図示したものである。図からは、以下の特徴が見て取れる。第一に、現行SNAと定義を揃えた金融業所得を用いた金融仲介コスト(青の実線)は、1950年代半ば以降、長期的に低下傾向を示している。

第二に、現行SNAでは考慮されていない所得項目を考慮した修正された金融仲介コスト(赤の実線)は、現行SNAと定義を揃えた系列(青の実線)よりも概ね高く、とくに1970年代から1990年代前半にかけては0.5%ポイント前後高くなっている。これは、分子の金融業所得に含まれる貸出以外の資産運用に関する損益、トレーディング損益が寄与している。他方で、修正された金融仲介コストにおいても長期的な低下トレンドは観察される。これは、貸出以外の資産運用に関する損益、トレーディング損益が増加した一方で、預貸業務等の他の伝統的な業務からの所得が低下したことや、図には示していないが分母の金融仲介サービス額が増加したためである。

Philippon (2015)は米国の金融仲介コストが1世紀以上にわたり安定的に推移していると報告しているが、日本の金融仲介コストの時系列推移は米国とは明らかに異なる。一方、Bazot (2018a)は、1950年代以降のドイツ、フランス、英国の金融仲介コストを推計し、現行SNAと定義を揃えた金融業所得を用いて計測した場合には、いずれの国の金融仲介コストも1990年代以降に低下していること、さらに、貸出以外の資産運用に関する損益、トレーディング損益を考慮して計測した場合には、フランスは低下しているが、ドイツ、英国は横ばいで推移したことを報告している。この点で、図に示される日本の修正された金融仲介コストの推移は、ドイツ、英国の結果とは異なり、フランスの結果とやや似ている。今後、日本の金融仲介コストが低下している要因、― たとえば生産性の改善によるのか、マークアップの縮小によるのか ―について分析し、日本の金融業の長期的パフォーマンスに関する知見を得ることとしたい。