ノンテクニカルサマリー

日本の銀行における流動性創出指標

執筆者 郡司 大志(大東文化大学経済学部)/小野 有人(中央大学商学部)/鎮目 雅人(早稲田大学政治経済学術院)/内田 浩史(神戸大学大学院経営学研究科)/安田 行宏(一橋大学大学院経営管理研究科)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

銀行、保険会社、証券会社など、金融機関には様々なタイプのものが存在し、経済の中で多様な役割を発揮している。こうした役割を明らかにする金融機関の機能に関する研究では、様々な経済的機能が存在することが示されている(Freixas and Rochet 2008、内田2010, 2020などを参照)。中でも重要なものの一つが、金融機関が資金余剰状態にある経済主体から資金を調達し、その資金を資金不足状態にある経済主体に提供する(貸す・投資する)ことで、資金の有効利用を促進する、という金融仲介機能であり、この機能を発揮する金融機関は特に金融仲介機関(financial intermediaries)と呼ばれる。

金融仲介機関は金融仲介を促進するために、自ら資金を提供する際には流動性の低い資産を保有しつつ、調達する際には流動性の高い負債を発行することで、資金余剰主体にとって資金を提供しやすい資産を提供する。このように、資産側と負債側で流動性の程度を変化させることで金融仲介を促進する機能は、流動性供給機能と呼ぶことができる。たとえば代表的な金融仲介機関である銀行の場合、流動性の高い預金で資金を調達し、流動性の低い企業向け貸出などで運用していると考えることができる。

銀行による流動性創出の実態を把握するための指標としてBerger and Bouwman (2009)が提唱し、計算したのが流動性創出指標(Liquidity Creation Measure, 以下LCM)である。LCMは、銀行の様々な財務項目の数値を、流動性の程度を表すウェイトを用いて加重合計し、銀行が創出する流動性の程度を計測しようとするものである。LCMは、銀行の機能や金融システムに関する様々な分析に用いることができるため、各国のデータを用いて計算され分析に用いられている。

しかし、おそらく会計制度や金融制度の違いや利用可能なデータの違いを理由として、日本の銀行を対象としてLCMを適切に、かつ長期にわたって計測したものはこれまで存在しない。そこで、本稿では日本の銀行に関するLCMの計算方法を示し、実際に計算を行った。本稿では、オリジナルのLCMの理論的根拠に立ち返り、その根拠を日本の銀行財務データに当てはめることによって、どのようにLCMを計算すればよいのか説明した。また、実際のデータを用いてLCMを計算し、その時系列的な動きを示した。

図 流動性創出指標(LCM)の対総資産比率(LCM比率)の推移:全国銀行
図 流動性創出指標(LCM)の対総資産比率(LCM比率)の推移:全国銀行
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注)縦軸はLCM比率、横軸は年度。財務項目の中には流動性の程度に関する判断が難しいものがあるため、そうした項目について、指標の値が大きくなる方向に判断して計算したのがProgressive基準のLCM比率であり、小さくなる方向に判断して計算したのがConservative基準のLCM比率である。全国銀行には1989年度から第二地方銀行が含まれるようになったため、LCMは1989年度(破線)の前後で連続しない。

1949年度から2019年度までの全国銀行のデータを用いて計算を行った結果、LCMは基本的には長期間にわたって増加基調にあることが分かった。量的に見た場合、日本の銀行はほぼ一貫して流動性の創出を拡大し、流動性創出機能を発揮してきたといえる。ただし、LCMを全国銀行の総資産額で基準化したLCM比率(上図)を見ると、多少異なる様相が読み取れる。1949年度において0.2前後の値を取るLCM比率は、その後急増したあと、1950年代後半にかけて低下していくものの、1970代の半ばまで概ね増加基調であった。その後はしばらく減少が続き、1988年度まで低いままであったが、1990年代からは増加基調を示し、2000年代後半から横ばいに転じている。こうしたLCM比率の動きと、ほぼ一貫して増加していたLCMの動きとの違いからは、水準で見た流動性創出(LCMの値)にプラスで寄与する項目(非流動的な資産や流動的な負債)以上に、寄与しない項目やマイナスで寄与する項目(流動的な資産や非流動的な負債)が相対的に増加していることが示唆される。この他に、LCMやLCM比率を資産項目と負債・資本項目に分けた計算や、業態別の計算も行ったが、その結果からは、LCM比率の変化には長年資産項目の変化が大きく寄与していたものが、近年では負債項目、特に預金増加の影響が大きくなっていること、2000年以降においては地方銀行と第二地方銀行が増加傾向にある一方で都市銀行では減少傾向にあり、業態により機能の発揮に差が生まれていること、などが分かった。

LCMは、直接的には各財務項目に関する個別銀行の財務意思決定を反映するが、その意思決定は銀行ビジネスの事業環境や経済環境、例えば実物経済の状況や金融政策、金融行政・制度、金融構造などから大きな影響を受ける。今後はこうした影響に関して分析を進めるとともに、銀行レベルでもLCM指標を作成し、銀行個票データに基づく日本の銀行行動と流動性創出の関係についても実証分析を行っていく予定である。