災害はどのように異集団に対する認識を変えるか？

貿易投資プログラム（第五期：2020〜2023年度）
「経済・社会ネットワークとグローバル化の関係に関する研究」プロジェクト

本研究は分断社会において災害が異集団に対する認識に与える影響を家計データを用いて検証したものである。特に村内の異集団に対する見方に関して分析している点や、分断社会における災害後の変化に関して定量的に分析している点に特徴がある。

近年災害が人々の見方や考え方、絆に影響を及ぼす可能性が指摘されている。例えば、災害は他者への信頼感などの社会的選好に影響を及ぼすことが多くの研究で示されている(Andrabi and Das, 2017; Shoji, 2018)。しかし、先行研究の結果は災害の正の効果を示すものもあれば負の効果を示すものもあり、災害がどのように社会的選好を変化させるのかは明らかでない。

その一つの可能性として、リスクシェアリングの観点における他者への期待感が変化することを通じて、信頼感などの社会的選好や絆が変化するのではないかということも言われている。実際、タイやカンボジアの洪水の例で、洪水の被害に遭った人ほど、災害が起きた時は集団内の社会的ネットワークに基づいた支援に頼れないと思うようになり、信頼感や信頼できる人の数も減少することが示されている(Chantarat et al., 2016; Chantarat et al., 2019)。また、政府に対する期待は洪水後タイでは高まったが、カンボジアでは変化しなかった。

本稿は、2018年インドネシア・スラウェシ島地震について、集団内や政府とともに社会関係資本の重要な構成要素である異集団とのつながりや異集団への認識に災害が与えた影響を考察した。当該地域は州内で過去に発生した大規模な宗教間武力紛争や現在も州内全域で続く散発的なテロの影響で、宗教間に心理的な溝が存在している。

図のように被害が断層に沿って広がっていることを利用し、計量経済学的な分析を行った。その結果、断層に近い所に住んでいる人ほど災害時に異宗教の村人に支援を求めることに対し肯定的な見方を示すようになったことが示された。同一宗教間ではこのような変化はみられておらず、被災によって人々が支援を期待する対象の範囲を広げたことが示唆された。このように既存のリスクシェアリングネットワークで対処しきれないような大きな災害に見舞われた際に対象を拡大していく傾向は、日本の災害史においても確認されている。

また、断層に近いほど異宗教団体から支援を受けた人が多く、周囲の大多数がそうした経験をしている確率も高かった。こうしたことから復興過程における自身の経験や、周囲の人から経験談を聞くことで被災地の人々は異宗教に対する見方を変化させた可能性が高いことが示唆されている。本研究の調査対象地では、災害支援の分配は不平等だったと答えている人は多いが、それにより被害にあったと答えている人は比較的少ない。このことからも、人々は支援を求める対象を広げることで大規模災害の難局に対処したと考えられる。

ただし、村内が殺伐とした雰囲気である場合や過去に紛争地域に居住した経験がある場合には異宗教の村人に対する期待の高まりが確認できなかった。さらに、身近にスラウェシ島地震で亡くなった方がいる場合や、地割れや液状化による被害（死者数が比較的多い地域）に遭った人に対しては、地震が異集団に対する認識を悪化させたという結果が得られており、こうした異質性には政策上注意が必要であり、悪化の原因の特定と対処法については更なる研究が必要である。

以上より、一部注意が必要ではあるものの、一般的には災害後の支援の在り方によっては異集団間の溝を緩和する可能性がある。今後の災害においては、コミュニティの異なる集団に対しても積極的に支援することが推奨される。そうすることで、災害後の地域の安全安心につながると考えられる。