ノンテクニカルサマリー

最低賃金の引き上げは女性の主観的厚生を改善させたのか

執筆者 佐藤 一磨 (拓殖大学)
研究プロジェクト 働き方改革と健康経営に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「働き方改革と健康経営に関する研究」プロジェクト

これまで最低賃金の分析は、その引き上げが雇用にマイナスの影響を及ぼすかどうかといった点が注目されてきた。欧米の分析結果を整理すると、「雇用削減の効果がある」ことを示す結果(Neumark and Wascher 1992等)と、「影響がない」ことを示す結果(Card 1992; Katz and Krueger 1992等)があり、まだ決定的な結論に到達していない。

この中で近年、最低賃金の雇用への影響のみならず、主観的厚生への影響も検証されるようになってきた(Bossler and Broszeit 2017; Gülal and Ayaita 2019)。これらの研究では、最低賃金の引き上げが所得水準の引き上げだけでなく、所得格差の縮小を通じて、主観的厚生を向上させる効果があるのではないかと想定し、実際に予想どおりの結果を得ている(Bossler and Broszeit 2017; Gülal and Ayaita 2019)。

このように近年解明の進む最低賃金と主観的厚生の関係であるが、アジア地域のデータを用いた研究はまだない。しかし、この点を分析することは、最低賃金の及ぼす影響を別な側面から検証し、そのプラスの影響の解明につながるため、学術的、政策的な面の意義が大きい。そこで、本研究では最低賃金と主観的厚生の関係を分析した。使用データは最低賃金で働く比率の多い女性を主な調査対象とした『消費生活に関するパネル調査』である。

Fixed Effect OLSを用いた分析の結果、被説明変数に生活満足度の連続変数を用いた場合、最低賃金の引き上げは女性の主観的厚生に影響を及ぼしていないことがわかった。これに対して、高い生活満足度を持つかどうかを示したダミー変数を被説明変数に使用した場合、最低賃金の引き上げは女性の生活満足度を向上させることがわかった(図1)。この点について、Propensity Score Weighting法やPropensity Score Matching法によってその頑健性を検証したが、最低賃金がプラスの影響を及ぼすといった結果に変化は見られなかった。

以上の分析結果から、最低賃金の引き上げは高い生活満足度を持つ確率を向上させていたと言える。この分析結果は、最低賃金の引き上げが雇用への負の効果だけでなく、主観的厚生を引き上げる正の効果も持つことを示している。この点は今後最低賃金の引き上げを検討する際に考慮に入れておくべき点であろう。なお、今回得られた結果は、先行研究と比較すると最低賃金の効果がやや限定的だと言える。最低賃金の影響が限定的なのは、①分析対象が女性のみ、②最低賃金付近で働く女性は補助的な稼得者である場合が多く、最低賃金上昇の影響が比較的小さいといった理由が考えられる。

図1 最低賃金引き上げが生活満足度に及ぼす影響
図1 最低賃金引き上げが生活満足度に及ぼす影響
注:図中の値は最低賃金引き上げの影響を受けるトリートメントグループの係数を示している。図中の**は係数が5%水準で統計的に有意であることを示している。生活満足度のダミー変数では、生活満足度が「満足」「どちらかといえば満足」の場合に1、それ以外で0となるダミー変数である。
参考文献
  • Bossler, M., & Broszeit, S. (2017). Do minimum wages increase job satisfaction? Micro-data evidence from the new German minimum wage. Labour. https ://doi.org/10.1111/labr.12117.
  • Card, D. (1992). Using regional variation in wages to measure the effects of the federal minimum wage. Industrial and Labor Relations Review, 46(1), 22–37.
  • Gülal, F., Ayaita, A. (2019). The Impact of Minimum Wages on Well-Being: Evidence from a Quasi-experiment in Germany. Journal of Happiness Studies. https://doi.org/10.1007/s10902-019-001895.
  • Katz, L. F., & Krueger, A. B. (1992). The effect of the minimum wage on the fast-food industry. Industrial and Labor Relations Review, 46(1), 6–21.
  • Neumark, D., & Wascher, W. (1992). Employment effects of minimum and subminimum wages: Panel data on state minimum wage laws. Industrial and Labor Relations Review, 46(1), 55–81.