ノンテクニカルサマリー

タクシー活用による福祉輸送サービスの効率性向上に関する研究

執筆者 橋本 由紀 (研究員)/小前 和智 (東京大学)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

高齢化の進展に伴い、日本をはじめとした先進国では福祉輸送サービスへの需要が高まり、運営コストも増加している。福祉輸送サービスはコストに見合う料金負担を利用者に求めることが難しく、補助金に依存して運営されることが多い。増え続ける社会保障予算の抑制は喫緊の政策課題であり、福祉輸送サービスも効率的な運用が求められる。ところが、福祉輸送サービスの効率性の評価は容易ではない。背景にはサービス供給にかかるコスト把握の困難さがあり、これは福祉輸送サービスの複雑な制度に起因する。そのため、福祉輸送サービス市場について厚生や効率性の観点から検討した研究は、ごく少数の事例分析にとどまっている。

本研究では、非商用福祉車両(WhiteWAV)とタクシーとの競合の程度を推定し、WhiteWAVの増加とタクシー需要の関係を推定する。そしてWhiteWAVの増加によってタクシー需要が減少した程度を、WAV市場においてタクシーがWhiteWAVを代替しうる余地と解釈する。WhiteWAVの多くは高齢者介護施設が所有し、高齢者の自宅と介護施設間の送迎を行っている。このサービスは介護保険からの給付などによって、タクシーよりも低い利用料金が設定されている。一方で、タクシーとWhiteWAVはドア・ツー・ドア型の輸送という点では同質のサービスを提供する。欧米ではタクシーが、福祉輸送サービスの一手段としてすでに広く利用され、WhiteWAVだけを用いる場合よりも低コストであると報告されている。日本においても、WhiteWAVが行う福祉輸送をタクシーも担うことで、福祉輸送の効率性の改善が期待される。

実証分析では、「ハイヤー・タクシー年鑑」などから作成した1990年から2015年までの都道府県パネルデータを用いて、WhiteWAVの増加がタクシー需要とタクシー運転者の賃金を低下させたことを明らかにした。回帰分析の結果、タクシー利用者数はWhiteWAVの増加によって、2010年から2015年の間に2.7%減少していたことがわかった。実際の乗客数は5年間で7.2%減少していたことから、減少したタクシー乗客数の約3分の1はWhiteWAVの増加によって説明される。このWhiteWAVに起因するタクシー利用者数の減少は、タクシー運転者の年収の4.2%の減少に相当する。さらに、WhiteWAV増加によるタクシー需要の減少幅は、地域の高齢化の速度や程度、社会保障関連支出と関連することも明らかとなった。例えば、地域の高齢者率が10%程度であれば、WhiteWAVが増えてもタクシー需要の減少は緩やかだが、地域の高齢者率が30%まで高まると、WhiteWAVの増加はタクシー需要を大きく減少させる(図)。

サービス利用資格のある要支援者や要介護者などの高齢者がWhiteWAVを選択する背景には、サービス利用料金の大部分を介護保険が負担する社会保障政策がある。日本では、介護サービス事業者が必要分のWhiteWAVを保有するオープンエントリー方式が採用されているが、この方式では均衡よりも車両数が過剰に供給される可能性がある。また、コストの増加よりも利用料を低く抑えることを優先する自治体も多く、福祉輸送市場全体の需給バランスや効率性を考慮した制度設計になっていない。現行の福祉輸送は、利用者や事業者の利用のしやすさという点において「手厚い」サービスではあるが、これらの複合的な問題によって福祉輸送市場が非効率になっている可能性がある。

 

実証分析の結果を踏まえ、福祉輸送サービスの効率性を高めるために、タクシーにも介護保険を適用し福祉輸送を補完することを提案する。空車のタクシーが朝夕に集中するWhiteWAVの需要の一部を肩代わりすれば、WhiteWAVのドライバーを兼務していた職員は、施設での介護業務に集中でき、タクシー運転者の賃金も増加する。WhiteWAVとタクシーとの分担の程度は、地域の福祉輸送需要、それぞれ運送手段のコスト、利用可能な予算額に基づいて決定すべきである。さらに最適化アルゴリズムなど最新のAI技術の進歩も、福祉輸送市場の効率性の改善とコスト削減に貢献しうると思われる。

図:タクシー需要(輸送人員)