ノンテクニカルサマリー

貿易戦争、新型コロナウイルス、戦略的対立の時代における半導体産業

執筆者 Willem THORBECKE (上席研究員)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

2017年、トランプ大統領は中国の半導体産業に対して貿易戦争を仕掛けた。トランプ政権は、中国の半導体企業に対する不透明な補助金について、不公正貿易の調査を開始した。同政権はその後も国家安全保障上の理由から規制を強化し、米国企業によるファーウェイやセミコンダクター・マニュファクチャリング・インターナショナルをはじめとする中国企業への販売を禁止した。同政権はまた、これらの中国企業に半導体を供給する外国企業への米国技術の販売について、制限を課した。

トランプ政権による措置によって半導体産業に不確実性がもたらされたのと同時に、新型コロナウイルスの世界的大流行が同産業にダブルパンチを与えた。2020年2月に新型コロナウイルスのニュースが世界を駆け巡り、マクロ経済の見通しに影を落とすと、半導体企業の株価は台湾で30%、韓国や日本ではそれ以上に下落した。ロックダウンに直面した自動車メーカーは、半導体チップの発注を停止した。従業員の在宅勤務が始まると情報通信機器への支出が急増し、半導体チップの需要が高まった。2020年後半に自動車の需要が回復したときには、半導体メーカーでは自動車メーカーに販売するための半導体部品が不足していた。たかだか2ドル程度の部品が不足したことにより、自動車工場は生産を停止せざるを得ない状況となった。

本稿では、半導体産業の歴史について、米国での始まりから日本での発展、そして韓国および台湾への移動を説明する。また、マレーシアが高付加価値生産に移行できなかった理由や、貿易戦争が中国の産業にどのような影響を与えたかについても考察を試みる。

次に、新型コロナウイルスの危機が半導体産業にどのような影響を与えたかを考察する。この考察を行うにあたり、株式リターンへの影響を分析する。ファイナンス理論では、株価は将来のキャッシュフローの期待現在価値に等しいとされている。Black(1987, p. 113)は、「株式のセクター別の動向は、生産高、利益または投資に関するセクター別の変化を予測する上で有効である。あるセクターの株価が上がると、多くの場合、当該セクターにおける売上、収益および工場への設備投資額が増加する。」と述べている。したがって、株価の反応は、各セクターがどのような影響を受けているかを示す情報として使用できるはずである。

コロナウイルスのショックで株価が世界的に下落し始めたのは、2020年2月19日のことであった。このため、2020年2月18日までの株式リターンを説明する方程式を推定し、次に、説明変数の実際の値を用いて、コロナ危機期間中の株価を予測する。実際の株価と予測された株価の差から、コロナ危機が半導体セクターにどのような影響を与えているかを読み取ることが可能となる。

台湾は技術的に最も進んだ半導体生産国であることから、台湾の半導体セクターの業績を分析する。また、2つの主要下流セクターである家電産業と自動車産業の業績についても分析する。

株式リターンを説明するために、各国の株式市場全体のリターン、世界の株式市場のリターン、原油価格、米ドルに対する名目為替レートおよび金利指標を変数に含める。本稿では、家電産業および自動車産業の株価が、マクロ経済変数に基づく予測をはるかに超える規模で下落した証拠を示す。当該産業の株価は2020年の夏以降急騰し、2021年1月には予測値を40%上回った。

Bown(2020)は、半導体デバイスの75%がエレクトロニクス製品に供給され、残りの25%が自動車その他の応用分野に供給されているとしている。エレクトロニクスおよび自動車の見通しが改善した場合、半導体産業も恩恵を受けることが予想される。図1はこの予想が正しいことを示している。台湾の半導体セクターの実際のリターンは、コロナ危機の発生により約30%減少した。実際のリターンは、2020年7月初めまでは予測リターンに近い水準で推移した。しかしその後、実際のリターンは予測リターンを大きく上回るようになり、2020年1月19日にはコロナ危機前の値を70%近く上回り、予測値を30%近く上回った。このように、半導体産業は世界的な感染症大流行の最中も利益を上げている。

本稿を締めくくるにあたり、いくつかの政策的教訓を挙げたい。半導体は世界経済にとって不可欠なものである。半導体は米国で発明されたが、その製造は韓国、台湾、その他のアジア諸国に移動した。米国およびその同盟国は、生産拠点の大部分が遠隔地にあることのリスクを認識するようになった。地震や火災、戦争などが発生した場合、欧米の製造業者はこれらの重要な供給源を失いかねない。 そのため、米国やヨーロッパでは、半導体を国内生産する体制の整備を進めている。しかし、こうした取り組みは、資金を投入するだけで成功することはないと思われる。

日本、韓国、台湾の半導体メーカーの成功例から、いくつかの教訓を導き出すことができる。1つ目の教訓として、強健な産業が醸成される可能性は、収益性の高い政府契約を受注するよりも、世界市場で競争した場合の方が高くなる。第2次世界大戦後、米国のエレクトロニクス企業は、トランジスタ、相補型金属酸化膜半導体、液晶ディスプレイなど、数え切れないほどの技術的ブレークスルーを実現した。しかし、これらの企業は国防契約に甘んじていたため、そうした技術を市場で販売可能な製品に転換させるインセンティブが希薄であった。一方、アジアの企業は、輸出、そして消費財市場での競争を重視した。このためアジアの企業は、技術を慎重に選択した上で、収益性の高い製品の製造に応用する必要があった。

2つ目の教訓は、起業家が不可欠であるという点である。シャープの佐々木正は、集積回路を用いて電卓を小型化するというビジョンを持っていた。このビジョンは、何億台もの電卓の販売を生み出した。サムスンの李秉喆(イ・ビョンチョル)は、リスクを冒してダイナミック・ランダム・アクセス・メモリー・チップを生産した。李秉喆はこの分野で成功し、2021年には時価総額12兆ドル近くの企業となるサムスンの成長に貢献した。

3つ目の教訓は、産業政策が成功する確率は、国家の存続が危ぶまれていると国民が考えた場合、また、それによって国家の利益のために団結した場合に高まるという点である。このケースは、近隣国からの侵略の脅威にさらされていた韓国および台湾に当てはまると思われる。経済発展が必須であるとの認識の下、労働者、企業家、政府関係者、外部のアドバイザーなどが協力して経済発展を目指した。マレーシアのように、政府の第一目標が再分配である場合、産業政策によって無駄なレントシーキング行動が助長され、競争力のある産業の創出を阻害する可能性がある。

4つ目の教訓は、教育と技術移転の重要性である。佐々木正は高度な教育を受けており、自らの会社が投資すべき技術を速やかに認識することができた。 韓国や台湾の技術者も比較的高い水準の教育を受けており、米国の技術者からノウハウを吸収していった。これにより、製造に必要な経験を得るまでの間、知識のギャップを埋めることができた。

5つ目の教訓は、企業にインセンティブを提供することの必要性である。マレーシアでは、ブミプトラ企業(マレーシアの先住民が所有する企業)について多くの場合、業績が芳しくない場合でも倒産させないという措置が取られてきた。一方、韓国政府は、輸出の業績が悪い企業に対して、給付金の供与を停止した。適切なインセンティブを付与することは、産業政策の目標を達成する上で有効である。

6つ目の教訓は、保護主義は逆効果になる可能性があるという点である。オートネティックス社などの企業が日本への半導体販売を続けることを日本が拒否したことや、米国政府が日本のチップ企業に対して取った措置は、結果的に両国の半導体産業を弱体化させた。

7つ目の教訓として、産学官の研究機関が連携を図ることにより、有益な成果がもたらされる可能性があることである。台湾の技術顧問委員会では第一線の大学教授が委員を務め、台湾のサイエンスパークでは、大学、企業、政府の間で活発な交流が行われた。

このように、力強い半導体製造セクターを欧米で創り出すには、その検討と計画を慎重に行うことが求められる。韓国や台湾の政府が行ってきたように欧米の政府も半導体に資金を投入すればよい、というアプローチは、失敗するであろう。

図1 台湾半導体セクターの実際の株価と予測株価
図1 台湾半導体セクターの実際の株価と予測株価
出典:Datastreamデータベースおよび著者による計算
参考文献
  • Black, Fischer 1987: Business Cycles and Equilibrium. New York: Basil Blackwell.
  • Bown, Chad 2020: How the United States Marched the Semiconductor Industry into Its Trade War with China. Peterson Institute for International Economics Working Paper No. 20-16, Washington, DC.