ノンテクニカルサマリー

日本株女性活躍指数のパフォーマンスは親指数とESGセレクト・リーダーズ指数のパフォーマンスをどのような時期に上回るか?

執筆者 青野 幸平 (立命館大学)/沖本 竜義 (客員研究員)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

問題の背景

近年、環境・社会・企業統治を考慮に入れたESG投資に注目が集まっている。ESG投資は、企業の財務指標だけではなく、環境・社会・企業統治に関する項目にも焦点を当て、企業の長期的な持続性を重視した投資原則である。そのため、ESG投資は長期的な投資を目的とする年金基金などの機関投資家を中心に発展してきたが、近年ではヘッジファンドや個人投資家まで取り込み、より急速な拡大を成し遂げている。ESG投資の基本原則は、2006年に国連を中心に提唱された責任投資原則であり、2020年の時点で責任投資原則に署名した組織数は、3000を超え、2010年から4倍以上の増加となっている。また、世界的にESG投資の枠組みで運用されている資産の総額は、2020年時点で23兆USドルを超え、2010年の規模と比較して、5倍近い規模となっている。

日本においても、2015年に年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が責任投資原則に署名して以来、ESG投資は急速に拡大し、2016年時点では、5000億USドルにも満たない水準であったが、その後の2年間で2兆USドルを超え、世界的に最も高い水準で成長している。GPIFがESG投資として採用している指数のひとつとして、日本株女性活躍指数(WIN)があり、これは職場において高いレベルで性別多様性を推進する企業から構築された指数である。女性活躍の推進は日本政府が抱える重要な政策課題であり、管理職に占める女性比率の上昇など様々な政策目標が掲げられている。GPIFなどの投資家は、ESG投資を通じて女性活躍を推進している企業を支援ならびに監督し、より一層の女性活躍を企業に促すことができる可能性がある。したがって、女性活躍の推進目標の到達には、ESG投資の有効活用も不可欠であり、今後もESG投資の重要性は高まっていくことが期待される。

ESG投資は、持続可能な開発目標(SDGs)の達成につながるものであり、理念的に望ましいものであるのは疑いのないところであるが、それが投資のパフォーマンスに必ずしもつながるとは限らない。したがって、近年のESG投資の発展を受けて、ESG投資や関連する指標のパフォーマンスを評価することが重要な課題となってきている。それを受けて、本研究では、WINのパフォーマンスを分析し、ESGセレクト・リーダーズ指数(SLI)やそれらの親指数であるIMIトップ指数(IMI)のパフォーマンスとの比較を行った。また、ESG投資は、持続性が高い企業への投資とも考えらえるため、市場のパフォーマンスが悪いときなど、市場が危機的な状況にあるときに、パフォーマンスが相対的に良くなる可能性が考えられる。そこで、本研究では、市場のパフォーマンスや不確実性で状態を分類し、WINやSLIのパフォーマンスが状態に依存するかどうか、どのような時期に、WINが他の指数のパフォーマンスを上回るのかを検証をすることも試みた。

本研究の主な結果

本研究で得られた結果は次のようにまとめられる。まず、WIN, IMI, SLIのパフォーマンスをFama-Frenchの5ファクター(FF5)モデルで検証したところ、各指数ともFF5モデルから期待される平均的な超過収益を上げていることが確認され、ESG指数が投資のパフォーマンスを低下させる証拠はないことが示された。次に、各指数のパフォーマンスが状態に依存することを許し、FF5モデルを平滑推移FF5(STFF5)モデルに拡張した結果が図表1と2である。図表1は、株式市場のパフォーマンスに基づいて状態分類したSTFF5モデルの推定結果であり、\(α_1\)は株式市場のパフォーマンスが良くなかった翌月のパフォーマンスを表し、\(α_2\)は株式市場のパフォーマンスが良かった翌月のパフォーマンスを表すと解釈できる。同様に、図表2は、株式市場のボラティリティに基づいて状態分類したSTFF5モデルの推定結果であり、\(α_1\)は株式市場のボラティリティが小さかった翌月のパフォーマンスを表し、\(α_2\)は株式市場のボラティリティが大きかった翌月のパフォーマンスを表すと解釈できる。これら2つの結果から、WINとIMIのパフォーマンスは株式市場の状態に依存し、SLIのパフォーマンスは状態に依存しない傾向があることが確認できる。より具体的には、株式市場のパフォーマンスがあまり良くなかった翌月に、WINは市場の期待以上のパフォーマンスをあげる傾向にあり、IMIは期待以下のパフォーマンスしかあげることができないことが示唆された。また、株式市場のボラティリティが低かった翌月には、WINのみが市場の期待以上のパフォーマンスをあげる傾向にあり、逆に、ボラティリティが高かった翌月には、WINとIMIは期待以下のパフォーマンスになる傾向にあることが示唆された。つまり、WINのパフォーマンスは市場のパフォーマンスが悪く、ボラティリティが小さい状態では、IMIやSLIより良くなる傾向があることが明らかとなった。

政策的インプリケーション

本研究の結果から、WINのパフォーマンスは、市場のパフォーマンスが悪く、ボラティリティが小さい状態では、伝統的な指数であるIMIや一般的なESG指数のパフォーマンスよりも良くなる傾向があることが明らかとなった。WINに含まれる企業は、性別多様性に優れた企業であり、将来的な労働人口減少による人材不足リスクにより良く適応できるため、長期的に持続的な収益を提供する可能性がある。しかしながら、一般的に、ESG投資は、投資対象を責任投資原則の観点から限定するものであり、少なくとも短期的には、投資パフォーマンスが低下してしまう可能性が危惧される。本研究の結果は、WINに関しては、そのような傾向が見られず、短期的にも、他の指数と比較して、高いパフォーマンスを示す時期が存在することを示唆しており、大変興味深い。女性活躍の推進は、日本における最も重要な政策課題のひとつである。本研究の結果は、そのような政策により積極的に従う企業に投資することが、企業の女性活躍を推進するだけでなく、短期的にも投資パフォーマンスの向上につながる可能性を示している点で、非常に示唆に富む結果であるといえる。

図表1:株式市場のパフォーマンスに基づいて状態分類したSTFF5モデルの推定結果
図表1:株式市場のパフォーマンスに基づいて状態分類したSTFF5モデルの推定結果
図表2:株式市場のボラティリティに基づいて状態分類したSTFF5モデルの推定結果
図表2:株式市場のボラティリティに基づいて状態分類したSTFF5モデルの推定結果