ノンテクニカルサマリー

残業の実態とその決定要因―4つのパネルデータを用いた比較分析―

執筆者 佐藤 一磨 (拓殖大学)
研究プロジェクト 働き方改革と健康経営に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「働き方改革と健康経営に関する研究」プロジェクト

現在、ワークライフバランスや労働者の健康を阻害する要因として長時間労働に注目が集まっている。中でもメンタルヘルスを悪化させる要因として、賃金が支払われないサービス残業が問題視されている。しかし、サービス残業を直接調査した公的統計は存在しないため、その実態把握は難しい。そこで、本研究ではサービス残業時間を直接的に調査した4つのパネルデータ(『人的資本形成とワークライフバランスに関する企業・従業員調査』、『消費生活に関するパネル調査』、『慶應義塾家計パネル調査』、『日本家計パネル調査』)を用い、サービス残業の実態とそれに影響を及ぼす要因を検証した。分析の結果、次の5点が明らかになった。

1点目は、4つのパネルデータを用い、サービス残業の実態を記述統計で確認した結果、男性ではサービス残業をまったくやっていないか、もしくは40時間以上の場合に2極化していることがわかった。また、男性では2期間連続でサービス残業時間が0となる割合や40時間以上となる割合が高いが、女性ではサービス残業時間が0となる割合が高かった。さらに、男性ではサービス残業時間の方が賃金の支払われる残業時間よりもやや大きいが、女性ではこの傾向が必ずしも見られないことがわかった。

2点目は、公的統計とパネルデータのサービス残業時間の乖離に関する分析の結果、4つのパネルデータの値は、『労働力調査』(総務省統計局)と『毎月勤労統計調査』(厚生労働省)の差分と『労働力調査』(総務省統計局)と『賃金構造基本統計調査』(厚生労働省)の差分の間に収まることがわかった。また、公的統計から算出したサービス残業時間は、事業所統計に何のデータを使用するかによって、値が大きく異なることがわかった。さらに、公的統計から算出したサービス残業時間はやや減少傾向にあることがわかった。

3点目は、景気変動と賃金支払い残業時間、サービス残業時間の関係を分析した結果、景気後退期にサービス残業時間が増加し、賃金支払い残業時間が減少していることがわかった。

4点目は、職場環境や上司の状況とサービス残業の関係について分析した結果、突発的な業務、高いノルマや目標、重い責任や権限、そして、周りの人が残っていると退社しにくい環境がサービス残業を増加させることがわかった。また、上司と部下のコミュニケーションがよくとれている場合、上司が部門のメンバー内での情報共有を工夫する場合、そして、上司自身がメリハリをつけた仕事をする場合にサービス残業が減少していた。(詳細な結果は表に掲載)。

5点目は、サービス残業による逸失賃金の算出の結果、男性では1か月間で2万8千円~6万7千円程度の逸失であり、女性では1万5千円~4万2千円程度の逸失であることがわかった。

以上が本稿の分析で得られた結果であるが、この中でも景気変動の及ぼす影響が重要だと考えられる。景気後退期にサービス残業時間が増加する傾向が見られたが、これは景気が後退し、企業経営が苦しくなった場合、サービス残業を増やすことでコスト削減を図っている可能性があることを意味する。この点はこれまで指摘されていないため、その詳細なメカニズムをさらに分析する必要がある。また、表中の分析結果が示すように、上司の在り方がサービス残業に影響を及ぼすことが明らかとなった。この結果は、労務管理にとって重要な示唆であり、サービス残業の減少には、管理職の仕事の仕方に注意することが必要不可欠だと言える。

表:職場環境や上司の状況がサービス残業時間に及ぼす影響
注1:『人的資本形成とワークライフバランスに関する企業・従業員調査(SCE)』を使用して筆者推計。
注2:***、**、*はそれぞれ推定された係数が1%、5%、10%水準で有意であるのかを示す。
注3:分析では学歴、年齢、勤続年数、勤労収入、職種も説明変数に使用している。
注4:表中の値は係数を示す。