ノンテクニカルサマリー

経済学者によるRCTは倫理的に問題か?日本におけるRCT型ウェブ調査からのエビデンス

執筆者 横尾 英史 (リサーチアソシエイト)
研究プロジェクト 日本におけるエビデンスに基づく政策の推進
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

政策史・政策評価プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「日本におけるエビデンスに基づく政策の推進」プロジェクト

1. 論文の背景

近年、経済学者が現実社会で政策の実験を始めている。その際にしばしば用いられる研究デザインに「ランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial: RCT)」がある。これは「人間」「家庭」「企業」などをランダム(無作為)に分けて2つ以上のグループを作り、1つまたはそれ以上のグループのみに政策を試し、政策を試さなかった他のグループと事後に比較するデザインである。

RCTには政策の因果効果を厳密に評価できるというメリットがある。しかし、RCTを現実社会で実施することに懸念を持つ政策立案者も多い。例えば、「現実社会の人間の行動で実験してよいのか?」という疑念である。また、政策を実施する人としない人を無作為に作り出すことへの倫理的な懸念も生じる。確かに、パイロット的であれ一部の人だけを対象に政策を試すことに心理的な抵抗感を抱くのは理解できる。

2. 研究の問いと方法

しかし、実際のところ、一般の人々は経済学者による実験をどう受け止めるのだろうか。何らかの嫌悪感を抱く実験もあれば、比較的受容できる実験もあるのだろうか。そこで本研究では、経済学者によるRCTに対する日本人の倫理的な問題意識を調査によって明らかにすることとした。ウェブ調査会社のモニター約2,000人に対して筆者が選んだ6つのRCTの概要を見せ、「倫理的に問題があると感じますか?」と尋ねる調査を実施した。また、追加の調査により、実験の一部を変更することで受け止められ方が変わるかも研究した。

3. 研究の結果

図は6つのRCTに対する回答を円グラフにしている。結果の一部を紹介する。無作為に選ばれた人だけにエイズ検査の結果を聞きに行くことで金銭をもらえる機会を与えたRCT(Thornton (2008)で実施されたもの)について概要を見せて上記の質問をした。その結果、「問題がある」と「問題がない」の回答が概ね半数ずつとなった。これに対して、人付き合いや辛抱する心を育む保育園の効果を検証するために、保育園を設立して当選者のみを入園させたRCT(List and Gneezy (2013)で実施されたもの)については、「問題がない」との意見が多数を占めた。逆に、募金活動の効果的な作戦としての「寄付者に抽選で賞金プレゼント」という策のRCT(Landry, Lange, List, Price and Rupp (2006) で実施されたもの)は多数の人が「問題がある」と回答した。

図:「この研究は倫理的に問題があると感じますか?」に対する回答
図:「この研究は倫理的に問題があると感じますか?」に対する回答

この調査の結果として、多数の人が倫理的に問題ありと感じるRCTとそうではないRCTがあることがわかった。では、この違いはなぜ生じるのだろうか。実験設計や研究対象を変えることで、人々の倫理的な受け止め方を変えることはできないだろうか。そこで、追加調査として対象者2,146人を無作為に4つのグループに分け、上記の調査で提示したものと同じ文章を見せるグループと一部を変えたパターンを見せる3つのグループを作り、受け止め方にグループ間で違いが出るかを検証した。例えば、上述の調査で提示した文章ではRCTを採用していた点を、「前後比較」に変えた文章を見せるグループを用意したのである。

追加調査の結果、保育園の研究において「親の承諾がない」場合や「応募制ではなく無作為な標本抽出」の場合に「問題がある」という回答を増やすことがわかった。また、募金の研究において研究デザインをRCTではなく前後比較にしたとしても問題意識が減らないことがわかった。ただし、同じ策と研究デザインでも、寄付ではなく「ごみ分別」を促す研究にした場合には「問題がある」を減らすことがわかった。

4. まとめと提言

子供の人生や親のワークライフ・バランスを左右しかねない「保育園」について実験することは、一見すると倫理的な懸念が大きいように思われる。しかし、多くの人に「問題がない」と受け止められることがわかった。人生の一大イベントについての研究であっても、本人や保護者の承諾を得たうえで、応募してきた人たちを対象とするRCTであれば広く受け入れられると考えられる。また、保育園の落選のような不運は現代の日本で珍しくない。日常にありうるランダム化への抵抗感は薄いのかもしれない。一方、RCTであろうとなかろうと、現実社会での検証に対して多くの人が嫌悪感を持つ研究対象があることも明らかとなった。その一例が、宝くじのような方法でより多くの寄付を集めようとするものである。

こうした嫌悪感を軽減させるアイデアとしては、研究の対象を広い意味で似た別の行動に置き換えることが考えられる。あるいは、RCTでの効果検証を積極的に行うべき政策と控えた方がよい政策があることも見えてきた。日本の政策形成において、対象や検証方法を慎重に見極めることで倫理的な嫌悪感に配慮しつつ、政策の試行と評価を実施していくことが望まれる。