ノンテクニカルサマリー

日本の世帯属性別貯蓄率の動向について:アップデートと考察

執筆者 宇南山 卓 (ファカルティフェロー)/大野 太郎 (信州大学)
研究プロジェクト 経済主体間の非対称性と経済成長
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「経済主体間の非対称性と経済成長」プロジェクト

日本の家計貯蓄率は低下を続けている。この貯蓄率の低下は、高齢化によってもたらされている可能性が指摘されている。高齢化が貯蓄率の低下に与える影響を考察するためには、世帯属性別の貯蓄率を観察する必要がある。しかし、マクロ統計としてのSNAの家計貯蓄率とミクロ統計の代表である家計調査の「黒字率」には大きな乖離があり、公式統計そのままではマクロの家計貯蓄率の変動を整合的に年齢階層別貯蓄率で分解することはできなかった。

宇南山・大野(2017a, 2017b)では全国消費実態調査をベースとし、家計調査・家計消費状況調査を補完的に利用することでマクロ統計と整合的な世帯ベースの貯蓄率のデータを構築することでこの問題を解決した。さらに、構築されたデータにより、日本の貯蓄率の低下は「貯蓄率の低い高齢者の割合が増加したこと」によるものではなく、「高齢者の貯蓄率が低下したこと」によるものであることを示した。

本稿ではこの宇南山・大野(2017a, 2017b)を最新データまで拡張し、推計手法を改善するとともに、「なぜ高齢者の貯蓄率が低下したのか」について考察した。更新されたデータにおいても、高齢者世帯比率の増加ではなく高齢者世帯の貯蓄率低下がマクロの貯蓄率低下の原因であるという結果は維持された。

さらに、生年コーホート(同じ年に生まれた世代)別に所得・消費の動向を見ることで疑似パネル分析をした。その結果、高齢者における貯蓄率の低下は、後から生まれた世代ほど高齢期の貯蓄率が低いことで発生していることが明らかになった。「高齢者」が貯蓄率の高い戦前生まれ世代から、戦中・戦後生まれに変化したことで貯蓄率が低下したのである。

さらに、下の図のように生年コーホート別の貯蓄率の低下要因を明らかにするために、所得と消費それぞれの動向を観察すると、貯蓄率の低下の大部分が所得の低下によってもたらされていた。一方で、生年コーホート別の消費は、年齢をコントロールすれば大きな差はなかった。言い換えれば、高齢者の貯蓄率の低下は、戦中・戦後生まれの高齢者の所得が相対的に低下したことで発生したのである。

その所得の落ち込みを所得の源泉別にみると、財産収入の減少と、公的年金給付の減少によってもたらされていた。財産収入については、バブル崩壊後の金利低下、ゼロ金利政策によって政策的にもたらされたものと考えられる。また、公的年金給付の減少も制度的な要因である。賦課方式の公的年金が存在していれば、高齢化によって年金給付は落ち込み、高齢者の貯蓄率低下の要因になるからである。

教科書的には、賦課方式年金(各時点において、現役層から保険料を徴収しそれを高齢層に支給するタイプの公的年金)の導入がマクロ的な貯蓄率の低下要因であることが知られている。保険料を拠出する若年者にとっては貯蓄と代替的であるが、マクロ的には保険料は積み立てられずにその時点の高齢者の年金給付に充当されるためである。それに対し、賦課方式の年金制度を前提とすると、高齢化が貯蓄率を低下させることはそれほど知られていない。高齢化によって人口ボーナスが剥落すれば、公的年金の利回りが低下し、ミクロ的には生涯所得の低下要因となり生涯を通じた消費を低下させる。保険料を一定として年金支給額を低下させれば、若年世帯の貯蓄率が上昇する一方(若年期の可処分所得は変化せず消費が減少するため)、高齢世帯の貯蓄率が低下することになる。過去25年で観察された貯蓄率の低下の一部はこの要因によると考えられる。

高齢化は「貯蓄率の低い高齢者の割合を増加させる」という直接効果のみならず、「賦課方式年金の財政収支を通じて年金給付を減少させる」という間接効果からも貯蓄率に影響を与える。宇南山・大野(2017a, 2017b) では、高齢化が貯蓄率に与える影響は小さいと結論づけていたが、間接効果まで考慮するとき、貯蓄率の低下の多くは高齢化によって説明できるのである。

高齢化による人口ボーナスの剥落が貯蓄率低下の要因であるとすれば、貯蓄率を再び上昇させることは困難である。賦課方式を維持すれば人口ボーナスのさらなる剥落が進むが、現時点から積立方式(現役時に保険料を積み立てておき、それを高齢時に取り崩していくタイプの公的年金)に変更することは困難であり、移行過程では更なる貯蓄率の低下が予想される。公的年金制度そのものを廃止することで貯蓄率を引き上げることはできると考えられるが、経済厚生を引き下げる結果になると考えられ本末転倒である。ライフサイクル仮説に基づけば、制度的な要因ではなく本源的な貯蓄動機を増加させることのみが有効な方法となる。すなわち、経済成長による将来所得の増加期待のみが有効な解決策となるであろう。

図:コーホート別の可処分所得と消費
図:コーホート別の可処分所得と消費
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