ノンテクニカルサマリー

喫煙・肥満と労働市場成果

執筆者 森川 正之 (副所長)
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

1. 背景

喫煙や肥満を抑制する動きが盛んになっている。喫煙や肥満が健康に及ぼす影響についての医学的なエビデンスの蓄積が背景にある。しかし、医学的研究の焦点は寿命や健康との関係であり、就労・賃金といった労働市場との関係は射程外である。海外では喫煙や肥満が賃金や雇用に及ぼす影響に関して、経済学者による研究が多数行われているが、日本では経済学の実証研究は意外なほど少ない。

また、喫煙や禁煙が体重に及ぼす影響をはじめ、喫煙と肥満の相互依存関係について、海外では多くの研究が行われてきているが、意外なことに賃金や就労に対する喫煙と肥満の影響を同時に扱った研究は稀である。

2. 分析内容

こうした状況を踏まえ、本稿は、日本における喫煙・肥満と賃金・就労・幸福度の関係について、独自に実施した約1万人のサーベイ・データに基づく観察事実を提示する。

喫煙についての設問は、「あなたは喫煙をされますか」という単純なもので、選択肢は、(1)喫煙している、(2)以前は喫煙していたがやめた、(3)もともと喫煙していない、の3つである。肥満については、身長と体重の数字からBMI(体重(kg)/身長(m)2)を計算し、BMI≧30を「肥満」、30>BMI≧25を「太り気味」として分析に使用する。

3. 分析結果と政策含意

分析結果によれば、第1に、各種個人特性をコントロールした上で、喫煙者の賃金は男女ともに非喫煙者よりも有意に高い(図1参照)。また、喫煙者は非喫煙者よりも就労率が有意に高い。これらは先行研究や社会通念とは異なる予想外の事実である。

第2に、男性で肥満者の賃金ディスカウントが観察されるが、女性では観察されない(図1参照)。先行研究では女性で顕著な肥満賃金ディスカウントを示すものが多く、この結果もやや意外なものである。

第3に、女性の場合、喫煙者および肥満者の生活満足度、仕事満足度が顕著に低いが、男性ではそうした関係は弱い。

本稿の結果は、クロスセクション・データから観察される相関関係であり、当然のことながら、喫煙が高い賃金や労働参加をもたらす、あるいは、肥満が低い賃金をもたらすといった因果関係を示すものではない。喫煙が長時間労働や低い生活満足度・仕事満足度と関係していることに鑑みると、職場のストレスや生活全般への不満感が、喫煙行動の背後に存在する可能性がある。仮にそうだとすれば、働き方の改善が直接的な健康へのプラス効果に加えて、喫煙や肥満の抑制を通じた間接的効果も持つ可能性があることを示唆している。

いずれにせよ、日本において喫煙や肥満への社会的な関心の高さに比して、これらと労働市場成果の関係についてのエビデンスは未だ限られており、さらなる研究の蓄積が必要である。

図1:喫煙・肥満と賃金の関係
図1:喫煙・肥満と賃金の関係
(注)賃金関数の推計結果に基づき作図。比較対象は、非喫煙者、BMI<25の人。薄い色の棒は5%水準で統計的に有意ではない。説明変数は、年齢、学歴、勤続年数、職種、就労形態を含む。