ノンテクニカルサマリー

海外現地法人の雇用創出・喪失と日本国内雇用との関係について

執筆者 荒木 祥太 (研究員)
研究プロジェクト RIETIデータ整備・活用
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究 (第四期:2016〜2019年度)
「RIETIデータ整備・活用」プロジェクト

近年、日本企業、とくに大企業が世界中に拠点を構えつつ世界を股にかけて事業活動を行う例が増えてきている。そのような対外直接投資の増加による国内生産拠点の縮小が国内産業の労働需要の縮小をもたらし、国内の雇用が減少するという、いわゆる産業空洞化の懸念が常にあり、日本の多国籍企業の国内労働需要と国外労働需要との関係を明らかにすることは政策的に重要だと考えられる。

本稿は、経済産業省「企業活動基本調査」(1992年および1995年から2013年まで)および「海外事業活動基本調査」(1996年から2013年まで)の調査票情報を使用し、製造業について日本の多国籍企業における国内従業者数と海外従業者数およびその成長率を同時に観察し、両者の成長率との間の関係性について分析したものである。

特にここでは、多国籍企業の海外従業者成長率のうち、マクロ経済的な要因、たとえば外国の企業誘致政策や為替変動によって生じたであろう成長分を算出し、それと国内従業者数成長率との相関関係を計算することで、対外直接投資誘致政策のような外生的要因による海外従業者数の増加が国内従業者数を減らすのかという仮説を検証した。その結果、企業の生産性の向上を伴わないマクロ経済的な要因によって海外への生産拠点の移転が急速に進んだ場合、国内の雇用に対してマイナスの効果が生じる可能性は排除できないという政策的な示唆を得た。

本稿で注意したのは、多国籍企業の海外従業者の成長要因には、企業特殊的な要因とマクロ経済的な要因があることである。生産性といった企業パフォーマンスの向上によって海外展開を拡大している場合、同時に国内での事業を拡大することが考えられる。一方、企業パフォーマンスの悪化によって海外国内いずれの雇用量も減少することが考えられる。そのため、企業レベルで見た海外従業者の成長率と国内従業者成長率の相関は、各企業の生産性の違いといった企業特殊的な要因が反映されてしまい、正の相関が生じやすい。

本稿では、このような企業特殊的な要因ではないマクロ経済的な要因による海外事業活動の拡大が国内雇用に与える影響をみることを目的とした。ここで着目したのは多国籍企業がどの国に対して現地法人を主に展開しているかによって、受けるマクロ経済的なショックの大きさが異なる点である。たとえばEU圏内に現地法人を多く持つ企業と、アメリカに現地法人を多く持つ企業では為替レートの変更が与える影響の大きさは異なる。ここでは、各国の全体の雇用量の増減をマクロ経済ショックとみなし、それと各多国籍企業の海外進出状況と組み合わせることで受けるマクロ経済的なショックの大きさを計算した。

次の表は、企業特殊的な要因とマクロ経済的な要因を区別せずに線形回帰分析した結果(FDモデル)と、マクロ経済的な要因のみによる海外従業者数の成長率と国内従業者成長率との関係を線形回帰分析した結果である(FD+Bartik-IVモデル)。

やはり、企業特殊的な要因とマクロ経済的な要因を区別せずに分析を行う(FDモデル)と企業特殊的な要因が反映されてしまい、海外従業者成長率が高い企業では国内成長率が高いという傾向がみられ(表の太字表記)、海外部門の従業者数と国内従業者数との間には正の相関が生じている。

しかし、企業特殊的な要因を取り除いた(FD+Bartik-IVモデル)ではこのような正の相関は見られず、統計的には非有意であるものの、海外従業者成長率と国内従業者数との関係は負の関係となるという結果が得られた(表の太字表記)。今回の結果は、為替レートの急激な変化や国内企業の直面する税制の変更に伴って、多国籍企業の海外への生産拠点の移転が急速に進んだ場合、国内の雇用に対してマイナスの効果が生じる可能性は排除できないことを意味する。国内経済に正の影響を与えるようにするには、生産性の向上によって海外に進出を試みようとするといった企業特殊的な要因による海外事業展開を妨げないようにするといった国内の事業環境整備が重要であると考えられる。

(1) (2)
被説明変数 FD FD+Bartik-IV
国内従業者成長率
海外現地法人従業者成長率 0.0038***
(0.0010)
-0.0059
(0.0050)
企業売上高成長率 0.1900***
(0.0016)
0.2327***
(0.0129)
国内従業者賃金成長率 -0.1850***
(0.0015)
-0.1917***
(0.0025)
R-squared 0.1823 0.1770
年ダミー YES YES
産業ダミー YES YES
*** p<0.01, ** p<0.05, * p<0.1
いずれも被説明変数は、国内従業者成長率括弧内は標準誤差