ノンテクニカルサマリー

スキル・トランスファーと国際移民:高スキル労働者の英語圏への移住に関する理論分析

執筆者 中川 万理子 (東京大学空間情報科学研究センター)
研究プロジェクト 都市内の経済活動と地域間の経済活動に関する空間経済分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「都市内の経済活動と地域間の経済活動に関する空間経済分析」プロジェクト

国際移住を、出身地(出身国)で蓄積した人的資本(スキル)を移転する活動と捉えた場合、自身の持っているスキルを移住先に円滑に移転できるか、また、移住先でもそれを十全に発揮できるか、ということは、潜在的移民にとって肝要な問題となる。Chiswick and Miller(2014)で主張されているように、出身国において有用であるとされる、技術・資格・文化・使用言語などのスキルの集合は、必ずしも移住先において有用であるとされるスキルの集合と一致するとは限らない。こうした出身国-移住先間での有用なスキルの不一致は、移住先にスキルを移転するに際して生じる摩擦(スキル移転の側面から見た移住コスト)であると考えられる。

国際的な移住の場合、出身国と移住先では主要言語が異なることが多い。言語的障壁が移民にとって大きい場合には移住先へのスキルの移転が困難になること(Belot and Hatton, 2012)、移住先で使用される言語の運用能力が低い時にはその移民の収入も低くなる傾向が確認されていることから(Dustmann and Van Soest, 2001, 2002)、言語的障壁は移住先での低生産性を引き起こす一因となりうる。

そこで本研究では、国際移民に伴う言語的相違から生じる国際的なスキル移転の困難さが、国際移民活動にどのような影響を与えるのかを、Gasper et al. (2018)によって提案されたnカ国新経済地理学モデルを用いて分析した。 具体的には、国際移住可能な高スキル労働者が他国に移住して生産活動を行う場合、出身国で行うよりも少ない労働しか発揮できないという定式化を導入して分析を行った。得られた結果としてはまず、英語圏諸国などの言語的障壁が比較的小さいと考えられる移住先の方が、非英語圏などの言語的障壁が大きいとされる移住先に比べて、高スキル労働者によって移住先として選択される傾向があるという結果が挙げられる。加えて、非英語圏から英語圏に移住する際に生じる(労働生産性に関する)移住コストを軽減することが英語圏への高スキル移民の集積を促進する一方、英語圏内での移住に関するコストの軽減や、実質的な英語圏の拡大(ヨーロッパ諸国などのように、英語によるコミュニケーションが比較的容易である国々が増えること)は必ずしも英語圏への高スキル移民の集積を促進するとは限らないという結果を導いた。

特に、英語圏の移住先の方が非英語圏よりも潜在的移民によって選ばれやすいという結果は、英語圏への移民フローのほうが非英語圏のそれよりも大きい傾向にあることや(図)、他の条件が等しいならば、実際に英語圏のほうが非英語圏よりも国際移民を集めているという発見(Adsera and Pytlikova, 2015; Grogger and Hanson, 2011)とも適合的である。世界的な英語話者人口の大きさを鑑みると、英語圏諸国は非英語圏諸国よりも言語的障壁が小さい移住先であると考えられ、スキル移転に伴う摩擦を避けたい潜在的移民は、より移住コストの小さい移住先である英語圏諸国を選択する傾向にあることが、本結果によって説明できた。

さらに、移住年齢が22歳以上で大学卒以上の国際移民について、出身国が英語圏(公用語に英語を採用している国)か否か、移住先国が英語圏か否かに分類して移住傾向を確認してみると、国際移民に際し、英語圏内ないしは非英語圏(公用語として英語を採用していない国)から英語圏に移住する傾向が強く、非英語圏への移住傾向が低いということが発見されたが、高スキル労働者が英語圏内ないしは非英語圏から英語圏に移住する傾向にあることと、本研究で得られた、高スキル労働者の移住に際してスキル移転のコストが小さい(言語障壁の小さい)移住先が選ばれるという結果は整合的であるといえる。

上述のように、本研究では、英語圏の方が非英語圏よりも、高スキル労働者にとって言語的障壁が小さくスキル移転に際した摩擦が小さいために、移住先として選択されやすい傾向にあることが示された。こうした、スキル移転が容易である移住先(本研究における英語圏)を選択しやすいという高スキル労働者の移住傾向から、高スキル労働者を集めるためには、例えばスキル移転のコストを軽減する施策等が望まれる。言語的障壁解消の観点からすれば、移民への言語教育プログラムを拡充しそれを潜在的移民に周知することなどが考えられるが、日本のような非英語圏では、言語教育プログラム拡充によって英語圏諸国のように高スキル移民を集めることはそれほど容易ではない。本研究で得られた示唆(潜在的移民は、自身のスキルをできるだけ滅却させることなく発揮できる移住先を選択する傾向にあるという示唆)に立ち返ってみると、スキル移転のコストを軽減することが高スキル移民を集めるのに重要であることから、日本のような非英語圏国が、スキル移転を容易にすることで潜在的高スキル移民に働きかける言語政策以外の方法としては、出身国で取得した職業ライセンスを移住先でも適用しやすくすること、出身国で取得したライセンスをある程度は活用できるようにすること、なども考えられる。

図:OECD諸国への移民フロー
(青:公用語に英語を採用している国.赤:公用語が英語ではない国)
図:OECD諸国への移民フロー
参考文献
  • Adsera, A. and M. Pytlikova (2015): "The Role of Language in Shaping International Migration," The Economic Journal, 125, F49-F81.
  • Belot, M. V. and T. J. Hatton (2012): "Immigrant Selection in the OECD," The Scandinavian Journal of Economics, 114, 1105-1128.
  • Chiswick, B. R. and P. W. Miller (2014): "International Migration and the Economics of Language," Handbook of the Economics of Immigration, 211-269.
  • Dustmann, C. and A. Van Soest (2001): "Language Fluency and Earnings: Estimation with Misclassified Language Indicators," Review of Economics and Statistics, 83, 663-674.
  • Dustmann, C. and A. Van Soest (2002): "Language and the Earnings of Immigrants," Industrial and Labor Relations Review, 55, 473-492.
  • Gaspar, J. M., S. B. S. D. Castro, and J. Correia-da Silva (2018): "Agglomeration Patterns in A Multi-regional Economy Without Income Effects," Economic Theory, 66, 863-899.
  • Grogger, J. and G. H. Hanson (2011): "Income Maximization and the Selection and Sorting of International Migrants," Journal of Development Economics, 95, 42-57.