ノンテクニカルサマリー

日本における土曜学校の再開と学習塾への通学:授業曜日の拡大が教育投資への不平等の縮小に貢献したか?

執筆者 乾 友彦 (ファカルティフェロー)/児玉 直美 (リサーチアソシエイト)/永島 優 (政策研究大学院大学)
研究プロジェクト 医療・教育サービス産業の資源配分の改善と生産性向上に関する分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「医療・教育サービス産業の資源配分の改善と生産性向上に関する分析」プロジェクト

親の社会経済的地位の差異に基づく子どもの学力格差問題が、日本においても近年盛んに指摘されるようになった。日本財団が2014年から2016年において大阪府箕面市に居住する0歳から18歳の子ども約2万5千人を調査したデータで分析を行った結果、保護者の経済力の違いを背景とする学力格差は小学校初期から存在し、またその差が大きく開くのは小学4年生頃にあることを発見している。このような学力格差の背景として、経済的に不利な環境にある子どもの教育へのアクセスが十分に確保されていないことが挙げられる。

「ゆとり教育」を推進する観点から、2002年度より完全週休2日制が公立小学校、公立中学校に導入された。公的な教育機関による授業日数の縮小は、裕福な家庭では子どもを学校休日に学習塾等へ通学させることによって教育投資を増加させる一方で、貧しい家庭にとっては学習塾等への支出が難しく、所得の差異に起因する教育投資の格差を生じる可能性を指摘することができる。実際、この週休2日制の導入が学力に与える効果を東京大学の川口大司教授が分析した結果、貧しい家庭の子どもの学力にマイナス影響を与えたと報告している。

2013年には、文部科学省は、土曜授業の実施が各自治体の教育委員会の判断で可能であることを明文化した。土曜授業は、徐々に各地域において再開されるようになったが、図表に見られるとおり、2014年度時点における土曜授業の実施率は都道府県によって大きく異なる。本研究は子どもレベルのパネルデータを使用して土曜日授業の実施が子どもへの学習塾等への支出にどのような影響を与えたかを検証した。特に家庭所得レベルに応じて学習塾等への支出効果が異なるか、所得格差と教育投資の関係に注目した分析を行った。データは厚生労働省による「21世紀出生児縦断調査(平成13年出生児)」のパネルデータを使用した。都道府県によって土曜日授業の実施率が異なる状況を利用して、家計の所得水準の違いが教育支出に与える効果を他の教育支出に与えるさまざまな要因をコントロールした上で、実証分析を行った。その際、土曜授業実施の内生性の問題を回避するため、都道府県別の日本教職員組合や他の教職員組合の加入率を操作変数として使用した。

実証分析の結果、土曜授業において補習等の学習活動が実施されると、貧しい家庭では私的教育サービス支出を減少させる一方で、豊かな家庭の支出には影響を与えないことが判明した。このことは貧しい家庭において、公的教育と私的教育の間の代替関係が強いことがわかる。充実した公的教育が提供されれば私的教育サービスを購入する必要性が少なくなり、土曜学校の実施が、所得格差による教育投資の不平等を解消する可能性があるものと考えられる。親の経済格差に基づく学力格差の解消のためには、公立学校の学習時間やカリキュラムを充実させることによって、学習塾等の課外授業を受ける経済力がなくても子どもの学力が十分備わるような学校教育の質の向上が求められる。

図:都道府県別土曜授業の実施率(公立小学校、補習授業等)
図:都道府県別土曜授業の実施率(公立小学校、補習授業等)
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