ノンテクニカルサマリー

複数製品企業の特性:輸送費と立地

執筆者 リカード=フォースリッド (ストックホルム大学)/大久保 敏弘 (慶應義塾大学)
研究プロジェクト 東アジア産業生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト

企業の多くは複数の製品を作っている。しかしながら、国際経済学や空間経済学の分析で製品数を分析するようになったのはごく最近のことである。企業の生産性と輸出や企業立地の関係の分析は多く存在するが、企業がどのように生産する製品の範囲を決めるか、いくつの製品を生産するのか、また、製品数がどう輸送費や市場規模と関連しているかといった研究は極めて少ない。本論文では企業の異質性を考慮した空間経済理論であるBaldwin and Okubo(2006)に複数製品企業を導入し、新たな理論を構築した上で日本のデータを用いて検証した。従って、この理論により、企業の生産性と企業立地の観点から企業の生産する製品の範囲を議論できる。

具体的には、本理論では、企業の生産性が異質であり、個々の企業が立地を決めるような既存のモデル(Baldwin and Okubo, 2006)に加え、立地選択と同時に内生的に製品の範囲も決めるとした。製品の範囲を決定するに当たっては製品数に比例するような研究開発費がかかる。このような理論モデルでは、結果として、生産性の高い企業ほど生産する製品数は多く、製品数を増やすに当たっての追加的な研究開発費が小さい産業では製品数が多くなる。また、大きな市場では生産性の高い企業が集積することから、地域全体での製品数が多くなる。これが市場での競争の激化につながり、小さな市場から大きな市場に移転する企業は少なくなる。

図1は都道府県別の企業レベルの製品数を箱ひげ図で示したものである。平均の製品数は2〜3であり、地域的な差は非常に小さいものの、理論の結果のように、製品数の非常に多い企業は都心部に集中している。もちろん、都心部には生産性が高い大企業が立地していることにも関係がある。一方で地方でも、山口、広島、長崎、福岡など重厚長大の製造業が立地し、港のあるような一部の地域には製品数が多い企業が存在している。海に面し湾が多く、国際港を有するような輸出に適した府県の製品数が多い傾向にあるのも特徴である。従って、輸出入が製品数に影響している可能性もある。

次に図2では産業別の製品数を示している。同様に偏りが大きい。化学、金属、機械産業といった重厚長大型製造業の製品数が多く、食料品や繊維といった軽工業の製品数は総じて少ない。理論の示す通り、化学、金属、機械といった産業では類似製品や関連製品、中間財・付属品といった製品が多く、製品を増やすに当たっての追加的な投資は比較的小さい。このため製品数が多いものとみられる。また、軽工業の場合、偏りも小さく、ばらつきが少ないといえる。さらに地域別で見ると、都心部と地方とを分けた場合、都心部での製品数は総じて多い。例外として石油精製業は、大規模石油コンビナートの立地が地方の沿岸である場合があり、地方のほうが総じて多い製品数になっている。都市部か地方かといった地域特性のみならず、産業特性も大きく製品数に影響していると考えられ、製品の輸送費や土地集約的・労働集約的かどうか、複数製品に拡張しやすい産業か、消費地立地なのか原料地立地の産業かといった要素が影響していると思われる。

地方経済の視点から示唆を考える。1つの企業で生産する製品数が複数であることは、1社で1製品を作るよりも時として効率的であり、生産調整もしやすい場合が多いので、雇用を安定させたり、範囲の経済(注1)が発揮されたり、イノベーションが生まれたりと利点は大きいだろう。また相乗効果で生産性の成長や企業の成長にもつながる。従って、地方経済にも好循環が生まれるものと思われる。従来の日本の地域政策やクラスター政策では、ターゲット産業を決め特定製品に絞った政策が多い。しかし、企業は複数製品を生産する傾向にあるので、複数製品を作ることによる好循環を促すような政策も重要であるといえる。例えば、既存企業の新規参入事業や兼業を促進したり、あるいは兼業などの規制を撤廃する政策、ITなどを軸に産業間をまたぐ提携や合併促進といった、従来の産業や製品の枠にとらわれない政策が重要であるといえる。

図1:都道府県別の企業レベルの製品数
図1:都道府県別の企業レベルの製品数
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図2:産業別の企業レベルの製品数
図2:産業別の企業レベルの製品数
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脚注
  1. ^ 事業を多角化したり製品やサービスの多様化を通じて、そうでない場合よりシナジー効果で利益率が高まり、より経済的な事業運営が可能になること。