ノンテクニカルサマリー

なぜ女子は数学が苦手なのか? -競争意欲、リスク態度の男女差の影響について-

執筆者 矢ヶ崎 将之 (東京大学)/中室 牧子 (慶應義塾大学)
研究プロジェクト 医療・教育サービス産業の資源配分の改善と生産性向上に関する分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「医療・教育サービス産業の資源配分の改善と生産性向上に関する分析」プロジェクト

教員であれば、女子の方が男子よりも総合的な学力水準が高いと感じている人も少なくないだろう。ただ同時に、数学を中心とする理数系科目においては、女子の方が男子よりも学力水準が低いと実感してきた人も多いのではないだろうか。これは先進諸国を中心に世界中で観察されており、わが国では特にその傾向が強い。例えば、経済協力開発機構(OECD)によると、わが国の女子の数学の学力テストの平均点は男子よりも14点低く、OECD平均の男女差(8点)と比べても大きい。

なぜ女子は男子に比べて数学の学力テストの点数が低くなるのだろうか。本研究では、生徒の「競争意欲」と「リスク態度」という2つの行動特性に着目した。なぜ競争意欲に着目したかというと、競争意欲の高い生徒は、同級生との間で学力の「競争」に参加し、切磋琢磨することで学力が高くなる可能性があるからだ。またリスク態度は、数多の経済行動と同様に、学習行動にも大きく影響を与える。もしこの競争意欲やリスク態度に男女差があるならば、数学の男女差と何らかの関連がある可能性がある(注1)。

そこで、本研究では、埼玉県下のある自治体に属する公立中学校6校に在学する811名の中学2年生を対象に競争意欲とリスク態度を計測する経済実験を実施した。「競争意欲」を計測する実験では、被験者の中学生は、3分間で迷路を解くよう指示された。第1ラウンドでは1問正解するごとに50円獲得できる「歩合制」の下で、第2ラウンドでは3人1組のグループになり、3人の中で1位になった人のみが1問あたり150円獲得できるという「トーナメント制」の下で、そして第3ラウンドでは、被験者は歩合制とトーナメント制の報酬体系を自ら選択できるという条件の下、迷路を解いた。この実験では、第3ラウンドで被験者が「トーナメント制」を選択するかどうかで、「他者と競争する意志や欲求」——つまり「競争意欲」を計測している。この結果明らかになったことは、図1の通り、第3ラウンドにおいて、たとえ十分勝利する見込みがあったとしても、女子は男子よりもトーナメント制を選択しない傾向があるということだ。つまり、女子は男子よりも「競争意欲」が低いということが分かる。「リスク態度」を計測する実験においては、被験者はリスクが低い順に1から6までの番号が振られたクジの中から好きなクジを選択するように指示される。すると、図2の通り、女子は男子よりもリスクの少ない、小さな番号のクジを選択する傾向があった。つまり、女子は男子よりも「リスクを回避する傾向」が強いのだ。

次に、この実験から得られたデータと、埼玉県が実施している学力調査のデータを突合することで、競争意欲やリスク態度が学力テストの結果に与える影響を検証した。この結果、より競争意欲が高く、リスクを回避する生徒の方が数学のテストスコアが高くなる傾向にあることが明らかになった。この傾向は数学のみで、英語と国語についてはこの傾向は観察されなかった。したがって、競争意欲の男女差は、男女間の数学能力の差を生み出す1つの要因であることがわかったが、逆にリスク態度の男女差は、男女間の数学能力の差を狭めることに寄与していることが明らかになった。

最後に、本研究結果に基づく政策的示唆について述べたい。近年、女性活躍と科学技術立国の観点から、理数系を志す女性育成の重要性が叫ばれている。本研究では、女性規範の一部と考えられている競争意欲の低さは、数学能力の形成に負の効果があることが示されたが、リスクを回避するという傾向は、数学能力の形成において正の効果があることが示された。先行研究においてはリスクを回避するという傾向は、女性の理数系キャリア選択を阻む要因であると考えられてきた点を考慮すると、女性の特性に影響を与えるような政策介入には慎重になるべきであると考える。むしろ、男女の気質や行動の違いをよく理解したうえで、男女別々の指導機会の提供や、アファーマティブ・アクションなど、指導法や制度の設計で対応することが有望であると考える。

図1:第3ラウンドにおける「トーナメント制」選択率
図1:第3ラウンドにおける「トーナメント制」選択率
図2:「リスク態度」計測実験におけるクジの選択率
図2:「リスク態度」計測実験におけるクジの選択率選択率
脚注
  1. ^ 厳密には我々が着目したのは「数学タスク」での競争意欲である。またリスク態度など他の科目の学習行動にももちろん影響している可能性があるので、国語や英語についても同様に分析を行った。