ノンテクニカルサマリー

日本における財政の持続可能性:解決すべき課題

執筆者 セラハッティン・イムロホログル (南カリフォルニア大学)/北尾 早霧 (ファカルティフェロー)/山田 知明 (明治大学)
研究プロジェクト 少子高齢化における個人のライフサイクル行動とマクロ経済分析:財政・社会保障政策の影響
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「少子高齢化における個人のライフサイクル行動とマクロ経済分析:財政・社会保障政策の影響」プロジェクト

日本は先進国の中で、対GDP比で測った公的債務比率がもっとも高い国である。加えて、先進国の中でも少子高齢化の進展が最も早いことから、今後、公的年金や医療、介護といった社会保障関連支出は更に増大していくと予測されている。このような状況下で、このままでは日本は財政破綻するのではないかという懸念が強く抱かれている。

本研究の目的は、現行の日本の社会保障制度及び現在の財政状況を可能な限り正確にモデル化した上で、日本の公的債務が今後、どのような経路をたどると予測されるのかを定量的に示すことである。公的債務の将来予測に関する分析は本論文が最初ではなく、既に数多くの先行研究が存在している。われわれの分析の特徴は、次の2点にまとめられる。

(1) 多くの学術研究で用いられているライフサイクルモデルにおける家計の最適化行動を簡易化し、部分均衡を仮定する代わりに、一般均衡型モデルにおいて組み込むことが困難な社会保険制度の詳細と家計の異質性を取り込み、より精緻な財政推計を行っている。具体的には、年齢・性別・労働参加と正規・非正規等の雇用形態の違いといった個人の異質性、年金・医療・介護保険制度については被保険者種別に基づいた保険料負担と年齢別の自己負担割合、年金積立基金残高の推移などの詳細を分析に組み込んでいる。

(2) われわれのモデルは、世代会計のような現行制度のもとでの財政収支を計算するだけでなく、ミクロデータに基づいた家計の消費・貯蓄・就労行動を織り込んでいる点にも特徴がある。例えば、現在議論されている更なる消費税増税がどれだけ財政上のインパクトを持つかを定量的に分析するためには、家計の所得に関する将来予測とライフサイクルにおける消費の配分を理解することが必要になる。本論文では、総務省統計局による「家計調査」から年齢ごとの消費プロファイルを推計してモデルの中に取り込むことにより、より精度の高い将来予測を可能にしている。また、雇用形態や性別毎の賃金プロファイルを推計してモデル化し、経済環境や政策の変化が財政に与える影響をミクロの家計レベルの変化から捉えている。

われわれのアカウンティングモデルは財政収支のさまざまな側面からの将来推計が可能であるが、特に重要な点をまとめると以下の通りとなる。

(a) 現行制度から何も制度変更が行われない場合、対GDP比で測った(年金積立金をネットアウトした)純公的債務は際限なく増え続け、2040年には228%に到達する。また、年金積立金は2057年には枯渇する。

(b) 何が債務を膨らませるのだろうか?その要因分解をしたのが、下記の図1である。図1は公的債務が増大する要因を、国債の利払い、介護保険、医療保険、公的年金とそれ以外の政府支出に分解したものである。ここからわかることは、各種社会保障制度とそれに伴う利払いの増加の全てが重い負担となってくるということである。すなわち、公的年金制度だけ改革すれば全てが解決するとか、医療保険がもっとも深刻であるとか、特定の制度にのみ注目すればよいわけではなく、少子高齢化に関連する全ての社会保障制度の見直しが必要になる。

(c) 成長戦略は有効であり、ベースライン・シナリオである賃金成長率1.5%から成長率を2.5%に上向かせることができれば、2050年時点で累積債務を対GDP比でおよそ100%減少させることが出来る。しかし、それでも累積債務は2020年の水準から倍の対GDP比247%にまで膨らむことから、成長戦略が全てを解決するという考え方は誤りである。

(d) 女性の活用も累積債務の膨張を抑制することが出来る。極端なシナリオであるが、もし女性が現在の男性並みに正規雇用として働いて同じ程度の賃金を得ることが出来るようになれば、2050年時点の累積債務を対GDP比で140%にまで抑制することが可能になる。

何らかの単一の政策や制度改革を実施するだけでは、膨張し続ける累積債務の拡大に歯止めをかけることは出来ない。しかし、さまざまな手段を動員すれば、財政を持続可能にする事はできる。例えば、年金受給開始年齢を67歳に引き上げ、健康保険と介護保険の高齢世代の自己負担割合を2割負担にし、女性の働き方を改革して現行の男性並みに稼ぐことが出来るようになれば、2050年の累積債務は2020年を下回る水準に抑えることも可能である。

現在の日本の財政状況は危機的であり、小手先の制度変更や少し数字をいじった程度の政策では、膨らみ続ける現在の累積債務を減らすどころか、安定させることすら困難である。成長戦略や少子化対策は重要であるが、同時に各種社会保障制度改革に一刻も早く取り組む必要がある。図1からも読み取れるように、現行制度のままでは、いずれ累積債務の利払いだけで重い負担となり、いずれの改革をもってしても財政健全化は手遅れとなる。これを避けるには早期の改革が不可欠だ。同時に、女性の活用を促す政策は、ワークライフバランスの側面だけでなく、累積債務問題の解消にも有効であると考えられる。

図1:財政収支の要因分解
図1:財政収支の要因分解