ノンテクニカルサマリー

都市の空間パターンと人口規模分布

執筆者 森 知也 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 経済集積の空間パターンと要因分析のための実証枠組の構築
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「経済集積の空間パターンと要因分析のための実証枠組の構築」プロジェクト

国内地域経済の構造は、都市集積の視点で捉えれば概ね一定の秩序を保っており、その背景にあるメカニズムの特定は、地域政策の有効性や国レベルの産業・インフラ政策の各地への波及効果を評価する上で不可欠となる。本論では、地域間変動と密接に連関する都市集積の規模・位置に関する事実、及び、対応する経済集積モデルの理論枠組を紹介している。

図1:日本の都市規模分布の安定性
図1:日本の都市規模分布の安定性

従来の都市圏は一般的に市町村等の行政区ベースで定義されるが、実際の人口集積は行政区より小規模であることが多く、また、市町村統廃合が頻繁な場合に異時点間比較が困難となるなど、定義上の問題がある。本論では、総務省提供の1kmメッシュ毎の人口データを用い、人口密度1000人/km2以上かつ総人口1万人以上の連続的な領域を都市と定義し、同一・異時点間で比較している。

図1(a)は1970-2015年の5年毎の都市集積規模分布を示している(集積規模は全国人口に対するシェア)。図1(b)は、ジップ係数と呼ばれ、図1(a)の各分布を対数線形と仮定した傾き逆数に一致する(注1)。ジップ係数は徐々に減少し、人口はより大都市に集中する傾向を示すが、図1(a)が示すように、過去45年間、都市集積規模分布は安定的な対数線形性を維持している。図2は、1970-2015年の間存続する302の都市集積の人口規模の変化を1970年時の人口規模に対して示している。個々の都市集積の人口規模が同様に変化するどころか、盛衰の差は極めて大きいことが分かる。それにも関わらず、各時点の人口規模分布自体は、図1(a)に見るように安定的で、ほぼ共通のべき乗則に従っている。

図2:都市の人口成長
図2:都市の人口成長

空間経済学では、都市集積規模に顕著な差が生ずる理由を、程度の異なる規模の経済に従う複数の経済活動による空間的なコーディネーションの結果として説明する。図3は、経済活動の種類によって、立地都市数が異なり、それに連動して立地する都市の規模も規則的に異なることを示している。図3(a)は、第2,3次小分類産業について、立地がある都市集積の数を横軸、それらの都市集積の平均人口規模を縦軸として、2000・2015年についてそれぞれ青・赤のプロットで示している。個々の小分類産業の平均都市集積規模はほぼ上限値であり、その立地都市集積数との関係は対数線形となる。図3(b)では、1994-2014年の間に特許が出願された国際特許分類サブクラスについて、産業立地と同様にプロットしている。特許開発活動は、人口規模で最上位に位置する都市集積間の差別化を可能にすることを除けば、産業・特許開発ともに同様な集積パターンで特徴づけられることが分かる。

図3:経済活動の立地と都市集積規模
図3:経済活動の立地と都市集積規模

図4は、2015年の各都市集積について、自身の人口規模の75%以上の規模を持つ他の都市集積で最も近接しているものまでの(道路)距離をプロットしている。規模が大きい集積ほど、互いに離れており、都市集積規模分布ほどの秩序は見られないまでも、集積規模と集積形成間隔の間には強い対数線形性が見られる。つまり、図3と合わせれば、規模の小さい都市集積は、集積の空間周期が小さい比較的ユビキタスな経済活動の共集積により形成され、規模の大きい都市集積は、規模の経済が大きく集積の空間周期が大きい偏在性の高い経済活動を含む共集積により形成されていることが分かる。

2010年代以降の空間経済学は、2地域経済や地域間の空間関係を抽象化した多地域経済ではなく、地域間距離の多様性を明示的に考慮した多地域経済を想定とした分析手法とモデル化の工夫を重ね、上述のような国レベルのスケールで発現する経済立地における秩序形成を理論的に再現することに成功した。本論では、その最先端の成果を網羅的に紹介している。これらの成果が具体的な政策立案に反映されるには、まだ時間がかかるが、これらの理論により説明される図3・4に示す立地の秩序は、個々の種類の経済活動の実現可能な立地パターンについて既に実際的な示唆を与えている。

例えば、地域における産業振興を考える場合、個々の産業について、立地可能な都市の規模や数の自由度は極めて小さい。また、個々の都市の人口規模・産業構造についても国レベルで頑健な秩序が維持されており、個々の都市の盛衰はシステムレベルの秩序により制約されている事実を認識する必要がある。地域経済政策の立案においては、対象地域について、その地域自体の産業構造等、内的条件のみならず、日本全体の都市・地域システムの中での相対的な位置関係から、実現可能な検証する必要がある。

図4:都市集積の形成間隔
図4:都市集積の形成間隔
脚注
  1. ^ 人口規模順が第i番目の都市の人口規模をsiとし、都市の人口規模Ssiより大きくなる確率がP(S > si)≈csi となるとき、都市人口規模分布がジップ則に従うといい、αの値をジップ係数と呼ぶ(cは定数)。この関係はln sib- (1/α)ln iと書ける。