ノンテクニカルサマリー

難民受け入れに対する有権者の態度:日本におけるサーベイ実験の結果から

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

法と経済プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「人々の政治行動に関する実証研究ー経済産業面での政策的課題に対するエビデンスベースの処方箋の提示を目指して」プロジェクト

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、紛争や迫害により、現在6500万人以上の人々が難民生活を強いられている。こうした世界規模での難民危機に対処するためには、国際社会の協力と協調が不可欠なものとなっている。しかし、先進国の間では、難民受け入れに対する反発も広がっており、難民受け入れを制限するような施策が政府によってとられることが多い。そうした政府の対応の背景には、人々の難民に対する偏見や不安感が挙げられるほか、難民流入に伴うテロ攻撃や安全保障上の懸念を強調することで、反難民を声高に唱える政治家やメディアの存在などが挙げられる。エリートやメディアによる反難民のレトリックが、国民の反難民感情を高めているのかもしれない。

米国では、難民の入国を一時禁止する大統領令が2017年1月に出され、それに対する抗議運動が市民の間で広がりを見せたことで、Ferwerda、Flynn、 Horiuchiの3人の研究者が、米国人が果たして本当に米国もしくは自らのコミュニティーで難民を受け入れたいと思っているのかを確かめるサーベイ実験を実施した。その結果、米国人の間でも身近なところでの難民受け入れに難色を示す“Not in My Backyard (NIMBY)”の傾向が存在しているだけでなく、難民がもたらす潜在的脅威を掻き立てるメディアの記事は、米国人の間で反難民的態度を促進させる影響力があることが明らかになった。その一方で、難民定住者が多い地域の住民の間では、そうした脅威を強調するメディアの影響が限られていることが示された。

本研究は、こうした米国における研究結果を、日本に焦点を当てつつ、さらに拡張して検証するものである。日本では、難民受け入れ数が極端に少なく、受け入れ認定者数のみならず認定率についても、OECD諸国の中で最低レベルにあることから、米国の研究結果を厳しく検証するのに適したケースである。ここでは、次の3つの点について、米国の研究を拡張する形でサーベイ実験をデザインし、日本人有権者2500人あまりを対象にして、2017年7月に実施した。まず1点目として、難民受け入れ先について、「日本」とした場合と「地元自治体」とした場合を比較する国家内におけるNIMBY傾向だけでなく、「先進国」とした場合と「日本」とした場合を比較する国家間におけるNIMBY傾向について検証した。つぎに2点目として、メディアにおける難民による脅威の描写について、日本における治安への懸念だけでなく、日本人にとってより遠くの欧州における治安への懸念を論じた記事に触れることによって、難民受け入れに対する態度がどのように異なるのかを探った。3点目として、外国人との接触経験が、そうした脅威を強調するメディアの影響にどのような影響を与えているのかを検討した。

図1に示した実験結果によると、難民の受け入れ先を日本とした場合(図中の真ん中)に比べて、先進国(図中一番左側)とした方が反対が少なく、両者の間には統計的に有意な差が見られた。一方、難民の受け入れ先を日本とした場合(図中の真ん中)と地元の自治体とした場合(図中の一番右側)の間には、統計的に有意な差が見られなかった。すなわち、日本人の間では難民受け入れをできるだけ他国に押し付けようとする、国家間におけるNIMBYの傾向が強く見られた。メディアの影響については、難民の脅威を感じさせる記事は、それが外国の例であっても、難民受け入れに否定的な態度を抱かせる影響力があることが判明した。ただ、図2で示した実験結果によると、外国人を見かける頻度が多いと答えた人(図中の一番左側)の間では、そうした脅威を強調するメディアの描写に態度が左右されないことが明らかになった。つまり、外国人との接触が、脅威を煽るメディアの影響を弱める可能性があり、外集団との接触がその集団への偏見を減らすという「接触理論」とも合致する傾向が観察された。その一方で、多くの日本人にとってそうした外国人との日常的接触の機会は少なく、日本では難民受け入れの拡大には、依然として大きな障壁が存在するといえよう。

図1:難民受け入れに対する賛否の割合
図1:難民受け入れに対する賛否の割合
難民受け入れに対する賛否は、1(強い賛成)から6(強い反対)までの6段階で示されており、図は左から先進国で受け入れる場合、日本で受け入れる場合、地元の自治体で受け入れる場合のそれぞれの賛否カテゴリーに属する回答者の割合を示している。
図2:外国人を見かける頻度がメディアの影響に与える効果
図2:外国人を見かける頻度がメディアの影響に与える効果
図の中の点は、難民の治安への脅威を描写するメディアの記事が、難民受け入れに対する態度に与えた効果の大きさを推計した値を示している。縦棒は、95%信頼区間を示す。左から、外国人を見かける頻度がしばしばあると答えた回答者、時々あると答えた回答者、ほとんど無い、あるいは全く無いと答えた回答者の場合を示す。それぞれ縦棒の左側は欧州における治安への懸念を描いた記事の効果、右側は日本における治安への懸念について描いた記事の効果を示している。