ノンテクニカルサマリー

グローバル・サプライチェーンにおける企業間信用

執筆者 Jiangtao FU (早稲田大学)/Petr MATOUS (シドニー大学)/戸堂 康之 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト グローバルな企業間ネットワークと関連政策に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「グローバルな企業間ネットワークと関連政策に関する研究」プロジェクト

企業がそのサプライヤーから部材を購入する時、現金払いではなく、手形などの企業間信用によって支払いを行うことが多い。実際、2013年の中小企業庁の委託調査では、製造業における中小企業の34%は、代金の過半を企業間信用によって受け取っていた(注1)。現金払いでなく企業間信用によって代金を受け取ることは、中小企業にとって資金的に大きな負担となる。

日本政府はこの問題に対処するため、2016年12月に「下請代金の支払手段について」という通達を出し、支払いは可能な限り現金で行うことを顧客企業に求めた(注2)。その結果、近年ではトヨタ自動車など自工会14社などのうち8社が100%現金払いに切り替えるなど、現金取引化が進んでいるという(注3)。

本研究では、このような企業間信用取引の決定要因を実証的に明らかにするもので、特に2つの要因に注目した。まず第1に、近年の理論では、最終メーカーから下請企業、下請企業から孫請企業へと企業間信用(売掛債権)が蓄積されていくという仮説が提唱されている。つまり、最終メーカーから手形で支払いを受けた下請企業は、孫請けに対してさらに厳しい条件の手形払いをせざるを得ない。従って、サプライチェーンにおいて上流にある企業ほど売掛債権を多く保有している可能性がある(図1の仮説1)。

第2に、サプライヤー間の競争が激しく、サプライヤーに対する顧客企業の交渉力が強いほど、サプライヤーは信用による支払いを拒否できない。従って、自社の顧客にサプライヤーが多ければ、また顧客企業が自社にくらべて大きければ、売掛債権が大きくなるという仮説も考えられる(図1の仮説2)。

図1
図1

本研究は、これらの仮説を、日米中欧韓台など世界の主要企業約8000社の取引関係に関する情報を含んだデータを利用して検証した。このデータを使えば、主要企業のグローバル・サプライチェーンが把握できるので(図2)、各企業が最終メーカーから数えて何番目のサプライヤーかが分かる。その結果、サプライチェーンのどこに位置するかではなく、むしろサプライヤー間の競争が激しいことや顧客企業の交渉力が強いことが信用取引の要因となっていることが分かった。

図2
図2
(出所)Kashiwagi, Yuzuka, Yasuyuki Todo, and Petr Matous. 2018. "Propagation of Shocks by Natural Disasters through Global Supply Chains." RIETI Discussion Paper, 18-E-041.

ところが、国別に分析してみると、日本においてのみ、サプライチェーンの上流にいる企業ほど売掛債権が多い。このように、上流に行くほど売掛債権が蓄積されていくようなサプライチェーンが構築されていると、下流企業が何らかの理由で倒産した場合に、企業間信用を媒介としてその影響がサプライチェーンを伝わって伝播するが、上流に行けば行くほどその影響が大きくなってしまう。従って、近年日本政府が現金取引を推奨する通達を出し、信用取引を抑制したことは、その意味では正しかったといえる。ただし、信用取引にはサプライヤーが質の低い部材を納入するのを防ぐという意味もあり、より大きな枠組みで信用取引の是非を考える必要があることも付記しておきたい。

脚注
  1. ^ 東京商工リサーチ(2013),「平成25年度下請代金の受取等に関する調査事業報告書」,中小企業庁委託調査,http://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2014fy/E003719.pdf
  2. ^ 中小企業庁(2016),「下請代金の支払い手段について」,中小企業庁ウェブサイト,http://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/shiharaisyudan.htm
  3. ^ 中小企業庁(2017),「「自主行動計画FU調査」結果概要及び「下請Gメン・ヒアリング」結果概要と今後の対応について」,中小企業・小規模事業者の活力向上のための関係省庁連絡会議資料,https://www.kantei.go.jp/jp/singi/katsuryoku_kojyo/torihiki_wg/dai2/siryou1-1.pdf