ノンテクニカルサマリー

ネットワーク上のスピンダイナミクスに基づくマクロ健全性モデル

執筆者 池田 裕一 (京都大学大学院総合生存学館)/吉川 洋 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト マクロ・プルーデンシャル・ポリシー確立のための経済ネットワークの解析と大規模シミュレーション
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「マクロ・プルーデンシャル・ポリシー確立のための経済ネットワークの解析と大規模シミュレーション」プロジェクト

2008年の世界的な経済危機を通して、個別の金融機関の健全性を確保するための通常のミクロなプルデンシャル政策では不十分であり、金融セクター全体に関するプルデンシャル政策が必要とされるようになった。本研究では、各企業の健全性を良否の2値で表し、企業間取引ネットワーク、融資ネットワークおよび外的ショックを考慮したモデルを用いて、金融セクターの悪化が実体経済の悪化をもたらすチャネルの存在を明らかにした上で、観測可能なマクロ変数により金融セクターに働く外的ショックを説明することを試みる。

1980年から2015年までの期間について、事業会社と銀行の日次株価時系列から求めた2値変数の時間推移を調べた。事業会社の相互作用は、企業間取引ネットワークと融資ネットワークを通じて行われる。企業間取引ネットワークは、東京商工リサーチの企業相関データに収録された販売先と仕入先の関係性から上場企業のみを取り出して構成した。また、融資ネットワークは事業会社とその融資元である銀行から構成した。企業と銀行の各々について2値変数の総和をマクロ健全性指標とする。図1 (a)に企業のマクロ健全性指標の時間推移を示す。バブル期、危機期が明確に見られる。企業間取引ネットワークのコミュニティ(産業群)構造を明らかにして、銀行と各々のコミュニティに働く外的ショックを推定した。1990年のバブル崩壊、1998年の日本金融危機では、図1 (b)の金融セクターに働く外的ショックでは負のショックが見られるが、企業コミュニティC4(農林水産業、鉱業、建設業、輸送機器産業、精密機械産業に分類される企業)、C5(石油産業、石炭産業、ゴム産業、窯業、鉄鋼業、非鉄金属製造業、金属製品製造業に分類される企業)には負のショックはない。これらの時期のマクロ健全性指標は経済危機を示しており、金融セクターの悪化が実体経済の悪化をもたらすチャネルの存在が明らかになった。従って、金融セクターに働く外的ショックを注視することは、プルデンシャル政策にとって有益であろう。

さらに、マネタリーベース、コールレート、為替、マネーストック、貸出金(都市銀行)、住宅地価格指数、倒産件数などの観測可能なマクロ変数と金融セクターに働く外的ショックの先行遅行関係を、VAR (Vector Auto-Regression:多変量自己回帰)モデルを用いて調べた。その結果、経済危機の発生時において、(1) コミュニティC5(石油産業、石炭産業、ゴム産業、窯業、鉄鋼業、非鉄金属製造業、金属製品製造業に分類される企業)、C15(化学工業、石油化学製品製造業、卸売・小売業、不動産業に分類される企業)に働く外的ショック、マネタリーベース、マネーストック、銀行貸付、倒産の遅行、(2) 為替の先行、 (3) コールレート、為替、マネーストック、地価に影響を与える変数の増加、(4) 銀行貸付に影響を与える変数の減少、(5) 金融セクター以外の外的ショック、コールレート、為替、マネーストック、地価が影響を与える変数の増加、(6) マネタリーベース、住宅地価格指数が影響を与える変数の減少などが、その予兆として生ずることが明らかになった。

図1
図1
(a)企業のマクロ健全性指標、(b)金融セクターに働く外的ショック、(c)C4に働く外的ショック、(d) C5に働く外的ショック。1990年のバブル崩壊、1998年の日本金融危機では、図1(b)の金融セクターに働く外的ショックでは負のショックが見られるが、企業コミュニティC4、C5には負のショックはない。