ノンテクニカルサマリー

政府による人的資本投資が訓練内容に及ぼす影響

執筆者 児玉 直美 (コンサルティングフェロー)/横山 泉 (一橋大学)/樋口 美雄 (慶應義塾大学)
研究プロジェクト 日本企業の人材活用と能力開発の変化
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「日本企業の人材活用と能力開発の変化」プロジェクト

かつて、日本企業は社員に対して非常に熱心に教育訓練を施した。低い離職率、企業内労働組合、年功的な賃金体系が、企業の長期的な視点で、労働者の技能を上げる人的投資を可能にしていた。しかしながら、1990年代以降、企業業績の低迷や競争激化によって、日本企業は人的資本投資を減らした。また、非正規雇用の増加や離職率の上昇に対応して、労働者の側も、自己防衛のために、自己投資をするインセンティブを強く持つようになってきた。

この研究では、まず、労働者の自発的な人的投資が賃金率に与える影響、更には、どのような人がどのような訓練に参加し、その結果、訓練内容によって自己啓発が賃金率に与える影響を検証した。個人レベルの異質性をコントロールした我々の推計によると、自己啓発は賃金率を7%程度上昇させ、その効果は特に実務的な訓練において大きい。また、正規社員はリターンが高い現在の業務に関連する実務的なプログラム(具体的には、オフィス事務・パソコン操作、情報処理技術など)を選択する傾向がある一方、非正規雇用は賃金面でリターンが低いスクーリング(たとえば、専門学校、大学大学院などに通う)を選ぶ傾向がある。この傾向は、訓練プログラムの自己選択を通じて、潜在的に賃金格差を拡大させる可能性がある。スクーリングを選択した人が、もし実務的訓練を選択していた場合の仮想現実をシミュレートすると、賃金は上昇していたであろうことが分かる(図1)。反対に、実務的訓練を選択した人が、仮にスクーリングを選択したら賃金はそれほど上昇しなかったであろう(図2)。

我々の推計では、教育訓練給付金は、正規、非正規社員ともにリターンが高いプログラムを選ぶ確率を高める。これは、教育訓練給付金は実務的な訓練に誘導し、その結果、賃金率を高める効果があることを示唆する。

図1:スクーリングの参加前後及び仮想現実の賃金率の分布
図1:スクーリングの参加前後及び仮想現実の賃金率の分布
(注)黒の太線は訓練参加前、赤の細線は訓練参加後、青の点線はスクーリングを選択した人が、もし実務的訓練を選択していた場合の賃金分布。
図2:実務的訓練の参加前後及び仮想現実の賃金率の分布
図2:実務的訓練の参加前後及び仮想現実の賃金率の分布
(注)黒の太線は訓練参加前、赤の細線は訓練参加後、青の点線は実務的訓練を選択した人が、もしスクーリングを選択していた場合の賃金分布。