ノンテクニカルサマリー

貿易自由化、生産技術模倣、及び知的財産保護

執筆者 Arghya GHOSH (University of New South Wales)/石川 城太 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト オフショアリングの分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「オフショアリングの分析」プロジェクト

先進国の企業が途上国に財を供給すると生産技術を模倣される可能性、すなわち、技術がスピルオーバーする可能性が生じる。そこで、途上国に進出する先進国企業にとっては途上国政府のIPR(知的財産権)保護水準が重要となる。先進国企業は、IPR保護水準を考慮に入れながらスピルオーバーをなるべく避けるべく財の供給方法を選ぶと考えられる。

図

輸出とFDI(海外直接投資)とを比較すると、FDIの方が現地企業に近い分、スピルオーバーが大きくなると予想されるかもしれない。しかし、途上国企業も生産技術を模倣するためには投資(模倣投資)が必要であり、この投資を考慮すると実はこの予想は必ずしも正しくない。このことは、輸入自由化の程度が、FDIの際の模倣投資には影響を与えないものの、輸入の際の模倣投資には影響を与えることから生じる。すなわち、貿易費用が高いと先進国企業の輸出競争力が落ちるので、途上国企業の模倣による便益が高まるため、模倣投資の誘因が高まる。場合によっては、FDIのときよりも模倣が活発になるのだ。このことは、貿易自由化を進めると模倣投資の誘因が減じて、スピルオーバーが低下することを意味する。したがって、もし途上国政府のIPR保護水準が十分でない場合には、その国に貿易自由化を迫ることで途上国企業の模倣投資を減少させることが可能となり得る。

途上国にとっては、先進国企業の輸出とFDIを比較すると、FDIの場合の方が経済厚生が高くなる可能性がある。その理由は、FDIの方が模倣費用が小さく、また先進国企業が貿易費用を負担しない分、財の市場価格が低くなるからだ。また、先進国企業は、模倣がひどくなれば、模倣を阻止するような投資を行う可能性がある。途上国にとっては、そのような投資がない場合の方が、経済厚生が高くなる可能性が高い。模倣費用が小さくなるし、先進国企業が投資費用を負担しない分、財の市場価格が低くなるからだ。したがって、途上国政府は、先進国企業がFDIを選ぶような、そして模倣阻止の投資をしないようなIPR保護水準を設定する誘因を持ちうる。ただ、先進国企業・政府にとっては、途上国政府にとって最適なIPR保護水準はまだ十分でない可能性が高く、保護水準を高めるべく交渉すべき余地があろう。

先進国企業は、途上国企業にライセンスを供与して生産させる可能性もある。ライセンス生産の下では、もし最新の技術を供与するのであれば、途上国企業にとって模倣の誘因はほとんどない。先進国企業は、途上国企業との技術格差が大きくもなく小さくもないときにライセンス契約を結ぶ誘因がある。なぜなら、格差が大きいときは、模倣されたとしてもまだ先進国企業の市場支配力が大きいのでライセンスを供与しないし、格差が小さいときは、先進国企業にとってライセンスの費用負担が大きくなってしまうからだ。そして、途上国のIPR保護水準もライセンスの誘因に影響を与える。ライセンス生産が可能な場合、FDIの場合と比較して途上国政府はIPR保護水準を高める誘因をもちうる。したがって、先進国政府がライセンス契約を促進するような政策をとれば、途上国のIPR保護水準が高まる可能性がある。