ノンテクニカルサマリー

マクロ経済変数を伴う物価の集団運動に関する実証的研究

執筆者 吉川 悠一 (新潟大学)/家富 洋 (新潟大学)/青山 秀明 (ファカルティフェロー)/吉川 洋 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト マクロ・プルーデンシャル・ポリシー確立のための経済ネットワークの解析と大規模シミュレーション
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「マクロ・プルーデンシャル・ポリシー確立のための経済ネットワークの解析と大規模シミュレーション」プロジェクト

長期にわたる経済停滞から脱却するために、日銀は年率2%との明確なインフレ・ターゲットを設定し、大規模な金融緩和政策を2013年から続けている。「デフレが不況の原因」との考え方がその根底にある。しかし、物価変動と景気変動との因果関係については、「鶏が先か、卵が先か」の不毛な議論が昔から続いているに過ぎず、議論の出口を一向に見渡すことはできない。このようなデッドロックの状況を打破するためには、客観的なデータに基づく冷徹な実証研究を進めることが切に望まれる。以上を背景に、本研究は行われた。

解析に用いたデータは、中分類の個別物価指数(輸入、生産、消費)と景気動向指数(先行、一致、遅行)、円ドル為替レート、マネーストック(M2)、 ベースマネーなどのマクロ経済変数とを組み合わせた多変数月次データ(1985年1月から2016年12月までの期間)である。これらの時系列データは誰もが簡単に入手でき、すでに多くの研究者によってさまざまな角度から分析されてきた。しかしながら、最新の解析手法(複素ヒルベルト主成分分析)を用いることにより、個別物価同士が協調して変動する物価連動が、「ノイズの海」の中に隠れて存在していることを見出した。その物価連動は、サプライチェーンの川上にある素原材料から川中の中間財、そして川下の最終財へと物価の上昇/下降が時間的な遅れを伴って順次伝搬していく様子を如実に表している。

特筆すべきは、発見された国内個別物価の連動が、経済ショックの有無によらず安定して観測されることである。この事実は、個別物価間の相互作用によって、そのような物価の集団的な振る舞いが内生的に生まれていることを強く示唆する。つまり、物価の集団運動は経済の摂理であって、人が1つの政策によって物価変動の伝搬様式を簡単に変えることはできないことを意味する。しかし、逆に、物価の集団運動の仕組みを知れば、物価全体を容易に動かすことができるのである。例えとして、ブランコを思い起こせばよい。ブランコを漕ぐことは初心者にはとても難しいが、骨(ブランコの固有振動の性質)をつかめば、誰もが容易にブランコを楽しむことができる。

物価変動が川上から川下へ向かって波及するとの結果は、一見当たり前に思える。しかし、必ずしも経済研究者の間で共有されているとは言い難い。現状、物価の決定メカニズムに対して市場的な見方が主流であり、個別物価の集団的な運動などとの発想は出てこないからである。

さらに、本研究は、国内個別物価の連動が2つの異なる要因によって駆動されることを明らかにした。1つの要因は円ドル為替レートであり(第1モード)、もう1つは国内需要である(第2モード)。第1モードは、円安/円高による原材料価格の上昇/下降が川上から川下へ徐々に減衰しながら伝搬する様子を表す。他方、第2モードでは、そのような物価変動の波及の減衰は観測されず、国内需要の変化によって(為替レートとは無関係に)上流から下流にわたって経済全体が影響を受ける状況が表現されている。以上の結果は、物価に着目して実体経済を語る上では、 2つの物価変動モードがあることを正しく認識する必要があることを示す。特に、第2モードが重要である。

最後に冒頭の基本的問いかけに戻る。前述の2つの物価変動モードのどちらにおいても、景気変動が国内物価の集団運動に対して先行している。つまり、景気が先との結論が実証的に得られた。図1は、本研究で得られた結果を模式図的にまとめたものである。このような物価の集団運動に関する知見が、エビデンスベースの政策立案に大いに役立つものと期待される。

図1:国内物価群(生産者物価、消費者物価)の相互作用に基づく集団的振る舞いと2つの駆動因子(円ドル為替レート、国内需要)
図1:国内物価群(生産者物価、消費者物価)の相互作用に基づく集団的振る舞いと2つの駆動因子(円ドル為替レート、国内需要)