ノンテクニカルサマリー

サードセクター組織におけるミッション・ドリフトの発生要因

執筆者 小田切 康彦 (徳島大学)
研究プロジェクト 官民関係の自由主義的改革とサードセクターの再構築に関する調査研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究 (第四期:2016〜2019年度)
「官民関係の自由主義的改革とサードセクターの再構築に関する調査研究」プロジェクト

ミッション・ドリフト(mission drift)とは、組織の資源や活動が、その組織の公式的な目的からそれること指す。このミッション・ドリフトは、近年、政府とサードセクターとの関係が緊密になる中で、その課題の1つとしてしばしば議論がなされてきた。たとえば、政府は利用者が多く普遍的なサービスを提供することを望むため、サードセクター組織がミッションを政府の意向に合わせてしまうケースや、組織の顧客がサービスの購入者である政府に移行し、その結果、本来のサービス利用者へのサービスが行き届かなくなるケースが指摘されている。サードセクター組織は活動に必要な諸資源を自ら調達することは難しく、組織外部に資源を依存している。それゆえ、その資源提供先となる政府の影響を強く受けることになるのである。

このミッション・ドリフト問題については、規範的に危険性を指摘する論調が多くを占め、そのメカニズムを検討するような科学的分析は十分に行われていない(小田切2014)。本稿では、独立行政法人経済産業研究所が実施した平成29年度「日本におけるサードセクターの経営実態に関する調査」の個票データを用いて、サードセクター組織のミッション・ドリフト発生の要因について実証的に分析した。具体的には、財源とミッション・ドリフトとの関係を検証した。第1に、個人や民間企業の寄付・会費(民間フィランソロフィー)、政府資金、そして、事業収入、という3つの財源の獲得がミッション・ドリフト発生の要因として説明されるのか否か、検討した。第2に、特定の財源への依存を回避する財源の多様化がミッション・ドリフトの発生を抑制するという関係が実証されるのか否か、検討を行った。

分析から得られた主要な知見は、第1に、財源としての継続性が見込まれ自由度の高い「事業収入」に依存するほどミッション・ドリフトは起こりやすく(図1)、一方で、民間セクターからの寄付や会費・助成金といった「民間フィランソロフィー」はミッション・ドリフトには結びつきにくい点である(図2)。こうした関係は、先行研究で規範的に指摘されてきたが、日本の実態を基に実証されたといえる。もっとも、この結果は、サードセクター組織の事業活動(商業的活動など)を回避するべきであるといったような含意を導くものではない。調査データからは、日本において、深刻なミッション・ドリフトが実際に生じていると推察されるのはサンプル全体の1割に満たないことが明らかになっており、現状としては、深刻な問題としてミッション・ドリフトを捉える必要はないと考えられる。

第2に、財源の多様化はミッション・ドリフトを抑制するのではなく、逆にその発生に結びつく点である(図3)。これは先行研究での指摘と大きく異なっている。この結果に従うとすれば、財源多様化は、ミッション・ドリフトという文脈においては有効な戦略になり得ないことになる。このような結果が得られた理由としては、財源の多様化は、ステークホルダーのプレッシャーとミッション追及との整合の難しさを孕んでいる可能性が指摘できる。たしかに、財源の多様化は、特定のステークホルダーのミッションへの介入を防ぐ目的では有効な戦略かもしれない。しかし、資金を提供するステークホルダーが増加すれば、そこからの複数のプレッシャーを調整するコストや、それらを自組織のミッションと整合させるコストも大きくなるだろう。すなわち、財源の多様化が過度に進展すると、ミッション・ドリフトは生じやすくなる側面があると推察されるのである。

図1:年間総収入額に占める事業収入額の比率×ミッションと活動内容の一致度
図1:年間総収入額に占める事業収入額の比率×ミッションと活動内容の一致度
図2:年間総収入額に占める民間フィランソロフィーの比率×ミッションと活動内容の一致度
図2:年間総収入額に占める民間フィランソロフィーの比率×ミッションと活動内容の一致度
図3:財源多様化指標(Herfindahl - Hirschman Index)×ミッションと活動内容の一致度
図3:財源多様化指標(Herfindahl - Hirschman Index)×ミッションと活動内容の一致度
※Herfindahl - Hirschman Index(HHI)は、財源の集中度・分散度が評価可能な指標である。単独の財源から収入を得ているほど値は1に近づき、逆に、分散するほど0に近づく。
文献
  • 小田切康彦(2014)『行政-市民間協働の効用:実証的接近』法律文化社.