ノンテクニカルサマリー

再生可能エネルギー固定価格買取制度の法的問題―投資協定仲裁における争点―

執筆者 玉田 大 (神戸大学)
研究プロジェクト 現代国際通商・投資システムの総合的研究(第III期)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「現代国際通商・投資システムの総合的研究(第III期)」プロジェクト

再生可能エネルギー(主に太陽光)の固定価格買取制度(FIT制度)は、欧州諸国で広く採用され、我が国でも開始されている。他方、FIT制度は本質的に「国家補助」「補助金」制度であり、固定価格(調達価格)を設定して、故意に新市場を形成するものである。その結果、市場歪曲性が大きく、賦課金を通じて大きな負担を電気消費者に負わせることになる。欧州諸国では既にFIT制度の改廃が進んでおり、徐々にFIP制度(卸売市場価格にプレミアムを上乗せした価格での買取)や入札制度が導入されつつある。この点は我が国のFIT制度でも同様の経緯を辿ることが予想される。このように、FIT制度自体は過度的・暫定的な性質を有しており、いずれにせよ改廃されることを免れない。

ここで、制度の改廃に伴う法的問題が生じる。特に注目するのは、国際投資協定に基づいて利用可能となる投資仲裁(ISDS: Investor-State Dispute Settlement)である。スペインでは、2007年にFIT制度(具体的には、市場価格にプレミアムを上乗せして売却するシステムあるいは全量買取システムとの選択が可能)を開始し、このFIT制度から生じた巨額債務に対応するため、2013年に突然制度を廃止した。そのため、スペイン政府に対して、投資協定上の投資保護義務(主に公正衡平待遇(FET)義務の違反)を主張して、諸外国の投資家が数多くの投資紛争を投資仲裁に付託する案件が発生している。イタリア、カナダを相手とする投資仲裁も僅かに発生している。本稿では、これらの投資仲裁案件を分析し、如何なる法的問題が争点となっているかを明らかにした上で、日本版FIT制度の改廃に際して注意すべき点を指摘する。

仲裁例
事件名 仲裁機関 仲裁判断 判断
Charanne v. Spain Arbitration No. 062/2012 Final Award (21 January 2016) ECT適用。オランダ企業&ルクセンブルク企業対スペイン。(1) 投資財産は株式。間接収用(=剥奪・破壊)なし。(2) FET違反なし(「特定の約束」がない。約束が無い場合の3要件を満たさない)。全請求を棄却。
Isolux v. Spain SCC V2013/153 Award (6 July 2016) ECT(エネルギー憲章条約)適用。オランダ企業対スペイン。(1) ECT13条(FET):投資開始時、投資家は法令変更の予見可能。FET違反なし。(2) ECT 10条(収用):投資財産(株式保有)の損失がない。
Eiser v. Spain ICSID Case No. 13/36 Award (4 May 2017) ECT適用。英国企業&ルクセンブルク企業対スペイン。FET判断ですべてをカバー(収用判断は不要)。2013-2014年の「劇的で突然の」制度変更あり、FET違反。賠償命令。
Mesa v. Canada PCA Case No. 2012-17 Award (24 March 2016) NAFTA適用。米国企業対カナダ。 (1) PR禁止については管轄権なし。(2) FITは「調達」に該当する。調達例外規定により、差別禁止(NT/MFN)の適用なし。(3) FET違反なし
Windstream v. Canada PCA Case No. 2013-22 Award (27 September 2016) NAFTA適用。米国企業対カナダ。FIT契約の停止(モラトリアム)。(1) 収用(間接収用)は否定。(2) FET違反あり。(3) 差別禁止(NT/MFN)の違反なし。賠償命令。

(1) 仲裁判断の分析
対スペイン案件に関しては、扱われている事案の事実関係が大きく判断結果に影響を与えている。判断枠組み自体に大きな差は存在せず、「特別の約束」(specific commitment)が存在しない場合に、3要件(合理性、公共利益、比例性)を適用して、公正衡平待遇(FET)義務の有無を審査している。Charanne事件とIsolux事件ではFET義務違反は認定されていない。他方で、Eiser事件では、判断枠組みが異なり、FET義務には制度の「劇的で突然の変更」が行われないという「期待」が保護されると指摘した上で、スペインFIT制度の廃止はFET義務に違反すると結論付けている。この点で、Eiser事件の仲裁廷の判断は近年の仲裁例から見てもやや特異な側面を有しており、今後も同様の判断が踏襲されるか否か、注目されるところである。

(2) 日本のFIT制度の分析
日本版FITについては、2016年に改正FIT法が成立し、2017年に施行されている。欧州と同様に、徐々にFIT制度上の利益享受レベルを低減し、入札制度などへ移行させることが想定されている。ただし、調達価格(固定価格)が一定期間は維持されることが織り込まれており、また入札制度も調達価格を決定する際に導入されるに止まっており、投資紛争を惹起する危険性はないものと思料される。ただし、今後は、原発再稼働や賦課金負担の長期化に伴い、FIT制度の廃止という世論が急速に形成される危険も否定し得ない。その際には、上記で見たような投資仲裁の判断傾向を踏まえて、あまりに急激で突然の変更は差し控える必要がある。