ノンテクニカルサマリー

国有企業を通じた輸出促進と相殺関税

執筆者 蓬田 守弘 (上智大学)
研究プロジェクト 現代国際通商・投資システムの総合的研究(第III期)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「現代国際通商・投資システムの総合的研究(第III期)」プロジェクト

近年、通商政策の分野において国有企業が注目されている。その背景には、政府により優遇された国有企業が国際競争を通じて民間企業に悪影響を与えているとの懸念がある。実際、中国など新興国の貿易・投資が拡大するにつれ、米国と中国の間では国有企業をめぐる紛争が激化している。米中間摩擦の争点の1つは、国有企業による中間財の提供に関わる問題である。米国は中国の国有企業による低価格での中間財提供を補助金と見なし、そのような中間財から製造された中国製品の輸入に相殺関税を発動した。これを不服とする中国はWTOに提訴し、2011年3月にWTO上級委員会は中国の主張を一部認める判断を下した。だが、その後中国は米国がWTO勧告を履行していないとの理由から、2016年5月に再度パネルの設置をWTOに要請し、未だ紛争の解決には至っていない。

政府はどのように国有企業の中間財価格を操作し最終財輸出を促進するのか。最終財輸入国は相殺関税措置によってこのような輸出促進を防止できるのか。本稿では簡単な国際寡占モデルを構築してこのような課題を検討した。以下、分析結果から得られた政策的含意を説明しよう。

WTOルールの補助金協定では補助金は次のように定義されている。第1に補助金とは(a)政府または公的機関からの(b)資金的貢献によって(c)受け手の企業に利益が生じるもの。第2に「資金的貢献」とは、政府が企業に対して対価を得ることなく給付する「贈与」に限られず、減税措置や物品・サービス提供も含まれる。近年の相殺関税措置をめぐる米中間の紛争では、(1)中国の国有企業が公的機関であるか否か、(2)中間財の提供が補助金か否かの2点が主要な論点となっている。WTO上級委員会による各論点についての判断は次の通り要約される。論点(1)については、政府が株式を保有しているという事実のみでは公的機関とは言えず、政府権限を保有、行使、あるいは委譲されているという事実が必要である。論点(2)については、国有企業を通じた中間財の低価格での提供も協定の対象となりうる。

本稿の分析では、国有企業が政府の指示のもと利潤に加え企業規模の拡大を目的として中間財価格を決定すると想定した。つまり、政府が経営目的の決定を通じて国有企業の行動を支配することから、本稿の分析における国有企業は上級委員会の想定する公的機関であると解釈できよう。本稿では相殺関税の発動が制度的に禁止されている場合、政府の指示のもとで国有企業は限界費用割れで中間財を提供し、最終財の輸出を促進することが明らかにされた。また、最終財輸入国の生産効率が最終財輸出国よりも十分に高い場合、相殺関税の発動を制度的に認めることで、国有企業を通じた輸出促進を防止し世界全体の経済厚生を改善できることがわかった。この帰結は、国有企業を通じた中間財の低価格での提供を協定の対象とすることが、経済合理性の観点から支持される場合があることを示唆する。

最後に相殺関税措置と国有企業をめぐる米中間紛争に対する政策的含意を要約しておこう。米国は中国の国有企業による中間財の低価格提供を補助金とみなし、そのような中間財から生産された最終財の輸入に対して相殺関税を発動した。米中全体の経済厚生の観点から、相殺関税の発動をWTOルールにおいて認めるべきか。本稿の分析結果によると、その答えは米中間の生産効率格差に応じて決まる。

生産効率の国際格差 中国の方が米国より高い 米国の方が中国よりやや高い 米国の方が中国より極めて高い
相殺関税の発動 認めるべきでない どちらとも言えない 認めるべきである