ノンテクニカルサマリー

ブミプトラ政策の文脈からみたマレーシアの政府系企業(GLC)改革

執筆者 熊谷 聡 (アジア経済研究所)
研究プロジェクト 現代国際通商・投資システムの総合的研究(第III期)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「現代国際通商・投資システムの総合的研究(第III期)」プロジェクト

マレーシアでは独立以来、通称ブミプトラ政策と呼ばれる先住民優遇政策が実施されてきた。このブミプトラ政策は、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)のような国内規制にも踏み込む高レベルの自由貿易協定においてしばしば問題となる。より具体的には、国有企業の財やサービス調達に関する無差別・商業的な判断の原則違反などが問題となる。本稿では、そのブミプトラ政策の歴史を振り返り、政府系企業(GLC(Government Linked Companies))を中核とした現在の政策実施形態がなぜ選択されたのかを、企業統治の観点から明らかにしていく。

マレーシア政府はTPP交渉においてブミプトラ政策を守る姿勢を当初より明確にし、結果的にも関連規定を例外扱いとすることに成功した。こうした同国の振る舞いを理解するためには、第1に、経済政策の範囲を超えて憲法上にも規定があるブミプトラ政策について歴史的背景を知る必要がある。特に外国人の視点からは、ブミプトラ政策については過剰なアファーマティブ・アクションであり、早急に廃止すべきとの見方が一般的である。しかし、ブミプトラ政策は独立時に形成された、マレーシア国家の根幹をなす多民族融和の「立憲的契約」の中心であり、憲法内にも関連する規定がある。こうした背景からは、通商交渉において、マレーシア政府からブミプトラ政策についての妥協を引き出すことは極めて難しいことが分かる。

マレーシアのGLCについては、2004年以降GLC改革プログラムと呼ばれる、国有のままで専門経営者に経営を任せてコーポレートガバナンスを強化する改革が実施されてきた。その結果、G20と呼ばれる代表的なGLCには主にASEAN域内で展開する優良企業も少なくない(下表参照)。したがって、マレーシアのGLCでは、ベトナムの国営企業のように、将来的な民営化が既定路線となっている訳ではなく、むしろ、過去に民営化も含めてさまざまな経営形態を試行錯誤した末にたどり着いた1つの「解」がGLCであるといえる。近い将来、GLCが積極的に民営化される可能性は低く、通商交渉において民営化を前提とした議論を行ってもかみ合わない可能性が高い。

表:G20(主要GLC20社)一覧
表:G20(主要GLC20社)一覧
(出所)熊谷(2017)、表7-1。
(注1)株式保有比率は2015〜16年において入手可能な最新時点のもの。時価総額は2015年7月28日時点、ただしMalaysian Airlineのみ2014年12月19日時点
(注2)PNB(Permodalan Nasional Bhd)社は、主にブミプトラが購入できる国営投資信託の運営を行う会社。1100万人が口座を持つ。
カザナ(Khazanah Nasionl Bhd)社はマレーシアの政府投資ファンドで、国家の戦略的投資を行っている。
EPF(Employees Provident Fund)は雇用者年金基金の略称。マレーシアの年金制度の中核を担い679万人が積立を行っている。
LTH(Lembaga Tabung Haji)は巡礼基金の略称。ムスリムがメッカに巡礼するための積立基金で、資金の運用はイスラムの教義にそって行われる。885万人が積立を行っている。
LTAT(Lembaga Tabung Angkatan Tentera)は士官以外の軍人のための年金基金。

現在のナジブ政権下では、2013年の第13回総選挙以降、ブミプトラ政策を再強化する流れが強まっており、通商交渉においてブミプトラ政策やGLC関連規定でマレーシア政府が妥協する余地はますます狭くなっているといえる。TPP11については、基本的に米国市場へのアクセスを最優先としてきたマレーシア政府にとってはそれに関与するインセンティブは高くない。しかし、代替的な枠組みが米国との2国間FTAである以上、より厳しい交渉が想定され、「米国の復帰を待つ」という姿勢が明確になれば、マレーシア政府もTPP11を拒絶する理由はないように思われる。

参考文献
  • 熊谷聡.(2017).「政府系企業(GLC)tとブミプトラ政策:コーポレートガバナンスの視点から」中村正志編「ポスト・マハティール時代の政治経済分析」近日刊行予定。アジア経済研究所.