ノンテクニカルサマリー

テクノロジーの進化による不安の背景分析

執筆者 戸田 淳仁 (リクルートワークス研究所)/中馬 宏之 (ファカルティフェロー)/林 晋 (京都大学)/久米 功一 (東洋大学)
研究プロジェクト 人工知能が社会に与えるインパクトの考察:文理連繋の視点から
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

イノベーションプログラム (第四期:2016〜2019年度)
「人工知能が社会に与えるインパクトの考察:文理連繋の視点から」プロジェクト

問題意識

テクノロジーの進化は我々の生活を豊かにしてきた半面、テクノロジーが進化することにより我々の生活や仕事に負の影響を及ぼすのではないかという不安も出ている。こうした不安が国民の間に高まると、新技術の導入に対しての抵抗がおこり、我が国における新技術導入による恩恵を受けられない可能性がある。現時点で起こっている不安についてその背景を分析し、不安の程度を適切にコントロールすることが新技術の導入、普及、それに伴う恩恵の享受には不可欠であろう。

そこで本稿では、(独)経済産業研究所が実施した、平成28年度「日米における仕事とテクノロジーに関するインターネット調査」の個票データを用いて、仕事喪失と所得低下の不安に焦点を当てる。日本とアメリカで不安を持っている人がどれだけおり、不安を持っている人にどんな特徴があるのかについて、非認知能力をはじめとした本人の性格、現在の仕事に対する不安との関連に焦点を当てつつ考察した。なお本調査では日米比較において比較しやすいように、一定の専門性があり、職種と仕事内容が日米でほぼ同じと考えられる教師、エンジニア、管理職(部下あり)を選定している。

不安を持っている人の日米比較

図表は新技術の導入にかかる不安についての分布を日米で比較した結果である。所得低下不安については日本では17.0%(3.2+13.8)、アメリカでは34.8%(12.2+22.6)と日本よりもアメリカで所得不安を感じている傾向がある。しかし「どちらともいえない」に注目すると、アメリカが22.1%であるのに対し、日本は52.4%と過半数を越えている。仕事喪失不安について見ると、不安を感じている人は、日本では15.4%(1.8+13.6)であるのに対して、アメリカは32.4%(12.6+19.8)にのぼっている。しかしこちらも、「どちらともいえない」に注目すると、アメリカが20.0%であるのに対し、日本は47.7%にものぼっている。所得低下不安や仕事喪失不安については、いずれも日本よりもアメリカの方が高かったが「どちらともいえない」が日本の方が極端に高く、その影響が他の選択肢の回答割合に及んでいる可能性がある。

図表1:新技術の影響に関する不安の分布
図表1:新技術の影響に関する不安の分布

また、図表1には不安を感じているかについて、職種別の結果を載せているが、教師やエンジニアに比べ部下あり管理職については日米で差が大きいといえる。所得低下不安について、日本の管理職は17.8%(=3.0+14.8)が不安を感じているのに対し、米国では41.1%(=16.8+24.3)と日本の倍以上の割合が不安を感じている。また仕事喪失不安については、日本では18.3%(=1.3+17.0)が不安を感じているのに対し、米国では38.0%(=17.0+21.0)にのぼる。

分析結果からのインプリケーション

さらに、不安を持っている人についての分析を行った結果、不安を持っている人の特徴として、新技術についてわからないので不安を持っているといった傾向も一部で見られたが、新技術についてある程度イメージを持っているにもかかわらず社会環境などの変化に柔軟に対応する人ほど不安を持っている傾向があることがわかった。そうした傾向は日本のみならずアメリカでも見られ、アメリカでは「勤勉性」や「開放性」などの性格的な特徴や、「何か新しいことを知ると、それを試しにやってみる方だ」などの普段の行動によって不安を持っているか否かに有意な違いがあることが分かった。

以上の結果より政策的なインプリケーションが3つほど導き出せると考える。

第1に、新技術の導入・普及に対して人々の理解を深めることである。変化に柔軟に対応できる人ほど不安を感じている背景として、新技術の導入・普及の影響が不確実でありその影響を把握できないために不安に感じていると指摘した。先般、経済産業省の新産業構造部会が新産業構造ビジョンを公表したが、こうした取り組みは人々の理解深化につながるという意味で高く評価できる。あとはこうしたビジョンがより国民1人1人にとって理解をされるものとなることを期待したい。

第2に、非認知能力の重要性を認識し国民の非認知能力を高めることである。勤勉性や開放性を持っている人ほど不安を持っていないという点は、労働市場における成功につながるだけでなくそこに至るプロセスで、将来の不確実性に対しても対応していくために必要な能力がここにある可能性がある。こうした性格を持つように幼児期より教育や家庭環境を充実させていくことが、新技術の導入・普及においても国民の理解や必要性を高める上でも重要であるといえよう。

第3に、現在のスキルに対する不安を持っている人ほど新技術に対する不安を持っている傾向があるため、新技術に対する不安を解消させていくためには、新技術が導入され新しい仕事が生まれるときに適用できるようなスキルを形成する仕組みも必要であろう。日本では、企業内におけるOJTが中心であり、違った仕事に対するスキルを形成する機会は乏しいと言わざるを得ない。政策的にも新しいスキルを身に着ける仕組みを検討してくときであろう。