ノンテクニカルサマリー

大学等公的研究機関が工場への研究開発機能付設に与える影響

執筆者 枝村 一磨 (日本生産性本部)/乾 友彦 (ファカルティフェロー)/山内 勇 (リサーチアソシエイト)
研究プロジェクト 地域別・産業別データベースの拡充と分析 -地方創生のための基礎データ整備-
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「地域別・産業別データベースの拡充と分析 -地方創生のための基礎データ整備-」プロジェクト

問題意識

経済政策の対象として、地方経済に注目が集まっている。2016年4月20日に施行された地域再生法の一部改正では、交付金の交付対象として雇用の創出などの地方創生事業全般や、官民共同による先駆的な事業が指定された。また、第5期科学技術基本計画では、「オープンイノベーションを推進する仕組みの強化」として、企業、大学、公的研究機関における推進体制の強化が掲げられ、大学や公的研究機関と企業との資金的なつながりを強化することが示されている。地方における雇用の創出と、官民共同による先駆的な事業を促しつつ、大学や公的研究機関と企業との連携を推進していくような政策を効果的に実施するには、企業が研究開発機能を工場に付設する際の決定要因を検証する必要がある。実際、企業は国全体の71.6%の研究費を支出していることからも、企業による工場への研究開発機能付設を定量的に分析することは非常に重要である。しかしながら、そのような実証研究はほとんど行われてこなかった。企業による工場への研究開発機能の付設の決定要因を考える際には、当該機能を付設する工場の特徴、企業本社の特徴、地域の特徴、産業集積の度合いを総合的に捉える必要があるが、データの制約もあり、今までは簡単に分析することができなかった。

結果の概要

そこで本稿では、企業が工場に研究開発機能を付設する決定要因として大学等公的研究機関が与える影響を考え、工場立地動向調査の個票データや科学技術研究調査、R-JIPデータベースを用いて実証分析を行った。工場の特性、工場が設置される地域の特性、産業集積を考慮した上で、大学等公的研究機関の立地が工場への研究開発機能付設に与える影響をロジット・モデルによって推計した結果の概要をまとめたのが表1である。公的研究機関と大学に関連する変数について注目すると、全ての工場サンプルを用いた推計と、大都市圏に設置される工場を除いたサンプルによる推計で共通して得られた結果は、最寄りの公的研究機関、大学までの距離の係数が有意にマイナスであったことと、工場の半径30km圏内にある大学の学部数、大学で使用される研究費の額、公的研究機関や大学に所属する研究者数の係数が有意にプラスであったことである。また、工場の周辺10km圏内にある大学等公的研究機関の情報を集計して同様の推計を行ったところ、周辺30km圏内とした場合と共通して得られた結果は、公的研究機関や大学学部の数、大学で使用される研究費の額、公的研究機関や大学に所属している研究者数に関する係数が有意にプラスであったことである。これら一連の推計結果は、大学や公的研究機関から近く、研究規模が大きい大学や公的研究機関が周辺にある工場ほど、研究開発機能が付設される確率が高いことを示唆している。つまり、企業は、大学等公的研究機関に近い場所に工場を設置する際には、研究開発機能を付設する可能性が高い。

一方、工場の周辺30km圏内と10km圏内の大学等公的研究機関に関する情報を用いた比較分析の結果を見てみると、公的研究機関の研究費は10km圏内の場合だと有意ではないが、30km圏内の場合では有意にプラスである。このことは、企業はある程度広範囲の公的研究機関を考慮して、研究開発機能の付設を検討している可能性を示唆している。

表1:推計結果の概要
表1:推計結果の概要
※+はほとんどのモデルで係数が有意にプラス、-はほとんどのモデルで係数が有意にマイナス、空欄はほとんどのモデルで係数が有意でなかったことを示す。

ポリシーインプリケーション

本稿の推計結果は、重要な政策的インプリケーションを持つ。公的研究機関や大学の周辺に設置される工場に研究開発機能が付設されやすいという本稿の推計結果から、自治体が地域の大学等公的研究機関の研究活動を政策的にサポートすることによって、企業の研究開発機能の誘致がしやすくなり、新たな雇用が創出される可能性が指摘できる。製造機能のみを持つ事業工場は、為替変動や低賃金国からの安価な製品の輸入などの外部要因から影響を受けやすく、赤字が続けば企業は工場を閉鎖する。一方、研究開発機能は製品貿易に直接関係しているわけではないので為替変動の影響を比較的うけづらく、製造機能のみの工場と比較すると雇用は安定すると考えられる。したがって、大学等公的研究機関の研究活動を国や自治体が政策的にサポートすることで、知識スピルオーバーによる企業の研究開発活動の活発化だけでなく、地域の雇用も安定するという効果が期待できるであろう。

企業の研究開発機能を誘致する方法としては、大学等公的研究機関に人的、財政的支援を直接行う方法と、当該機関の周辺の土地取得を研究開発機能が付設される工場に限定して優遇するという方法が考えられる 。また、大学等公的研究機関を中心としたクラスターの組織を推進する方法もあろう。さらに、従来から実施されてきた工場立地促進法とも効果的に組合せて、効率的に政策を進めるという方法もある。