ノンテクニカルサマリー

中国産品輸入に対するAD税賦課:中国WTO加盟議定書15条a項ii号の失効の意味と対応策

執筆者 梅島 修 (高崎経済大学)
研究プロジェクト 現代国際通商・投資システムの総合的研究(第III期)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「現代国際通商・投資システムの総合的研究(第III期)」プロジェクト

2001年12月11日に世界貿易機関(World Trade Organization、以下「WTO」)に加盟した中華人民共和国(以下「中国」)は、その加盟条件の1つとして、中国産品に対するアンチダンピング調査(以下「AD調査」)におけるダンピングマージン(輸出価格と正常価額の差)計算の正常価額として、GATT第6条およびAD協定第2条に従って認定されるべき中国の価額ではなく、市場経済における価額を適用すること(以下「非市場経済方式」という)を認めた。

米国は、1988年包括通商競争力法第1316条により1930年関税法に非市場経済国条項を新設して、商務省に輸出国を非市場経済国と指定する権限を与えた。この権限に基づき中国を非市場経済国と認定し、これまで、全ての対中国産品AD調査において、非市場経済方式を適用している。米国は、非市場経済方式として代替価値法を採用している。EUは、1998年の基本AD規則改正により中国を非市場経済国と認定し、調査対象産品の生産及び販売について市場経済の状況が浸透していることが証明されない限り、非市場経済方式として類似国価格を用いることとした。それら正常価額の認定方法の概要を図表1に示した。

図表1:正常価額の認定方法の比較
市場経済国方式 非市場経済方式
代替価値(米国) 類似国価格(EU)
輸出生産者の輸出国内の販売価格。それが使用できないときは輸出生産者の構成価額(原産国の製造原価に財務費用を含む販売一般管理費および利益を加えた価額)または第三国輸出価格 生産者の構成価額のうち、投入財単価を市場経済国の単価に置き換えて計算した価額 市場経済国である第三国の生産者が生産した産品の販売価格又は構成価額

中国がWTOに加盟した後、中国産品輸入に対するAD措置の重要性、そして非市場経済方式を適用する必要性はさらに高まっている。米国は、中国がWTOに加盟する前年の2000年には中国産品の対米輸出額の1.5%にAD措置を課していたが、2015年には同7%まで拡大しているとされている。G20諸国全体でも、2013年には中国産品輸入額の7%に貿易救済措置を課しており、そのほとんどがAD措置であったとされている。

また、正常価額を非市場経済方式により認定することにより、市場経済方式に拠った場合に比して高いAD税率を課すことができている。米国の例では、個別レートでは市場経済国に対するAD税率の約3.2倍を、その他レートでは約2.6倍を上回るAD税率を課している。さらに、中国産品の正常価額の認定に市場経済方式を適用することとした国では、AD調査件数自体が減少しているとの報告もある。

このように、中国産品の正常価額に非市場経済方式を適用する米国、EU、カナダ、そしてわが国にとって、当該方式を今後も適用できるか否かは重要な問題である。

中国産品のAD調査において非市場経済方式を適用することは、中国WTO加盟議定書第15条a項の規定によって認められている。そのうちii号は2016年12月11日をもって失効したが、その失効の効果について、専門家の間で図表2のように解釈が分かれている。

図表2:15条a項柱書の意味およびii号失効の効果についての解釈
立証責任転換説 非市場経済推定継続説 市場経済地位賦与説
a項柱書(現在も有効)の意味 輸入国に、中国産品の正常価額認定に非市場経済方式を適用する権限を与えている。 輸入国に、中国経済は非市場経済であると推定して、正常価額認定に非市場経済方式を適用することを認めている。 単なる導入文に過ぎない。輸入国は、何らの権限も与えられていない。
ii号失効の効果 中国生産者は非市場経済にあると推定することはできない。
輸入国側が、中国企業、中国産業または中国全体が非市場経済にあることを証明した場合、非市場経済方式を適用することができる。
中国企業が、個別に市場経済であることを立証した場合、市場経済方式を適用しなければならない。
かかる立証のない場合、非市場経済方式を適用できる。
中国は非市場経済であるとする推定は、a項ii号にある。
よって、ii号失効後は市場経済方式を適用しなければならない。

WTO協定は、全ての文言に意味と効果を与えるよう解釈されなければならず、また、条項が重複しまたは無効となるように解釈されてはならない。この点から、立証責任転換説が適切な解釈を提示している。ii号の失効により非市場経済の推定は適用できなくなる一方、a項柱書は、非市場経済方式を適用する権限を輸入国に与えたのみで、かかる推定は規定していない。よって、中国生産者が市場経済にあることを証明しないことを根拠として非市場経済方式を適用することはできない。したがって、輸入国側が非市場経済にあることを証明しなければ非市場経済方式を適用することはできないこととなる。

他方、中国WTO加盟議定第15条d項は、輸入国の国内法に中国全体またはその産業を市場経済と認定する基準を定めるとしている。さらに、作業部会報告書(中国WTO加盟議定書の条項に至る経緯およびコミットメントを記載したもの)の第151項は、輸入国の国内法令に定める基準に基づき輸入国当局が個別企業別に市場経済の認定を行うことを認めている。ii号失効はこれらの権限に影響を与えない。

以上から、輸入国は、国内法令の基準に照らして中国企業が非市場経済であることが証明された場合のみ、非市場経済方式を適用できる。

ただし、わが国の中国産品の正常価額の認定に非市場経済方式を適用するための条項は2002年に制定されているところ、中国経済全体について市場経済であると認定するための基準が中国WTO加盟までに国内法令などに定められていない場合、中国に非市場経済方式を適用することがWTO不整合とされる可能性があることに留意すべきである。

また、現在係属中のWTO紛争を注視すべきである。

なお、中国産品のAD調査において市場経済方式を適用すべきこととなった場合であっても、EU – Biodiesel事件およびEC – Fasteners (China)事件における上級委員会の判断から、調査対象企業が国家の支配を受けている企業で、国家機関または国家の支配を受けている他の企業から原材料を購入している場合、正常価額として構成価額を適用し、その原材料原価に代替価値を適用できるものと考える。