ノンテクニカルサマリー

個人の健康状態の決定要因に関する分析:地域属性に注目して

執筆者 庄司 啓史 (衆議院調査局財務金融調査室)/井深 陽子 (慶應義塾大学)
研究プロジェクト 医療・教育の質の計測とその決定要因に関する分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「医療・教育の質の計測とその決定要因に関する分析」プロジェクト

これまでの日本および諸外国の研究から、健康状態には地域的に差があることが明らかになっている。これらの差の原因に関しては、医療機関利用、生活習慣、自然特性、社会経済特性などさまざまな理由が考えられる。本研究では、そのような原因の中から、医療機関利用に注目し、地域のどのような要因が、慢性疾患(高血圧症、高脂血症、糖尿病)の診断と治療のための医療機関利用と関係するのかに関して分析を行った。分析にあたり、日本の10市区町に居住する中高年者の健康と生活に関する調査「くらしと健康の調査」(経済産業研究所・一橋大学・東京大学)の個票データ(2007, 2009, 2011年)を用いた。

分析に先立ち、それぞれの疾患について、アウトカムである「診断・指摘を受けている者の割合」と「治療の継続割合」が10市区町でどの程度異なるかを確認した。その結果、アウトカムに3%ポイントから10%ポイントの差があることが確認された。「診断・指摘をうけている者の割合」において、相対的に差が大きい疾患は高脂血症、差が小さい疾患は糖尿病であったが、「治療の継続割合」に関しては、相対的な差は高血圧症で大きく、糖尿病では前者と同様に小さかった。また、割合の高低の地域差において、異なる疾患の間での系統的な関係は見られなかった。

この医療機関利用の地域差は、地域ごとに年齢分布をはじめとする個人のリスク因子の分布が異なることに起因する差(構成効果)と個人の属性の分布の相違を超えた地域固有の要因に起因する差(文脈効果)の2つに分解することができる。健康における格差は近年社会的問題となっているが、健康の格差への対処は、その差が個人のリスク因子に起因するのか、それとも地域の属性と関係があるのかにより、異なるアプローチが必要となる。本稿では、個人レベルのデータと市町村レベルのデータを使用したマルチレベル分析により、この医療機関利用の地域差を構成効果と文脈効果の2つに分解した上で、文脈効果においては、どのような地域属性と統計的に有意な関係を持つのかを分析した。

分析の結果、疾病の診断・指摘および疾病治療の継続にみられる地域差のうち、圧倒的大部分が構成効果により説明されることがわかり、地域属性と医療機関利用との関連は、対象となっている10市区町においては限定的であることが確認された。一方で、医療機関利用は地域属性と無関係ではなく、幾つかの地域属性とアウトカムの間には統計的に有意な関係がみられる。図は、単一の地域の属性をモデルにいれた結果の要約を表している。「+」は統計的に有意な正の関係、「-」は統計的に有意な負の関係を表している。図から見てとれるように、社会経済変数においては、地域の所得水準(課税対象所得)が、糖尿病の診断・指摘および治療継続確率と有意に正の関係がある。この結果は、個人の社会経済状況を超えた地域の社会経済状況が健康状態と関係を有することを報告しているこれまでの先行研究と整合的な結果である。また、幾つかの疾患とアウトカムにおいて、病院・診療所数、薬剤師数、医師数、病床数という地域の医療資源との正の関係が見られた。

図:地域固有の要因と疾患別アウトカムの関係
高血圧症 高脂血症 糖尿病
診断/指摘 治療継続 診断/指摘 治療継続 診断/指摘 治療継続
①社会経済 65歳以上人口
人口密度
生活保護比率
課税対象所得
②財政 老人福祉費
保健衛生費
国保等特会費
③健康診査 特定健康診査
胃がん
肺がん
大腸がん
子宮がん
乳がん
④医療資源 病院・診療所数
薬剤師数
医師数
病床数
⑤技術水準 医療用器械設備
医薬品
注:表中の「+」はアウトカムの確率と統計的に有意な正の関係、「-」はアウトカムの確率と統計的に有意な負の関係を意味する。

以上の結果から、データが網羅する10市区町において、地域固有の影響が中高年者の特定の慢性疾患に関連する医療機関利用の地域差へ寄与する程度は小さいことが示された。しかしながら、この結果が日本全国においてもあてはまるのかどうかについては、代表性のあるデータに基づいたさらなる検証が必要となる。また、今回の結果は、中高年の慢性疾患に関係する医療機関利用に関して、地域レベルの要因が与える影響は限定的であることを示唆しているが、健康状態の地域差が、今回の分析対象とはしなかった要因、たとえば生活習慣などの相違により説明されるのかに関しては、さらなる分析が必要となる。これらを踏まえた上で、健康の地域差に対しての地域レベルでどのような介入が有効であるかを議論することが可能となるであろう。