ノンテクニカルサマリー

環境分野における経営資源の蓄積と企業価値:環境投資活動から見た実証分析

執筆者 枝村 一磨 (科学技術・学術政策研究所)/宮川 努 (ファカルティフェロー)/内山 勝久 (日本政策投資銀行設備投資研究所 / 学習院大学)
研究プロジェクト 無形資産投資と生産性 -公的部門を含む各種投資との連関性及び投資配分の検討-
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「無形資産投資と生産性 -公的部門を含む各種投資との連関性及び投資配分の検討-」プロジェクト

問題意識

標準的な企業理論によって、環境関連投資が企業利潤を増加させ、企業価値を高めるという説明は簡単ではない。環境関連投資を資本や労働、生産性などを向上させるような投資ではなく、単なるコストとみなせば、環境投資が企業価値の増加につながるという論理を構築することはできない 。しかし、川西・田村・広田(2016)は、さまざまな価値観を持つステークホルダーの利得を考慮した場合には、環境関連投資を含む広い意味での社会的責任投資は企業の評価を高めうると述べている。このような点を踏まえて、国連によって責任投資原則(The Principles for Responsible Investment, PRI)が提唱され、環境や社会、企業統治に配慮した企業への投資であるESG(Environment, Social, and Governance)投資に注目が集まっており、多くの機関投資家などがPRIに署名している。本研究では、こうしたステークホルダーの視点(Tirole, 2006)や川西・田村・広田(2016)の考え方を一歩進めて、環境関連投資を企業内に知識や技能として蓄積される経営資源の一種と考え、その経営資源が企業価値に影響するか否かを検証する。たとえば、環境関連投資を通じて、企業のブランド価値や将来環境が悪化した場合に対処しなくてはならない技術知識といった無形資産が蓄積され、企業価値が高まる可能性を考えるのである。

結果の概要

本研究の主要な結果をまとめたのが、表1である。2001年以降の日本において、環境分野の研究開発活動による経営資源の蓄積が企業価値を高めており、ブランド資産の蓄積を伴うと、より企業価値の向上を期待することができるというものである。一方、環境保全投資の蓄積が企業価値に与える影響は、統計的に明確ではない。環境R&Dと環境保全投資で企業価値に与える影響が異なることから、環境関連投資が企業価値を向上させるか否かはその投資の特性に依存していることが示唆される。従来の研究では、環境投資全体を評価することが多かったが、環境投資の種類によって、企業価値への影響が異なるという結果は、政策的に重要なインプリケーションを持つ。

表1:推計結果のまとめ
トービンのq ROA ROE
環境R&D
環境保全投資
広告費
社会活投資
環境R&DX広告費
環境保全投資X広告費
環境保全投資X社会活動投資

ポリシーインプリケーション

環境R&D投資の蓄積がROAを高めるという本研究の結果は、環境分野の研究開発活動を奨励することが産業政策として機能する可能性を示唆している。環境分野の研究活動に対する研究開発税制や、公的研究機関を通じた研究開発補助金などの政策的サポートが、利益率の改善を促す可能性がある。また、環境分野の研究活動が将来の環境規制を先取りし、環境規制に対応できないリスクを低めるような経営資源の蓄積につながるのであれば、政府が、成長戦略「日本再興戦略改訂2015」で示した「リスク管理の更なる向上」とも関連する。さらに環境関連投資による企業価値の向上は、「日本再興戦略 2016」で謳われているESG(環境、社会、ガバナンス)投資の促進による企業価値の持続的向上をサポートする実証結果であると解釈することができる。

環境分野の研究開発活動と広告活動が企業価値に対して補完関係にあるかもしれないという本研究の結果は、環境分野の研究活動の奨励だけでなく、その成果を広報するための政策的サポートが企業価値向上につながる可能性を示している。環境分野の研究活動を行い、その成果を広く発信することで企業価値の向上が見込める。本研究における上場企業のデータを用いた分析結果が中小企業にも適用できるとすると、以下のようにも考えられる。資金的余裕がない中小企業や、規模は小さいながらも優れた環境技術開発能力をもつベンチャー企業などは、広告費を捻出することが難しい場合が多い。そこで、環境分野の研究活動が進んでいる中小企業やベンチャー企業に対して、その技術力をアピールできるようなイベントや表彰制度を主催したり、そのような情報を一括で宣伝するセンターを設立したりする政策的バックアップが、日本における企業価値の向上に資するであろう。

他方、本研究の推計結果では、社会活動投資と、企業価値との関係が明確ではない。環境R&Dのように、生産活動に関連する環境関連投資は企業価値の向上につながるものの、生産活動に直接的に関連していない社会活動投資については、企業価値に直結するか統計的には不明確である。この結果は、環境関連投資が企業価値を一様に向上させるわけでなく、環境関連投資の特性に依存していることを示唆している。企業は、環境関連投資を検討する際、どのような投資でも企業価値が向上するわけではなく、生産活動に直結するか否かを検討した上で戦略的に環境関連投資を行う必要があるかもしれない。一方、企業は環境関連投資を行う際には、ESG投資を実践する投資家に正確な情報を与える意味でも、環境関連投資に関するより詳細な情報を開示すべきであろう。