ノンテクニカルサマリー

日本の卸売・小売サービスは高いのか―商業統計マイクロデータに基づくマージン率推計と日米価格差

執筆者 野村 浩二 (ファカルティフェロー)/宮川 幸三 (立正大学)
研究プロジェクト 生産性格差と国際競争力評価
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「生産性格差と国際競争力評価」プロジェクト

サービス産業における生産性の向上に向け、アベノミクスのセカンド・ステージでは政府の各所で取り組みが検討されている。現在の日本の国際競争力強化としてとくに重要な産業は、輸出財の製造業それ自体であるよりも、対事業所サービスや電力など中間消費されるサービスの国内産業である。米国の半分ほどに過ぎなかった日本の生産性水準は高度成長を通じて格差を縮小させて追いついたものの、1990年代以降再び拡大し、近年では18%ほど劣位にある(Jorgenson, Nomura and Samuels, 2016)。金額にしておよそ50兆円にも上る経済厚生のロスのおよそ半分は、日本の流通段階の非効率性に起因するとされる。日本の卸売・小売業のGDPは一国全体の14%を占め、欧米諸国よりも2–5%ポイントほど大きい。日本の流通における生産性に改善の余地はあるのか。多様な商品流通のどこに非効率性が見出されるだろうか。

流通の効率性を評価するため、これまでマージン率の国際比較がおこなわれてきた。マージン率とは、購入者の支払う金額のうちに占めるマージン額のシェアである。もし流通段階が非効率であれば、国内生産品や輸入品の価格が安価となろうとも、購入者の段階における価格下落は限定的となり、硬直化した中間コストは一国全体の価格競争力を低下させるだろう。個別商品においてマージンは直接に観察可能であろうとも、一国全体値としての卸売・小売マージン率の算定は容易ではなく、公式統計における課題も多く残されている分野である。また、もし生産品や輸入品の価格自体が相対的に高価であるならば、分母が膨らむことから算定されるマージン率は小さなものとなり、マージン率の国際比較では国内流通における非効率性は覆い隠されてしまう。

図は、商品自体の価格差を考慮したうえで、測定された卸売・小売マージン価格の日米格差を商品別に比較したものである。対比のため、さまざまな属性を統御しながら推計された商品別マージン率と、米国商務省経済分析局の推計値とから算定される日米マージン率比をドットによって表している。日本の農林水産品の卸サービスの価格は米国の3倍ほどと、マージン率による比較ではその高い商品価格に覆い隠されてしまうものの、マージン価格による日米格差からは日本の価格競争力が大きく劣位にあることが示される。同様な傾向は食料品においても見出される。他方、繊維工業製品では日本の卸売マージン率は2倍ほどと相対的に高いものの、それは製品価格が相対的に安価であることの反映であり、マージン価格としては米国に比して大きな乖離は見出されない。

一国集計レベルでみれば、日本の卸売サービスの価格は米国に比して23%高いものの、小売サービス価格ではほぼ同水準である。日本の流通段階における非効率性は、食料品、農林水産品、化学製品、紙・紙製品などの卸売サービスにおいて顕著であり、これらの部門によって日本の劣位性の90%ほどが説明される。卸売サービス価格におけるこうした格差の存在は、本稿で想定した品質評価パラメータの変化に対しても頑健である。日米両国において卸売業の機能差は存在すると考えられるが、サービスの購入者はそうした機能を求めているのか、より高度な情報技術の利用や開かれた市場の構築などを通じ、効率改善に向けた余地が残るものと考えられる。

図:卸売・小売マージン価格の日米格差(2007年)
図:卸売・小売マージン価格の日米格差(2007年)