ノンテクニカルサマリー

無形資産の市場評価

執筆者 滝澤 美帆 (東洋大学)/外木 好美 (立正大学)/宮川 努 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 無形資産投資と生産性 -公的部門を含む各種投資との連関性及び投資配分の検討-
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「無形資産投資と生産性 -公的部門を含む各種投資との連関性及び投資配分の検討-」プロジェクト

研究開発(R&D)が生み出す知識資産をはじめとする無形資産の分類と無形資産投資(フロー)データを用いて無形資産(ストック)を計測する標準的な手法が確立されたことから、世界各国で無形資産の計測が進むと共に、蓄積された無形資産の経済的な評価に関する研究が進んでいる。無形資産の中でも特にR&Dについては、08SNAマニュアルの導入に伴って、日本においても2016年末から国民経済計算へ正式に組み込まれており、一国の経済規模を計測する上でも重要な概念として位置付けられている。

R&Dストック(知識ストック)に代表される無形資産の概念は、近年の大胆な金融緩和政策に起因する円安および株価上昇の一方で、設備投資が低迷を続けるという一種のパズルを検討する上でも重要な役割を果たす。たとえば、株高に伴う企業レベルのトービンのQの上昇が、有形資産の増加ではなく、無形資産の増加と相関している可能性は無いだろうか。実際に、08SNAへの移行に伴って計測方法が見直された結果、アベノミクスにおける設備投資伸び率(2012年10-12月期〜2016年7-9月期、年率)は1.37%から2.96%へと修正されている。こうした数字は、経済の実態を捉えるうえでも無形資産が無視できない存在となっていることを意味する。このように現実経済では無形資産の重要性が増しているにもかかわらず、日本における無形資産の経済評価(市場評価)の研究蓄積は乏しい。

R&Dは、企業活動における生産性を改善させ、将来の利益を生み出すことを目的としている。しかしながら、企業が莫大な資金を投じてR&D活動を行った段階では、その投資が何らかの形で成功するかどうかは確定的ではなく、また成果が得られるとしても一定の期間を要するのが一般的である。こうした不確実性を考慮すると、株式市場が企業のR&D資本蓄積をどのような形で株価へ織り込むかは自明ではない。また、現在の企業会計においては、包括的なR&D投資を資産として認識しておらず、R&D投資の一部は当該投資を実施した決算期においての経費として扱われるため、見かけ上の財務指標が悪化するという点も、R&D資本の株価リターンへの影響に関する理論的な想定に当たって考慮する必要がある。たとえば、Hall (1993)やHall and Hall (1993)では、投資家は近視眼的であり、R&D投資のように成果の獲得が長期に及ぶ投資の便益を、市場がR&D投資段階においては評価出来ないという想定の下、R&D投資を活発に行っている企業の株価が過少化される結果、将来における正の超過収益率を生み出すことを指摘している。

本研究では、こうした実証的な問いに対して、発生時に費用処理される企業レベルの研究開発費データから計測したR&D資本ストックと有形資産ストックの比率(R&D資本比率)と上場企業の月次株価データを用いることで、無形資産(R&D資本)の蓄積度合いと株価リターンの超過収益率(α)およびリスク(β)との関係を実証的に分析した。

リターン(個別株式超過収益率)を市場ポートフォリオ超過収益率という1つの要因で説明しようとするシングルファクターモデルを用いて無形資産(R&D資本)の蓄積度合いと株価リターンの超過収益率の関係を分析した結果、ポートフォリオ5はポートフォリオ1と比べて超過リターンが0.39%ポイント(年率4.9%ポイント)高い値を示していることが分かる(図参照)。

図:R&Dストック集約度で分類したポートフォリオ別超過収益率(α)
図:R&Dストック集約度で分類したポートフォリオ別超過収益率(α)
注)図は低R&Dストック集約度グループ(ポートフォリオ1)から高R&Dストック集約度グループ(ポートフォリオ5)別にシングルファクターモデルを用いて推計された超過収益率(α)の値を示したものである。R&Dストック集約度は3期前の値を用いて、毎年ポートフォリオの組み換えを行っている。

この結果は、Fama and French (1992)の3ファクターモデルやCarhart (1997)の4ファクターモデルのように、説明要因を複数に増やした場合においては、R&D資本をもとにしたポートフォリオによる超過収益率の差はさらに広がり、米国での研究とほぼ同様の結果(年率7%ポイント)が得られた。また無形資産として広告宣伝資産を加えても、上記の結果は頑健であった。

以上の分析より、個別企業のR&D資本比率の高低が当該企業の株価リターンに関する超過収益率と正の相関を有することが確認された。この結果は、近視眼的な投資家が、企業の無形資産投資から生じる将来のベネフィットを軽視することにより、無形資産投資を積極的に行っている企業を現時点で過小評価する傾向にあることを示唆している。

我々の分析結果は、現在の会計情報が企業の多様な投資活動に追いついていない結果、市場の企業評価に歪みが起き得る可能性を示している。近年政府は研究開発投資だけでなく、環境投資、社会的責任投資などの企業の多様な投資をサポートする姿勢を見せているが、もし市場がそうした投資を単なるコストの増加と認識するようであれば、企業側もこうした投資を手控えることになるだろう。政府としては、こうした「見えざる投資」の「見える化」およびその評価の標準化から取り組むべきである。

参考文献
  • Carhart, M. (1997) "On persistence in mutual fund performance," The Journal of Finance 52, pp.57-82.
  • Fama, E. and K. French (1995) "Size and book-to-market factors in earnings and returns," Journal of Finance 50, pp. 131-155.
  • Hall, B.(1993) "The stock market’s valuation of R&D investment during the 1980’s," American Economic Review 83, pp.259-264.
  • Hall, B. And R. Hall(1993) "The value and performance of U.S. corporations," Brookings Papers on Economic Activity 1, pp.1-34.